スマート家電の次は「スマート衣料」!?

できる限り頭を使いたくない日曜日の日経新聞(2015-02-22)の12面『日曜に考える』に「人の動きをコピーする服」というタイトルの記事が掲載されていた。「服が人の動きをコピーする」???――ム・ム・ム――これは読まずにいられない。

どちらが先かはわからないが帝人と東レが圧力を加えると電気を発する布を開発したというのだ。布を肉体に密着させることで、手、腕、筋肉、心拍数にいたるまで、人間の動きを細部にわたるまで捉え、電気信号を無線で飛ばすことによって、その動きを再現・模倣することができるそうだ。

その是非やメリット・デメリットは別として、ベランの職人や作業者の動きの再現や遠隔医療、着るだけで日々の健康チェックができてしまうアンダーウェア(ウェアラブル家電)など、近未来の姿を変える可能性を秘めている。

電気を発する布でできた帽子をかぶれば、脳の働きを捕捉できるのかも知れない。視線を捉えるセンサーや音や匂いを記録・分析するシステムと組み合わせると、どうなるのだろう!? 目、耳、鼻、声(口)、頭脳、からだ(五感の触感を含む)――心を除く人間のすべて――が外部化される。

人類の発明の歴史は人間の機能の外部化である。産業社会の発展は、人間生活の行為をサポートするモノとサービスの創造と交換の積み重ねであり、人間の機能(働き)を外部化してきた歴史として捉えることができる。農業化と工業化がもたらしたものは「手足」の外部化である。農業化社会においては、土地を生産のための資本として、食住の安定を求めて人々が協働し。そこでは鉄や道具といった技術が手足の機能を補強し、農業化社会を発展させた。

次に登場する工業化社会では、人間の手足を機械やエネルギーに置き換えて、人間の活動分野を大きく広げた。そして情報化社会では、人間の五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)と頭脳の一部である計算や記憶の機能をコンピュータやネットワークで外部化しつつある。この間、農業化社会から今日に至るまで、人間の行為をサポートする道具としてさまざまなモノが開発されている。例えば、手はスプーン、ナイフ、フォーク、皿、スコップ、ショベルへと、足は船、自転車、電車、自動車、飛行機へと、目は眼鏡、顕微鏡、望遠鏡、カメラ、テレビ、ビデオ、センサーへと限りなく延長し続けているのだ。

今や農業のスタイルも変化している。バイオテクノロジーと情報技術を駆使して企業が農業を経営する時代である。漁業も高性能の船舶や最新の魚群探知機、天候を予測する情報技術に支えられている。工業製品の多くが人間の生み出した機械やロボット、コンピュータによって製造されるようになった。

消費者は、インターネットを使って自分の好きな自動車を注文することができる。車種、色、内装、オプションと自分の好きな自動車を選ぶことができる。電話、ファックス、インターネット、郵便、宅配便といった技術を使えば、世界中どこからでもモノやサービスを購入することができるのだ。

私たち人類が発明したモノやサービスは、手、足、五感、頭脳(計算・記憶)と、私たち人間の機能(働き)を外部へと延長し、もっと強く、もっと速く、もっと遠くへ、もっと器用に、もっと賢く、もっと美しくと人間の「もっと」をサポートしてきました。iPS細胞の可能性は言うまでもなく、スマート衣料の出現もまた、心を除く人間の機能の外部化の最終段階へと近づいているのかも知れない。

ハンドアックスの発明から260万年もの間、想像を絶するような厳しい環境にも適応し、脈々と続いてきた人類の発明の歴史にピリオドが打たれる理由なんてどこにも見当たらないとは思うのだが。