4月に入って「非正規社員の正社員化」や「非正規社員の待遇改善」といったニュースが目立っている。主に小売業やサービス業における人材確保の問題が深刻化しており、その解決策のようだ。ファーストリテイリング(ユニクロ)は1万6千人、スターバックスコーヒージャパンは800人の非正規社員を正社員にし、イケア・ジャパンはパートの時給や福利厚生といった待遇を正社員と統一する方向で改善に取り組むようだ。

4月12日の日経新聞にはファーストリテイリングの柳井会長の言葉が掲載されている。
「グローバル化だけではない。日常生活で成長する人生を認める――中略――店長を中心に会社を作ってきたが、間違いだった。店長を主役にすると上意下達の組織になり、自律性や自分で解決する能力が損なわれる。働き方を変えないといけないことに気づいた――中略――少子高齢化で優秀な人材が我々のような小売業でパートやアルバイトとして働く時代は終わったと思う。いずれは販売員でも300万~400万円の年収を提供し、長期間仕事ができるようにする」

全従業者数の約90%を雇用する非製造業で、このような動きが加速することは、歓迎すべきことである。企業の人事は文字通り「人」という経営資源の生産性を高め、一人あたりの付加価値を大きくすることにある。付加価値には企業の利益以外に、人件費が含まれている。失われた20年の中で、短期的な利益や株主重視の経営へと舵を切った多くの大企業では、人件費圧縮によって利益を確保するといった流れが長く続いた。

その中で生まれたのが、合理的な根拠がないにも関わらずに不当な待遇を強いられる「非正規社員」という新しい身分制度だったのだ。どこの世界に自分の子や孫を非正規社員にさせたい人がいるだろうか。担当する仕事や能力、そして成果に関わらず、正社員と比べて著しく劣る処遇は、明らかに差別的な社員区分と言わざるを得ない。

企業の中に差別的な身分制度(社員区分)があってはならない。私は20年前に経営コンサルタントとして独立して以来、一貫してそう考え、その考え方を貫いて行動している。男女、年齢、新卒と中途採用と、差別的な社員区分は組織を閉鎖的・官僚的にし、コミュニケーション、現場主義、顧客志向、革新性、創造性といった成長する組織や人間集団にとって重要な文化やスタイルを奪い去ってしまう。長期にわたって成功している企業がもつ「E因子」――エネルギー(Energy)、熱意(Enthusiasm)、努力(Effort)、高揚感(Excitement)、優秀さ(Excellent――も見られなくなってしまう。

会社の中にはプレイヤーとマネージャー(リーダーシップ&マネジメント)の2種類の仕事をする人しかいない。プレイヤーの中には「創って、作って、売る」といった直接顧客に貢献する仕事を担当する人々と、人事、経理、情報といった経営資源の側面から間接的に顧客に貢献する人々の2種類の仕事に従事する人がいるだけだ。実際の組織運営上は、もう少し細かな区分が必要だが、基本的には、これで必要かつ十分なのだ。

賃金は労働の対価であったり、成果の配分であったり、生活に必要な原資であったりする。今では賃金の決定にあたって、年齢や勤続といった要素よりも能力や実力、成果といった要素が重視されるようになっている。30年ほど前まで盛んに行われてきた「行き過ぎた年功的な賃金制度」は変革が必要だったが、今は対極に振れ過ぎてはいないだろうか。能力や実力を重視した人事制度に異論はないし、私自身も推進派ではあるが、企業が長期的な繁栄を目標にするならば、従業員の人生設計に配慮することを忘れてはならないというのが私の持論だ。

グローバル化の影響だろうか。役員や上級管理職の年俸が跳ね上がり、中間管理職が据え置かれ、一般社員(正社員)の年収は低下し、非正規社員は生活が困窮するレベルの年収で一生涯を生き続けなければならない事態に陥っている。一国のリーダーである日本の総理大臣やアメリカの大統領の年収が3~4千万円である。創業経営者は例外として、社会的な機関とも言える大企業のトップや役員の年俸ウン億円は妥当なのだろうか。一方で、1日8時間、365日休みなく働いても、300万円にも満たない賃金水準の仕事がこの国にあっていいのだろうか。同じ仕事を担当し、同じような能力を発揮し、同じような成果を叩き出している人物を身分制度によって不当に低い待遇で処遇して良いのだろうか。

人事の制度設計もまた、経営環境の変化に如何に適応し、企業を長期にわたって繁栄させるか、そのストーリーを描く人事戦略に規定される。人事の戦略はまた事業や経営の戦略の影響を受け、それらは経営理念やビジョンとの対話の中でかたちづくられて行く。世の中には、理念・戦略なき人事制度がたくさん存在する。日本人の悪いクセで「右へ倣え」の企業が多いのだ。企業は顧客、従業員、取引先、社会、株主の5者の共益によって成り立っている。変わりゆく時代の中で、付加価値配分のバランスを見直す時期に来ている。それ以前に、人的生産性の分母であるインプット(人件費)を下げることよりも、分子であるアウトプット(付加価値)を上げることにこそ、経営管理者と呼ばれるマネージャーのリーダーシップとマネジメントの能力を発揮せしめることだ。大きな組織の幹部職にあぐらをかいて、コストカットに邁進し、顧客の創造による付加価値向上に挑戦しない高給取りは不要だ。