最終回に思う  その1 | 子ども1号2号と夫とわたし

子ども1号2号と夫とわたし

私大理系4年生①号と附属上がりの私大文系1年生②号との生活をメインに。

パパは、ママ孝行を開始!
地方で国立小のお受験して、東京で中学受験して、ついに最後の大学受験・内部進学まで来ました。

朝ドラ『虎に翼』が終わってしまいました。

後半は現代に少し進歩したテーマが盛りもりで…

中には、若い方が「手術をして女への性転換なんて、あの時代にむり」と言っていたようですが。

アラフィフなら知っているはず。

カルーセル麻紀さまがいましたからね。

それよりも役を中村 中さんがした事。

久々だったから、宝塚出身の方かと思ってしまった


選択的夫婦別姓とかね。

夫は、私が長女だから「僕が変わってもいい」と言ったんです。

すっかり忘れていますけれど!

しかし、いずれ転勤があり、出産・子育ても考えれば私が変わるのが、合理的となりました。

結婚前に派遣社員になったので、タイミングも周りに迷惑をかけることもありませんでした。

少ーーーーし歴史ある姓を変えるのは心残りでしたが、叔父達もいたので親族からのプレッシャーは無かったし。

姓以外に、莫大な資産がある訳じゃないしニヤニヤ



中高大と女子校で、高校のある年。

週1ジェンダーの授業が、始まりました。

授業名は『女性学』でしたが、「ジェンダー」を初めて聞いたのもこの時。

当時は、先進的すぎでしたね。

初回は平塚らいてうの「元始、女性は実に太陽であった」から。

当たり前のような家長制度に疑問を待つ事が、高校生だった私達には難しかったでしょう。

でも、こうして覚えています!

子ども達には、能力での性差を感じさせないように務めました


バブル期の就職は、男女雇用均等法の施行前。

女子大生がチヤホヤされ、会社ではお茶汲み、お嫁さん候補としての入社が公然とされていました。お陰で、大きな会社に入れたのですが‥



あのような時代を通り過ぎたから、今があるのだと思います。

2号の学校にはLGBTQをカミングアウトした子がいたり、セーラーの女子校もスラックス導入したり。

これからもっと変わるだろうと期待しています音譜