〜白い雪が降る街で、女性が白い目になった〜

『短パンてっ!!』
数年ぶりに雪が舞う大阪のある駐車場で女性の叫び声が響いた。その声は驚きではなく、恐怖を感じてるような甲高い声だった。

《よしもう1セット頑張るかぁ》心の中に声をかけ90kgのバーを担ぎ、スクワットに望む男の姿があった。『ハァ。すっきりしたっ!』男はとても清々しい表情をしている。いつもそう、筋トレを終えた後は気持ちが良い。身体が喜んでいるのが伝わる。「ゼィゼィ。ハァハァ。とただ身体を酷使するような追い込みトレーニングは筋トレとは言わない。」それが彼の口癖である。

運動をすると心臓がドックン、ドックンする。身体中に血液(細胞)が流れていることがわかる。身体が熱い。きっと細胞たちが身体の中でパーティをしているのだろう。ミトコンドリア主催上がる・体温・パーティ略してATPだ。今日も細胞たちを楽しませることができた男はとても明るくとても元気(幸せ)な姿だ。

《冷たっ!》男は呟く。頬に何かがあたった感触があった。汗か?いや。プロテイン?いやそんなことはないもうジムは出ている。それに運動が終わったからプロテイン!なんて飲む必要はない。プロテインはサプリメント(栄養補助食品)だ。大事なのは食事でタンパク質(魚、卵、大豆、肉)を摂ること。そしてここは外だ。自転車が倒されるほどのとても風が強い日。お店のノボリも風に吹かれて揺れている。そんな風に乗ってまた男の頬には冷たいものが飛んでくる。
《雪っ!》頬に当たったものは汗でもプロテインでもなく雪だった。雪をみるのはいつぶりだろうか。男の気持ちが高ぶる。運動した後ということもあるのだろう。いつも以上の高揚感だ。心身を善くしてくれる運動には感謝しかない。元気よく歩く男の姿を見るのが、この日が最後になるなんてこのとき誰が想像したのだろうか。

数年ぶりに雪が舞う駐車場で女性の叫び声が響いた。その声は驚きではなく、恐怖を感じてるような甲高い声だ。おばけでもみたのか?怪物でもみたのか?もしや痴漢か?助けないと!周囲を見渡すと人が集まってきた。彼女を助けにきたのだ。みんなとなら痴漢も捕まられる!男は安心した。
ただ雰囲気がおかしい。視線を感じる。みんなが男を見ている。そして、女性も男を見ていた。

『短パンてっ!!!』『短パンてっ!!!』
『こんな寒いのに短パンてっ!!!』
男を見ながら女性は叫ぶ。痴漢を捕まえようとした男が変質者だったのだ。

『こんな寒さに短パンなんて何を楽しんでいるんだ?それはどうゆう性癖だ?』
怯える女性を庇いながら強面の男が問いかけた
『いや!違うんです!さっきスクワットしたばっかりで!』
『いま細胞たちがパーティしてるんです!』
『ミトコンドリアが主催なんです!』
男は必死に訴えた。だが全てが無駄だった。いつだってそう。印象がついてしまうと取り返すことが難しい。『寒いのに薄着』変質者と思われても仕方がないことだ。当然男には悪気はない。だが誰かが不愉快に感じそれに共感する人が増えるとどれだけ正しいことでも悪に変わる。民意(空気)には勝てない。

『お米は太る』いつからだろう。そんな印象がついてしまった。運動をするにはエネルギー(ガソリン)が必要だ。ガソリンが切れたまま車を運転するとガス欠、事故に繋がる。身体だってそう。エネルギーがないまま運動をすると力がでなくなり、怪我(事故)に繋がる。そのガソリンがお米(糖質)なんだ。
お米を食べないと体重は確かに落ちる。だがそれは水分が減っているだけで脂肪が落ちたわけではない。1ヶ月も続けると体重は落ちなくなる。また食べ始めた頃には脂肪を溜め込みやすい身体へと進化していることで結果前よりも太ってしまう。まさに本末転倒だ。だがどれだけ声をあげても響かない。民意(空気)には勝てないのだ。

雪よりも冷たい視線に耐えれなくなった男はその場を逃げ出した。年齢を重ねても走れる身体。疲れない体力。重量に負けない足腰の強さ。全てスクワットをしていたから出来ることである。逃げ出しながら今までの記憶が走馬灯のように駆け巡る。《うわぁ〜これがジムかぁ〜》《すっげぇ!あの人の身体すっげぇ!》《今日こそフリーウェイトゾーンに入ってみるぞー!》《ふぅ!筋肉痛ってきもちいい!》《やった!上がらなかった重りがあがったぞ!》楽しかった。運動はとても楽しかった。運動を始めたことで姿勢が良くなった。運動を始めたことで身体が疲れにくくなった。運動を始めたことでご飯が美味しくなった。
運動を始めたことで新しい友達も出来た!共通の話も出来るので女性とも話しやすくなった!運動は身体だけでなく、生活を人生を善くしてくれたのに。

運動なんか始めなければ。スクワットなんてしなければ。細胞を喜ばしたことが。ミトコンドリア主催でパーティをしたことが。男は自分を責めた。あの時ズボンを履き変えていれば。そう思うこともあった。だが悔いはない。身体が喜んでいるのに。身体が熱いのに。履き変えたら体温が低いみたいじゃないか。この男はどうやら本当の馬鹿のようだ。

その日以来この男がジムに来ることがなくなった。運動をやめたのだ。姿勢も悪くした。疲れやすい身体にした。ご飯も食べなくなった。人と話す事もやめた。男は病気になった。生活習慣病というやつだ。暴飲暴食をせずとも生活習慣病にはなる。食べないことで消化機能が落ちる。糖質を上手く分解出来ないことで血糖値が乱れ糖尿病にも繋がることもある。痩せていることで糖尿病になることもある。

太っていても、痩せていても。幸せ(元気)ならよい。幸せの基準はわからない。男にとっての幸せもわからない。ただ運動をしていた男はとても幸せ(元気)そうだった。今の男からは幸せ(元気)な雰囲気は全く伝わらなくった。

運動を始めると幸せになる!とは言い切れない。男のように不幸になる人間も少なくはない。
それでも僕はいう『運動って良いよ』

〜完〜

※この物語はフィクションです
※『短パンて!』と駐車場で女性に叫ばれたのはノンフィクションです