※私と妻は、主治医と病院を信頼しており、ガイドラインに沿った治療を進めていく、という考え方です。
友人の一人がめちゃめちゃスピってますw
私から見たら、ただの雲を、龍だ仏だと解釈し、吉凶がどうだなどと、よく言っています。
吉凶読む前に、職場の空気読めよと思うほど、人間関係が原因で転職をくり返しています。
また別の友人の一人はハードコアな陰謀論者です。
とにかく世の構造の帰結をディープステートに単純化していますが、彼の社会的地位と収入では、そこがどうであろうが1ミリも影響ないと私は思っていますw
そして共通点として、二人とも現代医療に強烈な不信感を持っています。
良い奴らだし、薄っぺらい思想も、支離滅裂な話しも、酒の席で聞いてる分には面白く感じています。
私がイジったときには、たまに真顔で反論してきます。論理的な回答をもらったことは一度もありませんが、それも含めて面白いので、嫌な思いをしたこともありません。
そして、
妻の多発性骨髄腫がわかったとき、この二人はとても心配してくれました。
しかし私の予想に反して、二人はスピリチュアルな話しも、陰謀論的な医療の否定も一切してきませんでした。
ただ、奥さんはどうだ?何か出来ることはないか?と気にかけてくれたのです。
治療が落ち着いてきた頃、私は彼らにそれを聞いてみました。
「抗がん剤がどうだとか、運気がどうだとか言ってこなかったけど、なんで?」
結果、二人とも似たような回答でした。
「もし自分の理屈によって、奥さんに悪影響を与えるかも、と考えたら言えなかった」
つまり自分の理屈を妻のために疑ってくれたのです。
強力に信じている事があるのに、誰かのために別の可能性を考える事が簡単だとは思いません。
もちろんこの二人はこの後も自身の信じるスピリチュアルや陰謀論に傾倒し、私や他の友人からイジられておりますw
それでも、私は、こういう友人がいてくれることを嬉しく思いました。
星の数ほど情報に溢れた世の中で、何をどう拾うかは自由です。
ネットに撒き散らすのも、ある程度は自由です。
しかし、特別な人に何かを伝えるとき。
そして生命に関わる事態において、
自身が拾った情報を、妻のために、冷静に俯瞰で見てくれたこの二人のことを、私はリスペクトしております。
前回の記事
長い闘病に関連して、私と妻の、代替医療に対する考え方を記事にしました。
