色見えで移ろふものは世の中の。 | 生き残りの私の呟き

生き残りの私の呟き

自死遺族の私が
笑って過ごす
。:+((*´艸`))+:。
ソロ活動ブログ

父親の他界後。


春夏秋冬。

いくつもの季節が巡り。


母親から聴かされた話があります。


父親には

当時

母親以外の女性がいたことでした。


その頃。

父親が

自宅に帰らない日が

度々ありました。


市営団地。襖一枚

隔てて

夜中に聴こえてくるのは

喧嘩をしている両親の声。


布団を頭から被り

聴こえないフリをしていた夜も

確かにありました。


父親に起こされ

「お母さんが出ていった。

捜してこい」と言われ


真夜中。

弟と2人。


団地中を捜し回り

泣きじゃくる母親を

連れて帰ってきた記憶もあります。


腐り溶けた父親の器。


どこを探しても

結婚指輪がなかったそうです。


指輪は。

その女性の自宅にあったそうです。


そこまで語り

母親は口を閉ざしました。


その後

その話に触れることは

1度もありませんでした。


母親は

自分の所持品を

ほとんど処分してから

ことに及びましたが


遺品と呼ばれるものの中に

結婚指輪は見つかりませんでした。


結婚式を挙げていない2人。


残されている

その日の記録は

これだけでした。




「色見えで移ろふものは

世の中の

人の心の花にぞ有りける」


小野小町。


草木の花なら

色褪せてゆく様子が見えるのだが

色に見えないで

移り変わるものは

人の心という花であった。





鬼の首根っこを掴んだのか。

明日は我が身とも知らずに
秋の祭り囃子が賑やかですね。

栄枯盛衰は世の習い。


「誕る」
誕生日。生誕。などに使われる
「誕」

「いつわる」と読みます。

元々の意味は
いつわり。でたらめ。
あざむく。ほしいまま。

父親が他界してから
ずっと。

斜め左下から
世の中を見てきました。

真正面から見ると
表か。裏かしか見えないのです。


いつからでしょう。
「57」という数字が頭の片隅に
いつもありました。

好きな数字でも。
縁のある数字でもありません。

源氏名につけられた番号でもなく
呼称番号(囚人番号)でもありません笑い泣き







もうすぐ。
この世界との
お付き合いが57年になります。

腐れ縁ですねチュー

つれない御方でありますが
それも。また。
魅力の1つなのでしょう。

愛想が尽きるまで。

別れは。
尾を引くことなく。
後腐れなく照れ

「57」
良きことも。
悪(わろ)きことも。

ケリが着きそうです。


夜が“明“けても
まだ空に“有“る月。

有明の月。





ウフッ美味しいラブ

その姿が見えていた
在りし日よりも。

痛いほど。肌に感じるです。
血が騒ぐのです。

最後まで読んで頂き
ありがとうございます照れ

宅配便の
お世話になっております。

再配達を
お願いした際に
渡したメッセージと差し入れ。

浮かぬ表情だった彼から
笑みがこぼれました。

「ありがとうございます!
嬉しいです。頑張ります」

このような事を公にしますと
優しい。などの表現を頂きますが。

「青臭さ」が
まだ残っている自分に
笑ってしまうだけなんです。