新年に入り、日本株式会社は実にもどかしい股裂き状態が強まっている。 一方で日経平均株価は急騰し、バブル経済期以来およそ34年ぶりの高値を更新した。他方で、不祥事続きの政権は本来やるべき大胆な経済改革に踏み込まず、日本経済はリセッション(景気後退)入りする可能性が高まっている。 もっとも、こうした乖離は世界の投資家にとって目新しいものではない。だが、まさにそれこそが問題なのだ。株価と経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)のズレは、再びタガが外れてしまっているように見える。事態は大半の投資家が思っている以上に深刻かもしれない。 日本では、どうして首相が代わっても株価と経済のいびつな関係が続くのだろうかと、投資家はもう何年も問い続けてきた。リチャード・カッツの素晴らしい新著『The Contest for Japan's Economic Future(日本経済の未来をめぐる争い、未邦訳)』は、このサイクルを断ち切るための地に足の付いた処方箋を提示。なかんずく、スタートアップブームを起こして現状を打破し、変化を嫌う政治家の背中を押して日本を未来のグローバル経済の方向に向かわせることが、ぜひとも必要だと力説している。 「日本は適切なことをやれば得られるものが多く、それをやらなければ失うものが多い」とカッツは説く。「そして、誰も想定していなかったような動向、たとえば世代間の考え方やテクノロジーの変化、高齢化、低成長による政治への圧力などによって、適切なことを進める当初にともなう痛みや反発は、日本の指導者たちが恐れているよりもはるかに少なくなっているだろう」 だからこそ「これは日本にとってこの20~30年で最大のチャンスなのだ」とカッツは強調。逆に「もし日本が、高い経済成長を促進する数多くのイノベーティブな企業を生み出すという、かつてとてもうまくやっていたことを再び実現する絶好のチャンスを捨ててしまうとしたら、なんという悲劇だろう」とも書いている。 「Japan Economy Watch」というニューズレターを執筆しているカッツは、日本経済を根底から変革すると期待された安倍晋三政権の誕生以来、11年の日本の実情をきちんと整理している。 2012年12月、安倍は、サプライサイド(経済活動の供給面)のビッグバンを起こすと公約して政権の座に就いた。規制緩和、労働市場の改革、イノベーションの活性化、スタートアップブームの促進、女性のエンパワーメント、国際金融センターとしての東京の地位回復などを約束していた。 だが、安倍は続く2821日間、日本経済再生の「最後のチャンス」(彼自身の言葉)をほとんど浪費した。その期間を主に費やしたのは、アジアの未来を支配する競争でまだ手強いライバルがいると中国に思い起こさせることだった。経済復活の仕事は日本銀行に任せた。その日銀の積極的な金融緩和政策と、政府によるコーポレートガバナンス(企業統治)改善のいくつかの取り組みのおかげで、日経平均は上向き、いまにいたるまで上昇を続けている。

ゾウ」の優遇をやめ、「ガゼル」を後押しする政策転換が求められる

しかし、日本経済の現状を映し出す2つの画面は、ここへ来てますますチグハグさが目立っている。画面1では、ウォーレン・バフェットに倣った投資家が日本株で大儲けして相好を崩している。2023年、日経平均と東証株価指数(TOPIX)は前年比25%以上上昇し、世界の主要株価指数でもトップクラスの上げ幅を記録した。 画面2では、賃金の伸びが物価上昇率に追いつかない労働者が浮かぬ顔をしている。不祥事と内紛に揺れ、右往左往する政治指導者の姿も見える。安倍政権は構造改革よりも金融緩和を優先したため、企業経営者は利益を労働者と分かち合おうという気にならず、そうしていいという自信も持てなかった。いわゆるトリクルダウン効果(大企業から中小企業、家計などへの恩恵の波及)は起こらなかった。 主に若手起業家たちのインタビューに基づくカッツの深く掘り下げた研究は、そんな日本で改革プロセスを再起動するためのさまざまなアイデアに満ちている。 世代間の考え方の変化など、先に述べたような大きな潮流を乗りこなす方向に日本株式会社の舵を切るというのはその一つだ。ほかにはジェンダー・ダイナミクス(さまざまなジェンダーの人の相互作用や関係)の変化、グローバリゼーションによる「刺激」効果なども挙げられている。 カッツは「表面的には、日本経済は手の施しようがないほど停滞し、政治の対応も落胆するほど鈍いように見える」が、その裏では「市民社会の地殻変動」と言えるような大きな変化から「希望」の芽が育っているとの見方を示す。 カッツの主張の要点は、日本は「ゾウ」(大企業)ではなく「ガゼル」(新興企業)が増えるように税制や規制を改革すべきだ、というものだ。日本はより大きな変革が切実に求められているにもかかわらず、依然として大企業病を抱えているとカッツは指摘する。 日本には広範でしっかり機能する社会的なセーフティーネット(安全網)がないために、その役割をゾウ、つまり大企業が代わりに担っている。 「そのため、ゾンビ企業を延命させるように強大な政治的圧力がかかることになる」とカッツは説明。「もし政府がしっかりしたセーフティーネットを整備していれば、企業がつぶれても、その従業員が新しい企業に移るのはもっと容易になるだろう」と論じる。 必要なのは、ゾンビ化したゾウ企業を生き長らえさせることではなく、新たなガゼル企業の育成を支援することだ。ガゼル企業とは、創業5年未満の高成長かつアジャイル(機敏)な企業を指す。日本のベンチャーキャピタル(VC)シーンは米国などほど活発ではないので、起業家は十分な資金調達に苦労しがちだ。そのため、早すぎる段階で上場するスタートアップが多い。しかし上場後は、創業者は株主から短期的な利益への圧力にさらされるため、大きなリスクを取るには遅すぎることになる。 日本の当局者はいまだに「ゾウを、しかも死にそうなゾウすら優遇し、ガゼルを希少種にしてしまっている」とカッツは書いている。「日本政府による企業の研究開発(R&D)への財政支援のうち、従業員250人未満の企業向けは8%にとどまり、先進国のなかで最低だ」

対中国では日本が経済力を高めることも「武器」になる

岸田文雄首相は、従来の路線を軌道修正することが優先課題のはずだった。2021年10月、成長と富の再分配の好循環をもたらす「新しい資本主義」を掲げて首相に就任したが、安倍と同じように、その仕事を日銀に任せた。 カッツの提言のなかでもとくに説得力があるものの一つは、日本はM&A(合併・買収)活動への障害を減らすべきだというものだ。日本では「国内のM&Aの件数も、経営不振に陥った大手企業のために外国勢がホワイトナイト(友好的買収者)を名乗り出る例も大幅に増えている」にもかかわらず、「保護主義やナショナリズムの姿勢が依然として残っている」とカッツは指摘する。 自民党政権は「株式交換による三角合併の仕組みに関連した税制など、M&Aを煩雑にしたりその経費をかさませたりしているさまざまなルール」を見直す時期だとカッツは主張する。株式の持ち合いは以前に比べると減っているものの、「状況を完全に変えるほどではない」とみている。 さらに、労働人口が減少している日本では、生産性を高める措置が不可欠だともカッツは述べている。何世代にもわたる女性差別を克服する明確な政策によって、女性の就業率を大幅に高める取り組みもだ。 とはいえ、カッツの本のなかで岸田のチームがもっとも読みたい部分は、中国に関する箇所ではないか。安倍、そして岸田の大きな過ちは、日本が海上自衛隊や海上保安庁の艦船を増やし、防衛費を積み増せば、中国の習近平国家主席をけん制できると考えたことだ。だが、今日のアジアでは、国内総生産(GDP)を大きく成長させることのほうがはるかに重要だ。 「活力にあふれ、技術の進んだ国として、日本が企業や海外直接投資(FDI)、あるいはさまざまな自由貿易協定(FTA)を通じて地域でより大きな役割を果たすようになれば、日本は中国との経済的なパワーバランスを改善し、それによって中国はできることを制約され、以前のような「平和的台頭」に近い姿勢に戻る可能性も高まるかもしれない」とカッツは論じている。「日本はこれまで、経済的な苦難のためにアジアでの影響力を低下させ、その結果、中国に対するカウンターウエイトとしての役割も低下させている」とも指摘している。 過去数年の日本から、バフェットのバークシャー・ハサウェイや中国は恩恵にあずかった。一方、日本にとってこの期間は、かつて世界を驚嘆させたアニマル・スピリットを取り戻すうえで失われた時間になった。良いニュースは、カッツが詳しく説明しているように、日本には、軌道を修正する方法、ゾウを退場させ、ガゼルと駆け出していくための方法がいくつもあることだ。必要なのは、それをただ実行に移すことだけだ。