自分にとっての成功は何かを明確に定義づける必要があるが、
そのために、何を犠牲にできるか

ダラダラ見ているテレビの時間。
毎日飲んでいるアルコールとその時間。
意味なくだらだらと寝ている朝の時間。

この3つを犠牲として差し出すことはできる。
ただし、ストレス発散が十分にできなくなるだろうとは思うが。

しかし、慣れてしまえば問題ないだろう。

明日から犠牲にして走り出すことは可能か。
そのためには自分にとって成功とは何かを明確に定義づけることが必要だろう。

自分にとっての成功
一生涯続けることができる仕事に打ち込んでいけること
一生涯続けることができて打ち込める仕事とはなに?

法律の仕事で人の役に立つことか?
なんどもチャレンジして、そのたびに挫折してきた過去はどう精算するのか。
十分な反省なしに、一歩を踏み出すことは時間とお金とモチベーションの無駄となるだろうから。



自分にとって成功とは何だろう。

大金持ちになることか。
美人な人と結婚して幸せな生活をすることか。

「人に認められたい」ということが一番大きいと思う。
では、どんな分野で?どのように認められたいのか?

自分の仕事が人の役に立ち、認め、感謝されているか。

自分仕事が形となって表れるのはどんな場合か。
誰が評価してくれるのか。

今の自分の仕事の中に十分それが表れていない。

ある本に、自分の葬儀の時に参列者からどのような言葉で自分が語られているかを想像するという物があった。

今の仕事で、賛辞の言葉を言われたいか?

答えはNO

ということは、今の仕事を変わるべきなのか。悩みどころだ。この年で。
仕事が何かの喜びと結び付いていると考えたことがないと思う。
仕事が自分にとっては苦役に近い存在なのかもしれない。

自分にとっては、給料をもらうために我慢しておこなっていること。


なんということだろうか。人生の3分の1に近い時間を当てている時間が「好き出ない」「苦しい」ものであるなんて。

なぜ、そんな風になってしまったのだろうか。

社会に出る一番最初のステップで、踏み外してしまってから、まったく違った変な階段をのぼってしまったのが原因か。

最初の失敗にこだわるあまり(自分の中で、整理・決着を付けられず)その延長でだらだらといきてしまったのかもしれない。

時間は楽しむ物ではなく、何かでつぶしていく物、意味のないテレビやアルコールで。

少なくとも、今の仕事でも喜びを見つけることができるはず、それはないか。