田原城【三河】 | 第六天魔王の天下統一記

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第六天魔王(織田信長)になったつもりで史跡を中心に巡る小旅行記です( ̄∇ ̄*)ゞ

15日の続きです。

やっと本業です(笑)

渥美半島には他に城は無く(小さいのはあったかもですが)、根元を押さえれば半島を支配出来、守備も出来たんでしょうね(^^;

めっくんはうすの少し北の

田原市博物館へ。
博物館は二の丸になり、駐車場は堀を兼ねた池の跡です。


入口。
門があり、通路になってますが、
ここも池の延長の堀跡。
左が本丸。右が二の丸。


堀跡の通路を進むと登り口。
当然、堀からは登れないので後付け、右の井戸もかな?

登って左(北側)に

巴江神社。本丸跡です。


本丸と三の丸の間の堀。


田原城は戸田宗光が築城(1480年頃)。

宗光は渥美半島を統一し、知多半島東岸にも勢力を拡げます。

康光(宗光の曾孫)の代になると松平広忠(家康の父)に娘・真喜姫(田原御前)を嫁がせ松平氏に従属。

松平氏の力が衰えると共に今川氏に従属します。

しかし、竹千代(後の家康)を岡崎から駿府へ送る途中に裏切り、織田信秀に売っちゃいます( ̄▽ ̄;)(1547年)

怒った義元の軍勢に攻められて落城。

田原城には義元の城代が入ります。


二の丸櫓。
模擬ですが石垣は現存。

天守は無かったそうです。


家康が独立すると攻略し、酒井忠次指揮下の本多広孝が入ります。

康光の裏切りが無ければ清洲同盟は結ばれず、両者の行く末も変わってたかもですね(^^;




二の丸に田原市博物館。
館内は渡辺華山(田原藩家老・画家)の作品がメインで、城関係は有ったのか?( ̄▽ ̄;)


家康の関東移封後は池田輝政の持ち城に(1590年)。



護国神社。三の丸跡です。


幕府が開かれると戸田尊次(康光の弟・光忠の孫)が田原藩主となり、後に三宅氏に代わり幕末を迎えます。



大手門。これも模擬。
門前に城趾碑。


大手門左に柝池。


右に袖池。


この後に行った蔵王山。


次は静岡の湖西市に行く計画でしたが、時間がおしたのでパス(^^;

最終回の同じく戸田氏の城へ。
続く。