西に向かい、岐阜市西荘へ。

西岐阜駅の近くの立政寺。

境内の一角が正法軒跡です。

正法軒は室町十五代将軍足利義昭の御座所でした。
義昭は十三代将軍義輝の弟で仏門に入ってましたが、松永久秀達により義輝が殺され義昭も捕まりました。(永禄の変、1565年)
十四代には二人の従兄弟の義栄が擁立されます。
その後脱出し転々としながら還俗。
越前の朝倉家の元に移ります。(1566年)
そこで正当な血筋の将軍となる為に朝倉家に協力を求めますが重い腰を上げません。
見限って当時朝倉家の家臣だった明智光秀の仲介で信長の所に来ます。(1568年)
その時信長と義昭が対面したのが正法軒で、上洛して十五代将軍となるまで過ごしたのです。
日曜に上洛の準備に行くので、その為の布石でした(* ̄∇ ̄)ノ

本堂。前のは開山した智通上人像。
立政寺には関ヶ原前の逸話があります。
関ヶ原に進軍中の家康が寺で休憩しました。
住職がもてなしの柿を持ってきたのですが、お盆から落としてしまったのですΣ(゜Д゜)
機転を利かせた住職は「大柿(三成が居た大垣)が落ちましたな」と家康を喜ばせたそうです( ̄▽ ̄;)
次は少し休憩。最近始めた道の駅へ。
続く。