「力を抜いて」も、声は変わらない
ボイストレーニングを受けていると、一度は「もっと力を抜いてください」と言われたことがあるかもしれません。
歌っているときに喉に余計な力が入る。高音に入ると苦しくなる。声が詰まる。息が続かない。こうした悩みがあると、「力を抜くこと」が大切だと考えやすくなります。
もちろん、喉に余計な力が入ったまま歌うのはよくありません。喉だけで声を無理やり出そうとすると、声は出しにくくなります。音程も取りにくくなり、声が不自然になることもあります。
ただ、ここで一つ難しい問題があります。
それは、「力を抜こう」としているのに、声が変わらないことがあるということです。
むしろ、力を抜こうとするほど声が弱くなり、息の流れが不安定になる。高音に入ると、さらに声が頼りなくなる。そんな経験をした方もいるはずです。
この場合、問題は「まだ力が抜けていないこと」だけではありません。
力を抜くことばかりを意識した結果、声を出すために必要な筋肉まで働きにくくなっている可能性があります。
声は、何もしないことで良くなるものではありません。喉に余計な力が入らないことは大切です。しかし同時に、息を流すための呼吸器官、声帯を細かく働かせる喉頭筋も必要です。
ここで大切なのは、余計な力を入れないことと、必要な筋肉が働くことの両方です。
この違いが分からないまま「力を抜くこと」だけを追いかけると、声はかえって不安定になることがあります。
良い発声に必要なのは、ただ力を抜くことではない
喉に余計な力が入らないことは大切です。
喉だけで声を無理やり出そうとすると、声は硬くなりやすく、息の流れも不安定になります。高音に入ると苦しくなったり、声が細くなったりすることもあります。
ただし、そこには一つ注意点があります。
声を出すためには、働くべき筋肉があるということです。
声は、息が流れ、その息に声帯が反応し、共鳴腔を通ることで形になります。つまり、声を出す時には、呼吸器官と喉頭筋が一緒に働く必要があります。
この働きが弱いまま、ただ力だけを抜こうとすると、声を出すための息の流れが弱くなります。すると、声帯が細かく反応するための条件も作りにくくなります。
その結果、声は楽になるどころか、弱くなることがあります。
「力を抜いているのに、声が届きにくい」
「リラックスしているつもりなのに、歌うとぎこちなくなる」
「喉に余計な力を入れないようにすると、息が続かない」
こうした状態は、単に力が抜けていないのではなく、必要な筋肉が必要なタイミングで働いていない可能性があります。
小谷メソッドでは、良い発声を「力が抜けた状態」とは考えません。
大切なのは、余計な力が入らない状態で、必要な筋肉が働くことです。
特に重要なのは、呼吸器官と喉頭筋のつながりです。息の流れが安定していると、喉だけで頑張らなくても声が出しやすくなります。反対に、息の流れが不安定だと、喉だけで声を無理やり出そうとしやすくなります。
「力を抜く」は、発声を良くするための一つの条件です。
しかし、それだけでは足りません。
良い発声には、抜く力と、働く力の両方が必要です。
喉だけで声を無理やり出してしまう理由を知りたい方は、喉で歌わない方法|喉で歌ってしまう原因と改善法も参考になります。
声は、必要な筋肉が必要なタイミングで働くことで作られる
声は、喉だけで完結するものではありません。
まず息が流れ、その息によって声帯が振動します。そして、声帯で生まれた原音が、咽頭腔や口腔を通ることで、声として聞こえる形になります。
この流れだけを見ると、声はとても単純に思えるかもしれません。
しかし実際には、息を流す呼吸器官、声帯を働かせる内喉頭筋、喉頭の位置に関わる外喉頭筋、口の開きや舌の動きなどが、同じ目的に向かって働いています。
だから発声では、「どこか一つをゆるめれば良い」という話にはなりません。
たとえば、喉に余計な力が入っている方が、喉だけをゆるめようとしたとします。すると、一時的に楽になったように感じることはあります。
けれど、呼吸器官が十分に働いていなければ、声を出すための息の流れは不安定なままです。
息の流れが不安定になると、声帯も安定して振動しにくくなります。声帯は、息の流れに反応して細かく動く器官です。そのため、息の流れが弱すぎたり、急に強くなったりすると、声帯が細かく反応する状態を作りにくくなります。
その結果、声がかすれる、細くなる、音程が取りにくくなる、高音に入ると苦しくなる、といった状態が起こりやすくなります。
このとき、喉だけに原因があるように感じるかもしれません。
しかし実際には、呼吸器官と喉頭筋が一緒に働けていないことが関係している場合があります。
声を出す時に、丹田を意識して呼吸器官が働く準備を作ると、息の流れが安定しやすくなります。息の流れが安定すると、喉だけで声を無理やり出そうとする必要が少なくなります。
ここで大切なのは、強い息を出せば良いということではありません。
息の流れは、強ければ良いわけでも、弱ければ良いわけでもありません。歌の中で必要な分だけ流れ、必要な長さだけ続くことが大切です。
たとえば、高音に入る時は、ただ力を抜けばよいわけではありません。
音の高さだけを狙って喉だけで声を出そうとすると、喉に余計な力が入りやすくなります。反対に、力を抜きすぎて呼吸器官が働かないと、声帯が反応するための息の流れも不安定になります。
つまり、高音に入る時ほど、余計な力を入れないことと、必要な筋肉が働くことの両方が必要になります。
小谷メソッドで丹田を大切にする理由も、ここにあります。
丹田を意識するのは、ただお腹に力を入れるためではありません。呼吸器官が働く準備を作り、息の流れを安定させるためです。
息の流れが安定すると、喉頭筋はその流れに合わせて働きやすくなります。声帯が細かく反応することで、声は無理に作らなくても出しやすくなります。
良い発声とは、喉だけが頑張っている状態ではありません。
また、全身の力が抜けて何も働いていない状態でもありません。
必要な筋肉が、必要なタイミングで働いている状態です。
その状態に近づくほど、声は身体の働きに合わせて出てくるものになっていきます。
丹田と呼吸器官の働きを詳しく知りたい方は、なぜ丹田はボイストレーニングで重要なのか?も参考になります。
自然体とは、だらんとした状態ではない
ここで、「自然体」という言葉について考えてみます。
発声で自然体と聞くと、力が抜けている状態を思い浮かべる方は多いと思います。肩の力が抜けている。表情がこわばっていない。喉に余計な力が入っていない。たしかに、こうした状態は大切です。
しかし、自然体とは、ただだらんとしている状態ではありません。
歌う時の自然体とは、声を出す要求に対して、身体がすぐ応えられる状態です。
たとえば、ボールを投げる動きを考えると分かりやすいです。
良い球を投げる時、全身の力を抜けばよいわけではありません。肩に余計な力が入ると、腕はスムーズに動きにくくなります。けれど、脚、胴体、腕、指先まで力が抜けきっていたら、ボールは遠くへ飛びません。
大切なのは、余計な力は入らないことです。けれど、必要な場所は必要なタイミングで働く必要があります。
発声も同じです。
喉に余計な力が入るのはよくありません。けれど、呼吸器官まで働かない状態になれば、息の流れは不安定になります。息の流れが不安定になれば、声帯も反応しにくくなります。すると、声は弱くなったり、細くなったり、高音に入ると不安定になったりします。
つまり、自然体とは「何もしない状態」ではありません。
自然体とは、余計な力が入らない状態で、声に必要な働きがすぐ起きる状態です。
この違いは、とても重要です。
「力を抜くこと」が目的になると、身体を働かせることまで避けてしまう場合があります。すると、声を出すための息の流れが足りず、結局、喉だけで声を無理やり出そうとしやすくなります。
一方で、自然体を「必要な筋肉が必要なタイミングで働ける状態」と考えると、見る場所が変わります。
喉に余計な力を入れないことだけを見るのではなく、丹田を意識して呼吸器官が働く準備を作る。息の流れが安定した上で、喉頭筋がその流れに反応する。
ここまで見ていくことで、呼吸器官と喉頭筋が一緒に働いているかを確認しやすくなります。
小谷メソッドでいう自然体は、ただ楽な姿勢になることではありません。
声を出す時に、丹田、呼吸器官、喉頭筋が一つの流れとして働きやすい状態です。
その状態では、喉に余計な力が入りにくくなります。なぜなら、喉だけで頑張る必要が少なくなるからです。
力を抜くことは大切です。
ただし、それは自然体の一部であって、自然体そのものではありません。
自然体とは、余計な力を入れずに、必要な力が働いている状態です。
発声器官が一緒に働く考え方を深く知りたい方は、フースラー「歌うこと」解説③ 第3章「発声器官の統一」を徹底解説も参考になります。
脱力だけを目標にすると、声が不安定になることがある
ここまで見てきたように、発声において力を抜くことは大切です。
喉に余計な力が入ったまま歌うと、声は出しにくくなります。音の高さだけを狙って高音に入ると、喉だけで声を無理やり出そうとしやすくなります。そうなると、息の流れが不安定になり、声も不安定になります。
ですから、「力を抜く」という言葉には意味があります。
ただし、ここで注意したいのは、力を抜くことだけを目標にしてしまうことです。
力を抜くことだけを目標にすると、必要な筋肉まで働かない状態になることがあります。
たとえば、「喉に力を入れてはいけない」と考えすぎると、声を出すこと自体が慎重になります。声を届けようとすることを避ける。息の流れを作ることを避ける。高音に入る時も、怖がって声を小さくする。
その結果、喉に余計な力は入っていないように感じても、声は弱くなります。歌の中で声が無理なく保たれている時が少なくなります。
これは、力が抜けた良い状態ではありません。
声を出すための働きまで弱くなっている状態です。
この違いは、とても大切です。
呼吸器官が働かないまま声を出そうとすると、息の流れが安定しません。息の流れが安定しないと、喉頭筋もその流れに合わせて働きにくくなります。
すると、最初は力を抜こうとしていたはずなのに、歌っている途中でまた喉に余計な力が入りやすくなります。
つまり、力を抜くことだけでは、喉に余計な力が入る理由まで変わらないことがあります。
大切なのは、喉の力を抜くことだけではありません。
なぜ喉に余計な力が入っているのかを、呼吸器官と喉頭筋の関係から見ていくことです。
声を出す時に、呼吸器官が働いていなければ、喉は不足した働きを受け持とうとします。息の流れが不安定なままでは、喉だけで声を無理やり出そうとしやすくなります。
だから、私は「力を抜きましょう」だけでは不十分だと考えています。
もちろん、喉に余計な力を入れたままでよいという意味ではありません。
余計な力は減らす必要があります。
しかし、それと同時に、丹田を意識し、呼吸器官が働く準備を作り、息の流れが安定する状態に近づける必要があります。
力を抜くことは、発声を良くするための入口にはなります。
けれど、出口ではありません。
目指すべきなのは、力が抜けた声ではなく、余計な力を入れずに、必要な筋肉が働いている声です。
その状態に近づいた時、声はただ軽くなるのではなく、安定し、届きやすくなり、歌の中でも保ちやすくなります。
力を抜くより、声を出せる身体の状態を作る
「力を抜いているつもりなのに、声が変わらない」
この悩みがある時は、力を抜くことだけを見続けるより、声を出せる身体の状態になっているかを確認することが大切です。
喉に余計な力が入らないことは、もちろん必要です。けれど、それだけでは声は作られません。
声は、息が流れ、声帯が反応し、共鳴腔を通って整います。そのためには、呼吸器官と喉頭筋が一緒に働く必要があります。
もし力を抜いても声が変わらないなら、まず確認したいのは、呼吸器官が働く準備ができているかです。
声を出そうとした時に、息を止めたまま喉だけで声を出そうとしていないか。丹田を意識した時に、呼吸器官が働きやすい状態になっているか。息の流れが安定した中で声を出せているか。
ここを見ずに、喉だけをゆるめようとしても、声は変わりにくいです。
呼吸器官が働かないまま声を出すと、息の流れが不安定になります。息の流れが不安定になると、声帯の反応も不安定になります。すると、結局また喉だけで声を無理やり出そうとしやすくなります。
だから、小谷メソッドでは、ただ力を抜くことを目的にしません。
丹田を意識し、呼吸器官が働く準備を作り、息の流れが安定した状態で声を出すことを大切にします。
この時の丹田は、ただお腹に力を入れるためのものではありません。呼吸器官が働く準備を作るために使います。
丹田を意識すると、呼吸器官が働く準備がしやすくなり、息の流れも安定しやすくなります。息の流れが安定すると、喉頭筋もその流れに合わせて働きやすくなります。
その結果、喉だけで頑張らなくても、声を動かすことがしやすくなります。
これが、私の考える自然体です。
自然体とは、力が抜けきった状態ではありません。
余計な力が入らない状態で、必要な筋肉が必要なタイミングで働いている状態です。
声が変わらない時、「もっと力を抜かなければ」と考える方は多いです。
けれど、本当に必要なのは、さらに力を抜くことではないかもしれません。
必要なのは、声を出すために働くべき場所が働いているかを確認することです。
喉に余計な力を入れない。けれど、呼吸器官は働く。息の流れが安定し、その流れに声帯が反応する。
この状態に近づくほど、声は無理に作るものではなくなります。
「力を抜いて」ても、声が変わらない理由は、力が抜けていないからとは限りません。
必要な筋肉が、必要なタイミングで働いていないからです。
だから、目指すべきなのは、ただ力を抜いた声ではありません。
余計な力を入れずに、呼吸器官と喉頭筋が一緒に働いている声です。
そこに近づいた時、声は弱くなるのではなく、安定し、届きやすくなり、歌の中でも保ちやすくなります。
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