「お母さん」
今日♪かあさん お肩を たたきましょ♪
と子供に歌おうと思って、
「おかあさん・・・
というフレーズを
口に出そうとした途端に、
涙で声が詰まって、
歌えなくなった。
随分前から、
母へ手紙を書こうと
思っていたけど、
ずっと書きそびれていました。
この機会に、
朝食もそこそこに、
書いています。
母は、母の両親に、
旅行に連れて行ったり、
いろいろ親孝行していたよね。
キャンピングカーで、
北海道1周して、
母の両親が、昔住んでいたところに
行った写真。
当の私は、
勝手に、
外国に移り住んで、
母に旅行をプレゼントしたい
親孝行しなきゃと、
ずーっと思っていたのに、
それも、したこともなく、
逆に、旅は、いつもプレゼントしてもらうばかりで、
申し訳ないなーと
本当に思っていた。
多分、これを言っても、
「私の一番のプレゼントは、
娘が幸せで暮らしている事だよ」
と言うに違いないけど、
なぜだろ、涙が溢れて止まらない。
私も母も、歳をとって、
この世での時間が限られてくると、
感じているからだろう。
偉大なる母だった。
(まだ過去形じゃないけど)
その大きくて、深い愛を思うと、
もったいなくて、
号泣してしまうほどです。
この気持ち、
強すぎて、
日本に帰って会いたいけど、
泣きそうで、
逆に、帰りたくなくなる。
この天邪鬼の気持ち
よく見てみると、
母を守りたいのに、
守ってもらっている、
ありがたいのに、
コンチキショウ、守りやがって
みたいな
そんな気持ちだった。
甲斐性のない子供で
申し訳ない。
立派になるように、
手塩にかけて育ててくれたのにね。
申し訳ない気持ち
それが奥底にあった。
そんなものを持っていても、
自分のためにも、
母も喜ぶわけもないので、
手放そう。
「いいんだよ、そのままで」
「やりたい事やってる、
できてるじゃないの」
「いいの、そのままで」
自分に言い聞かせる
自分が世界基準。
親孝行できている人たちの方が、
どっか、おかしい。
子供の世話にだけは
なりたくないと、
言っている
高齢者は多い。
うちの両親も、
子供の世話にならずに、
立派に、自立して、
残り人生を
楽しんでいる。
良かった良かった。