昼はTシャツ、夜はマフラーが欲しい今日この頃、僕はいかつい白人女の背後をこっそりすりぬけながら必死に生きています。

というのは嘘ですが、昼夜の気温差がすさまじいのは本当です。

今朝5時にメルボルンから帰宅し、午前中は寝て、昼過ぎに起きてシリアルを食べていると、それを見たインド人のおねえさんが"Is this your breakfast?"と怪訝な表情で声をかけてきてすこししゃべったあと、午後は近くに買い物に行き、閉店間際の本屋さんを追い出されてさっき帰ってき ました。

メルボルンは本当に都会でした!金曜の朝からバスと列車を乗り継いで10時間かけて、その日の夕方にメルボルンの駅に着いて感動したこと。
1.ビルがいっぱい。(キャンベラのシティにはビルらしきビルは数えるほどしかない)
2.コンビニがある。(キャンベラでは見たことがない。この国にはもはやコンビニなどないのかと思っていた)
3.日本人がいっぱい。(キャンベラでは大学関係者以外の日本人と会ったことがない)
はらへった~、と思って歩いていると、日本食の店発見。入ってみると

「いらっしゃいませ~」

と言われて感動。店員さん日本人でした。ただしそのあと

"One?"

と言われて、

「はい一人です」

って答えました。どうやら日本人ではないと思われたらしいです。

そのお店の従業員は全員日本人らしく、ちゃんとした親子丼が出てきたので、感動のあまり店主らしきおじさんに話しかけてしまいました。

そのあとは近くのユースホステルに行き、一人旅をしているという神戸大学の院生の方と泡盛を飲みながら談笑。泡盛は日本から持ってきたらしく、ずうずうしい思いながらも、ちょっと分けてもらいました。久しぶりに就活の話とかしました。

土曜日は朝からメルボルンに語学留学中の友達と遊び、オーストラリアにきてから初めて海を見てテンション上がり、そのまま郊外の住宅街に放置されたのち、 乗るはずのバスの反対方向に行くバスに乗ってしまい、さまよった後、夕方にシティに戻りました。キャンベラに帰るバスまでの時間一人でうろつこうと思って 駅から歩き出したところ、高校の同級生のかがわさんに遭遇。あまりのありえなさに互いに絶叫しました。かがわさんも語学留学でメルボルンにきていたみたい です。お互いオーストラリアにいるとも知らず、僕は実質一日だけメルボルンにいただけなのにもかかわらず。こんな偶然ってあるもんなんやね。奇跡とか言い ようにない。

少ししゃべったあと、一人でぶらぶら。デパートに入ると、日本ほどではないにしろ、かなり大きくて品揃えも豊富なことにびっくり。デパ地下みたいなんもあ りました。そのあとは、普通の観光客が行きそうな教会や庭園やらには目もくれず、ドいなかから初めて東京に出てきた人みたいな気分で、デパートをぐるぐる とまわり、予定外にバッグ買ってしまいました。

そのまま知らぬうちにチャイナタウンに入り、土鍋ご飯みたいなやつを食べました。でも会計のときに、中国系の店員に値段を中国語で言われました。まあわからんって表情したらすぐにNine thirtyって言ってくれましたが。

日本人に英語で話しかけられ、中国人に中国語で話しかけられ・・・自分の外見が中国系オーストラリア人と化していることにようやく気づきました。実際オー ストラリアにきて以来、髪をセットすることもなく、毎日Tシャツかその上にユニクロのジャージきてるかで、リュック背負ってうろうろしてます。現地に同化 しようとばっかり考えてたんですが、どうやら日本人としての外見的特徴を失ってしまっていたようです。

ということで明日からできるだけ髪はセットして、ちゃんとした服着て、リュックはやめようと思います。

追記:帰りのバスの中で寝ていてふと目を覚ますと、窓越しに天の川が見えました。
こんにちは。みなさんお元気でしょうか?

前回言ってた避難訓練について。朝6時とか冗談だろうと疑ってかかっていたのですが、6時に本当にサイレンがうわんうわんなりだし、それでもまだ何か悪い ジョークだと思い続けた僕はベッドにこもり、そのうち周りが騒がしくなるにつれて、冗談ではないことに気づきました。着の身着のままでとびだすと、みんな 寮の前の道路にすでに集まってました。その間に香港人の女の子が話しかけてきたのですが、お互い寝起きで何を言ってるかわからず、会話が成立しませんでし た。

その後、授業の登録などを済ませ、事務的手続きは大体終わったので、あとは明日の授業開始を待つのみです。実際この三日間くらいは暇してます。金曜の夜は 台湾の人とマレーシアの人たちに連れられて、Chinese Society(中国語を話す人たち、中国に興味のある人たちの集まり)の映画鑑賞会に行ってきました。周りはほぼChineseでしたが、「おまえは Chineseみたいな顔してるから大丈夫」とか言われました。実際、みんな僕のことをChineseだと思って話しかけてくるので、

我是日本人!(私は日本人です。)

って返してやりました。第二外国語がこんなところで役にたつとは思いもしませんでした。映画も中国語の音声と中国語の字幕で見たので、だいたい理解できま した。「長江七号」という映画なのですが、少林サッカーのノリでかなりツボでした。かなり最近の映画らしく、日本でもそのうち見れるんじゃないでしょう か。

それにしても台湾の人たちは妙に話しやすいです。ノリが大阪人と近いような気がします。お互い、ちょっとずつ日本語と中国語の知識があるので、教えあっています。こないだは会った瞬間に、「貧乏な人」とか言われました。

ちなみにマレー語でkotaというのは「首都」のことらしいです。

映画鑑賞のあとは寮でやってたパーティーに参加し、そのまま街のバーというかクラブというか、みたいな店にオーストラリア人につれていかれ、ふらふらになって帰ってきました。こっちのパーティは立ってる時間が長いので、かなり体力勝負な感じがします。

土曜日は、暇なうちにキャンベラ観光しておこうということで、Australian War Memorialというところに行ってきました。いかにも「俺たちは戦争でこんなにがんばったんだぜ」みたいな博物館でしたが、かなり日本関連のものが展 示されてたので、面白かったです。戦時中に日本がオーストラリアの北部まで攻めてきたのが、よほど衝撃的だったらしく、かなりそのあたりの展示は気合いが 入ってました。日本ではあまり注目されてないことがいろいろあって、とても新鮮でした。

こないだ部屋でネットがつながったと思ったのもつかの間、昨日から寮のネットが全部ダウンしました。ネットがないと余計に暇です。料理するか誰かとぐだぐだしゃべってるか寝てるかです。今は寮からちょっと離れたところのPCでネットしています。

料理について
こちらには豚バラがない!!
かなり大きなスーパーの片隅とかアジア系食品店に行けばあるらしいけど、料理といえばとりあえず豚バラだった僕にとってはちょっと大変です。分厚い肉でできる料理をただいま研究中です。

明日から授業で忙しくなりそうです。かなり本を読むことになりそうです。
とる授業は
①「北東アジアの国際関係」
②「東南アジア入門」
③「中東の政治」
④「政治学入門」
の4つです。ひとつの授業に対して、週2時間の講義、1時間のチュートリアル(ゼミみたいな少人数での討論」があるので、少ない数のテーマをがっつりやる ことになります。それぞれテキストがあるのはもちろん、Brick(レジュメの寄せ集めを製本したもの)があります。こないだそれを買いにいったところ (タダではない)、③のbrickがまじでbrick(直訳で「れんが」)でした。A4のくせして厚さが辞書並みです。

あまりきつかったら授業を3つにするかもです。現地の学生でも3つに絞る人は多いみたいです。

今夜はドイツ人といっしょにドイツ料理を作ることになりました。彼らはいい人たちなのですが、何を言ってるのか一向にわかりません。ドイツ語しゃべってる のか英語しゃべってるのか定かでないときが多々あります。何かを作るらしいですが、何を作るのかはよくわかりません。とりあえずポテトを焼くことだけはわ かりました。あとはそのときのお楽しみです。
とりあえず今まで会った人たち。

Australian American Japanese Chinese Taiwanese 香港の人(なんていうんやろ) Indian Korean Malaysian Polynesian French German Swedish Belgian etc.

みんな民族と出身国と名前が全然一致しません。周りからは様々な言語と様々な訛りの英語が聞こえてきます。世界は想像以上に複雑なようです。

今僕がいるのは、ANU(オーストラリア国立大学)の寮の中でも最大規模を誇る(500人以上)Burton&Garran Hallというところです。キャンパス内、自炊です。まだ授業ははじまっていなくて、日本の大学の新歓期のでかい版みたいな感じで、毎晩騒がしいです。

ちなみにここから30分以上歩かないと大きいスーパーにたどり着けません。でも安いところを狙うと、歩きとバスで1時間近くかかりました。ちなみに物価は日本より高いです。特に外食が高いです。ジュースとサンドイッチで1000円しました。

この一週間の生活はというと、大学の事務的説明を聞きにいったり、授業の登録をしたり、買い物して生活用品をそろえたり、夜のパーティに行ったりしてま す。でも、何をするにも、言葉が聞き取れない、背景知識がない、交換留学生は例外扱いされることが多い、とかで、ものすごく手間取ります。ケータイ買っ て、ネットをつなぐのもかなり大変でした。

 移動は、強い日差しの下で、ひたすら歩いてます。日差しを浴びるだけで疲れてしまうので、キャップを買いました。キャップなんかするのは小学校以来です。今こちらは夏の終わりなので、昼間は暑いです。毎日ほぼ快晴で、まだ雨を見たことがありません。

 それにしても、本当に英語が聞き取れない。びっくりするくらいに。「え、なんて!?」みたいなことばっかり言ってます。しゃべることはできても、相手の言ってることがわからないので、会話が大変です。

 そんな中でも、徐徐に「KOTA」という名前を覚えてもらえるようになってきました。日本人の名前は発音が難しいらしく、かなり覚えてもらいにくいで す。Chineseの人たちは本名とは別でEnglish nameがある人が多いので、日本人の名前はかなりレアな存在のようです。

 とにかくインド系の人の英語が悉く聞き取りにくいです。rが思いっきり巻き舌でくる上に、リズムというかイントネーションが完全にヒンディー語みたいな 人が大勢います。でも彼らは英語をしゃべることには断然慣れていて、みんな自分の英語に自信を持っているらしく、その上に早口です。このあたりは見習うべ きところなのかもしれません。

 それと、ドイツ人もシンガポール人(ほぼchinese)は、よく聞いてみると、彼ら同士の会話でも英語を使っていることがわかりました。なんでわざわ ざ?と思って聞くと、「だってドイツ語でしゃべったら他の人が会話に入れなくなるじゃないか~」と言ってました。その上で、日本人が日本人同士の会話で英 語を使わないことをどう思うかと聞いたところ、「孤立してしまわないの?」って言われました。確かにその通りで、同じ寮に何人かいる日本人がかたまって日 本語でしゃべってると、他の人があんまり寄ってきません。日本人にとっては、日本人相手なら日本語使えばいいや~、と思うけど、そのドイツ人が言うことも かなり当たっています。

到着した当初は、英語はわからんし疲れるし、ネットもケータイもうまくいかずでかなり大変でしたが、通信手段を確保したのと、英語がちょっとだけ慣れてき たからか、いろいろと楽しむ余裕が出てきました。もっともっと聞き取れるようになって(もちろんインドの巻き舌英語も)、たくさんの人と飲んだくれてしゃ べりたいと思います。現地社会にとけ込むことばっかり考えてたけど、日本アピールも積極的にしていこうと思います。

余談ですが、到着した日の夜に早速ベッドから落ちました。落ちてあがるのもめんどくさかったし、日本でずっと布団だったので、床で朝まで寝ました。この話、欧米人にかなりうけます。

明日は朝から避難訓練で6時に叩き起こされるとかいう話なので、もう寝ます。ちなみにキャンベラは日本より2時間早く進んでいます。避難訓練のあとに裏山に登ってbreakfastらしいです。どんだけこいつらタフやねん、と言いたくなります。