その日は突然やってきた。
 
母の施設のケアマネージャーから、朝電話があって。
「お母さまが施設から敷地内の病院に入院するので手続きなどに来てください。」
と呼ばれた。
のんびり路線バスで駆けつけ、看護師に説明を受ける。
このコロナ禍、母には会えず、主治医のお話を聞いて、気軽な気持ちで午前中が終わった。
この時点で入院は2週間程度ということだった。
ちょうど翌日は、施設で両親との面会予約をしていたので、そのことを看護師に話し、入院手続きの書類について説明を受け、記入は自宅でして明日持参するということで、帰宅。
自宅に着いたのは午後2時前。
 
がしかし。
午後3時過ぎには、病院から再び電話があり、
「お母さまの状態がよくならないので、大きな病院に転院させていただきたい。なので、また病院にきてください。」
と一度説明の電話があった。
が、またすぐ病院から電話、もっと深刻な様子。
「お母さまの状態が急激に悪化しているので救急搬送します。タクシーで今すぐこれますか?」
 
すぐに指示通り駆け付け、救急搬送車に乗り、救命救急センターのある大きな病院に。
道中、母の状態はあっという間に悪化。
病院に着いて検査の結果、医師に
「気管挿管の手術をして人工呼吸器をつけますか?」

と言われる。

午後5時ごろ。

 

その時私はひとり。

以前からシミュレーションしていた状況だ。

落ち着け!私!

 

(私の心の声)~~~~~

つまりこれは、どういうこと?

もしかして延命治療しますか?という質問?

 

深呼吸!

えーと。

母の状態からして、その可能性は間違いない。

確認するのは恐ろしいけれど、聞くしかない。

~~~~~

 

勇気を振り絞って医師に聞く。

「先生、それは、延命措置をしますか?ということと同じですか?」

 

医師「そうですね、そう思ってもらってかまわないです。」

 

(私の心の声)~~~~~

遂に、遂に、この時が来た。

どうしよう!

やっぱり誰にも相談できないんだ。

だからみんなで相談して決めておいたあの言葉を言うしかない。

認めてもらえるのだろうか?(不安)

いや、正直に医師に話そう。

でも怖い、怖いよ!

~~~~~

 

「先生、気管挿管の手術をして人工呼吸器をつけると母はどういう状態になるのですか?どのくらい生きることができるのでしょうか?そうなった母は生きることが辛くないのでしょうか?あらゆる痛みはどうですか?」

というようなことを聞き、医師は丁寧に答えてくださる。

 

「この医師は信じても大丈夫」、そう思った私は直感に従って、医師にこれまでの母と家族の歴史を語り、「家族の間で延命措置はしないと決めているのです」と話した。

すると、医師はまっすぐに私の話を聞き、「家族の意思を尊重しますよ」とおっしゃる。

 

でも。

とはいえ。

延命措置をしない決断を口にするのは恐怖だった。

正直、今私が延命措置を断るということは、私が母を殺すのと同じだと感じたから。

 

私は涙ぐみながら、でも医師にはハッキリと伝えた。

「手術はしません」

 

私の辛さを察してか医師は、私の決断を優しく受け止め尊重し応援の気持ちを言葉にしてくださった。

なんて有り難いのだろう。

私の心は少し軽くなった。

 

その結果、医師から伝えられた母の余命は、今晩持つか持たないかであった。

さらに家族を呼んでよいと言われる。

コロナ禍というご時勢、なんとも有難いことだ。

すぐに連絡する。

 

父を除く家族全員が揃ったのは午後7時ごろ。

それから20分もしないうちに、母は息を引き取った。

施設から入院の連絡の電話を受けてから10時間後のことである。

 

 

さて、以前から家族で相談して、決めていたこと。

それでも、その時、その場で、苦しむ母を見ながら、

医師に、

「延命措置をしません」

というとき、ひとりぼっちの私は、恐ろしさで胸が押しつぶされえるように痛くて、辛くて。

「私は生きてる母を殺すのだ」

という悪魔のささやきに苦しんだ。

でも。

それが私で良かったとも思った。

この状況でこの決断は私にしかできないに違いない。

「お母さん、ごめんなさい。」

 

とはいえ、その思いはそう続くことはなく。

むしろ、

「お母さん、ありがとう!お疲れ様!」

「お母さん、愛している、大好き!」

が圧倒した。

 

でもその決断を伝えたことは、私の中にチクリとそこそこ深い傷を残した。 

 

何度も幾多のシミュレーションをしたのに、現実は斜め上。

常日頃、意識的にあること、そのうえで冷静に決断することを習慣化してきた私だからできたこと。

延命措置を断ることの勇気。

愛情があるからこそ、辛い。

 

 

命はいつなくなるかわからない。

本当にその通りだった。

そうして想像以上に苦しかった。悲しかった。

 

 

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松元佳子