人生をよりよくするために終活は必須。
いざそのとき自分も周りも助けてくれるのは終活で得た知識と経験。
 
終活への道と終活
両親とも認知症になって、三姉妹の長女である私は、将来に不安や怖れしかなかった。
母が若年性アルツハイマーの症状が出始めたのは私が20代前半。
そのことで結婚を躊躇した。
 
そうして怒涛の20年が過ぎるころ。
私は終活を始めた。
認知症両親が祖父母たちの第一子であり、祖母たちの介護や私自身の在り方や両親の今後についてどうしていけばいいのか?不安におそわれたから。
 
子どもは親に守ってもらえるイメージがあった。
しかし私の場合は違った。むしろ守る側。

おそらく風習、親が長女に母親の役割を負わせることで、家族が生きていくというカタチ。

私はそのように育てられた。
親もそうやって育てられたのだと思う。
妹たちに聞いてみると、
「お姉ちゃんだけでしょ(親代わりに厳しく躾けられたのは)、大変だったんだね」
 
父は50代で脳卒中で倒れ、母は若年性アルツハイマーになり。

当時20代前半の私の人生、お先真っ暗。

 

父が倒れたことも、母がおかしくなっていくことも衝撃。

「私はどうしたらいいのだろう?」
 
当時の私は、様々にアンテナを張り巡らせ、学べることは学びながら、周囲には強がり、内心憤りと不安と怖れを抱きながら過ごした。「認知症」という言葉がまだなかったころ。
 
そうして「終活」という言葉を知る日が来た。

それは在宅介護がピークに近づいていたころ。

半年ほど悩みに悩んで(時間を作れるのかどうか自信がなくて)、終活ワークショップに参加。

 
終活ワークショップでは、「死」に至るまでに、どのようなことを、どのように決め、どう伝えるかを学んだ。
 
終活ワークショップで終活をはじめてから、
人はどういう段階を経て死を迎えるのか?
家族は本人の自然な死のためにできることは何か?
について多くの書籍や文献を読み、ネットで情報収集し、自分なりにシミュレーションを何度も思いつく限りあらゆるパターンを想像した。
 
とはいえ、それはシミュレーション。
いざその時になったらどうなのか?
 
遂にその日が突然やってきた。
シミュレーションを遥かに超えた。
 
 
そのとき感じたこと
 
準備しておいて本当に良かった!
しっかり役割を果たさなければ!
 
襲いくる感情の波
果たすべき役割
 
ひとりひとりを大切に尊重することを心がけながら
優先順位を慎重に検討し
するべきことを決定していく
目の前のことに誠心誠意尽くす
ギリギリの自分で頑張る
 
 
親族は
なんだかんだと理由をつけ
あなたのために役立ちたいといいながら
自分の思いを押し付ける
自分こそ最善と詰め寄ってくる
ちょっとした言葉で被害妄想に陥りそうになる
 
しかし家族のなかには
これまでの自分と家族の関係で問題を抱え込んでいる者もいる
その者を置き去りにはしない。
 
故人を思えば、親族も家族の思いも大切にしたい。
どうバランスを整えていくのか?
自分たちの経済的時間的なこともあり、
関係者と私たちと故人との人間関係のバランスもある。
 
故人の素晴らしさを引き継ぐ難しさ。
理解のある家族と相談しながら、できることを決めていく。
責任の重さに苦しくなる。
 
今この時に、故人を悼み、自分としっかり向き合いたい。
けれど、周囲の人の思いと段取りなどに私の時間は失われていく。
その事へのやるせなさ。
 
 
やはり終活していて良かった。
さまざまなシミュレーションは大事だった。
足りなかったシミュレーションがどの側面かを理解することができた。

 

終活していたら無駄に悩まない。
するべきこと
わからないこと
を分けられる。
 
どんな選択肢があるのかある程度知っておくことができ、
それが安心感をうむ。
それは後悔がすくなくなるということ。
 
終活はしておこう。
終活の何たるかを知っていれば、事あるごとに必要なことを見直し変更できる。
安心して人生を豊かに楽しめるというもの。
 
自分の直感に従って、終活ワークショップに参加して学ぶことができて本当に良かった。
そこからいただいたご縁は、私のセーフティーネットになっている。
関係者の皆様、心より感謝しております。
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松元佳子