認知症両親の在宅介護でのつらさはいろいろあった。
例えば、アルツハイマーの母の異常に見える言葉や行動は母にとっては正常な反応だということを理解できるようになったときのつらさ。
なんともややこしい。
どういう意味?!
若年性アルツハイマーの母の異常に見える言葉や行動
20代前半名古屋で働いていた私。
長期休暇で鹿児島市の実家に帰省した。
社会人になって母と二人で出かけるのは、わたしのちょっとした憧れと喜びのひとつ。
大人の女性としてこれから母と新しい関係が始まることへの期待。
わたしは母に未来への憧れを語りたいと思っていたし、母の過去未来の話をたくさん聞きたいと思っていた。
その憧れが実現し始めてうきうきしていたわたしに衝撃が走った。
初めて母の異常に気付いてしまったのは、母とデパートに行った帰りのバス。
母は私に財布を渡しながら言った。
「佳子(私の名前)、二人分のバス代はいくら?これで払ってくれない?」
内心私は恐ろしく動揺。
それまでふつうにおしゃべりしていたのに、「え?なんで?お母さんどうしちゃったの?」
母の顔を見ると、母の目に微かに何かいつもと違う様子が見て取れた。
当時の母の状況を推測する
当時母自身、自分の様子がおかしいことを自覚していたと思う。
その理由は、行きのバスでは母が二人分のバス代をいつも通り払っている。
帰りのバスでは、母はごく自然にわたしにバス代を払わせようとした。
バス代を払わせようとしたときの母の一連の動作に不自然さがほぼなかった。
いくら気丈でしっかり者の母とは言え、二人分のバス代が計算できないという事実に動揺しないわけがない。
もしもわたしだったら、突然計算できなくなるなんて怖ろしすぎる。
母はすでに自分の異常を自覚し、その回避方法を考えていたに違いない。
当時の母からわたしが受け取った異常
行きのバスでは、母が二人分払った。
帰りのバスでは、二人分のバス代を計算できない母。
財布だけ渡されていたら、母の異常に気づかなかったと思う。
「二人分だとバス代はいくら?」
という言葉と、母の目が微かにいつもと違う様子。
この2点だ。
母にとっては正常な反応
自分の異常を自覚した母。
それをスムーズに取り繕えていた時期。
アルツハイマーの初期において、正常な反応といえる。
母は病気だろうか?
それ以来わたしは、母の言葉や行動を細かく観察するようになった。
母は、数える、計算することが難しくなっているようだった。
母は、朝はわりとまともで、夕飯の支度をはじめる頃様子がおかしくなるよう。
きっと一日中自分の行動を意識的にコントロールしているため、夕方には疲労困憊だったに違いない。
例えば、母はご飯を炊飯器にセットするとき、お米のカップ数を何度も数え直していた。
「1、2、3、あれ?次は?何杯いれた?!」と独り言を繰り返す。
食卓にお箸を並べるとき、わたしがいるといつもと勝手が違うらしく「お箸はいくつ?配って!」と言って手渡した。
それまで一人分ずつを器に盛りつけて料理を出す母だったのに、大皿でまとめて出すようになっていた。
母は脳の病気?!
これは病気に違いない!きっと脳の病気だ!
私はそう思ったが、当初家族の誰一人同意しなかった。
父も妹たちも
「気のせいだよ、お姉ちゃん」
といった。
認めたくない気持ちは、わかる。
でもこういうことは早期発見、早期治療なのでは?と思った。
けれども、共感力が強すぎるわたしにとって、母の気持ちを理解すればするほど、わたしもつらくなって、母の異常を母に聞くことができない。
母のつらさが自分のつらさになった。
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松元佳子
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