春の夜の明けるころ
ふと
在宅介護の修羅場を思い出しました
3年前の今ごろ
両親の住む実家に通っていました
物理的に同居できなかったこと
私が精神的に同居不可能と判断したため
実家は目と鼻の先
出来るだけ自宅で
母とともに暮らしたい
という父の希望を叶えるために
が。
当時の状況は
普通の人なら
とっくにお手上げ
自分が死ぬか
相手を殺すか
くらいの酷さ
しかしその経験は
わたしには必要だったのだと思います
人の本質、本音、醜さ、尊さ、
こんなにも醜く酷い環境下で
人が生きている真実は何か?
糞尿で悪臭を放つ両親や
部屋やトイレを
ひとつずつ丁寧に片付けるとき
私が思っていたのは
そのような
それぞれの
人生について
でした
悪臭にえづきながら
父に毒を吐き
母に優しく声かけをし
二人の汚物にまみれた全身を清拭
壁やふすまやテレビやテーブルに
汚物が付着し悪臭を放つ
ひとつひとつ丁寧にふき取り消毒する
フロスにできた小便の水たまりを始末する
悪臭を清め収めるための工夫
どうすれば
こんなにも毎日
自分のもので
全身まみれるのか?
本当に不思議でした
そうならないよう
試行錯誤を重ねて
日々対応を進化させていたのに
あらゆる情報をかき集め
実践していたのに
何が優しさで
何が救いなのか?
自問自答の日々
生きていることは幸せなのか?
なぜこういう状況で生きていられるのか?
人間の不思議を思ったり
自分のどす黒い想いが
次々に沸き上がり
感情の嵐にのみ込まれ
荒れ狂う
在宅介護の修羅場
たった数時間の睡眠中でさえ
夢の中で両親の世話をやく
あの濃厚で永遠に終わりがないように感じた日々
そんな中でも
手を動かし続け
人を
モノを
部屋を
磨き続けるとき
磨かれていたのは
曇りきっていた
わたしのこころだったのだろうか?
そんなことを思ったのでした
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松元佳子
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