認知症両親の介護では、本人はもとより家族それぞれの心と向き合い方もとても重要だと私は思っています。
 そのためには、まずは自分のこころとからだを整えるすべを知ること。自分が整っていなければ、介護するのは難しい。無理を重ねて介護していた本人が先に病に倒れるなどというのはよく聞く話です。
 自分なくして介護は成り立たないという事実と向き合って受け入れなくては、と自分に言い聞かせてきました。できないときもありましたが、できるときは休む遊ぶという誓いを自分に持ち続ける。おかげさまで大病には至らず、数日~1週間寝込んで、旅行して回復というパターンをここ数十年保ってきました。
 
さて、私の家族は両親と私妹二人の5人。
母は自身の若年性アルツハイマーという病気を、事実を、受け入れられず現在に至っています。今はわりと自然に病気とともに在る母ですが、最近まで独り言の中に
「どうしてこんなになってしまったんだろう?!」
「何もわからなくなってしまった。どうしていいかわからない。」
などと言うことがありました。
最近の母は、
「どうしたらいいの?」
と私たちに言うこともあれば、独り言を発することもあります。
 
この母の病気を受け入れられず頑なに受診拒否をする姿、生活の行動を取り繕う必死の姿は、私にとって大きな大きなショック。
 良妻賢母を地で行く母は、実家や婚家の家族をとても大切に細やかな心配りで愛おしんでいました。
長女の私には病的に厳しい側面がありましたが、誰の悪口も言わず分け隔てなく優しく尽くす母は私の誇りだったのでした。ああ、でも「もっとお母さん私のことも見て!私にも優しくして!!!」とも思ってましたけど(笑)
 
母の頑な心には、誰のどんな言葉も届かなかったのです。
心の厚い扉をかたく閉ざす母を誰も説得することはできませんでした。
またそんな母に対して直接強い意志をもって働きかけるまたは説得を試みる親、兄弟姉妹、夫はいませんでした。
「仕方がない。」
私や妹たちが説得できないのに、自分たちができるはずがない。
きっとそう思っていたのだと思います。
まだ20代だった私も30代になった私も、このことを諦めがちでした。
私や妹たちに身勝手なアドバイスはするのに、誰一人母と対面してしっかり向き合える人はいませんでした。
「あのしっかり者の母がまさかそんなはずはない!」
 
このことは、今でも私にとって妹たちにとってやるせなく悲しく悔しい事実です。
その時私は、決心しました。
例え私自身がののしられようが悪者としてつるし上げられようが、本人が事実に向き合えるよう事実をうけいれられるよう伝え続ける。そして後悔のない人生を、残りの時間を過ごせるよう支え続ける、見守り続ける、と。
 
絶対に見捨てない。傍で寄り添い続けようと。私を産み育ててくれた家族だから。
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松元佳子
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