両親が認知症の場合。
しかも、本人たちがそうなることを想定していなかった場合。
そうなってきてるのに、その事実に向き合えない両親の場合。
自分で物事を決められない両親の場合。
その他、もろもろの場合。
この場合の両親をもつのこしょでございます。
両親それぞれの老後の人生設計みたいなものは、日記に書かずとも、子には言わずとも、なにかしらあったのでは?と思うのですが。
>今となっては、わからない~~~
父の場合は、老後の人生なんて、「わからん」
って言って、終わりそう。
その都度その日暮らしで、自分のその時の気分次第な人だから。
>そこに過度な期待がなければ言うことないんですが。。。
え~、つまりですね。
自分の人生にも責任をもって生きてると胸を張って言えないこのわたくしが。
親の死にいたるまでの人生に責任を持たねばならなくなってる現状に参ってます。
>降参~~~白旗で万歳~~~~~。(´д`lll)
これまでも、両親のために、何度も何度も悩んで考えて調べて相談して悩んで…決断してきました。
>決断しなければならないときごとに。
決断が必要な時って、結構あるんですよ。
小局面、大局面と、、、
些細なことさえ決断できない親を持つという現実。
それを決断しなければ、自分が苦し過ぎて生きてる心地もしないという針のむしろ。
でも、人の死に向かってのサポート、それも親となるとね~、複雑ですよ?
「仕方ないじゃんっ!」っつって、ばっさばっさとドライに割り切れればいいんですけど。
>めっちゃ、ウエットなタイプなわたくし。
やっかいなのは、もはや「親」ではなく、「自分の感情」か?!
またまた決断の時がせまりつつあり。
両親、姉妹、両親の親族の気持ちや生き方を考えて…。
苦しくなってる自分…。
自分の人生のことを、スパッと決めるというのは。
気のりしないことではありますが。
両親のことを考え過ぎる自分というのも、自分の人生なんでございましょうねぇ。
こういうことの采配の塩梅ってものが、まったくわからない…っていうか、悩ましい?!
あ~も~。
ですね。
ですが。
投げだしてしまわぬよう、しっかりアンテナの感度をあげて、小さな決断と一歩一歩を踏み出していこう。
ってなわけで。
今朝は、「不要なモノをごみ袋ひと袋分捨てる」という行動を実行しました。
うん。
身軽になれば、決断のスピードも上がるんですよね。
>それは実感してる。
気のりしないことこそ、課題なんだな。
これをひとつひとつ経験することが、わたしの人生のミッションかもな。
凹まず、続けて、淡々と。
ちゃんと楽しいこともやりながら~~~♪
今日も生きてるんだね、わたしもあなたも ('-^*)/