親に接していると、コツコツやることが多い。
両親の身のまわりもの。
揃えると必ず、名前書くとか。
一昨年までだったら、母が徘徊する危険があったから(実際警察のお世話にもなったけど)着衣のわかりやすい場所に名前や連絡先を書いた札をひとつひとつに縫い付けていました。
札を書くっていっても、何を書くのか?とか悩んで調べて相談して。
連絡先を書くにあたって、携帯がいいのか?家電がいいのか?
住所を書くか?
とか~~~。
母のしっかり具合に応じた札っていう。
危険回避というとたったの4字だけど。
その向こう側っていうのは、実に奥深い…。
いろんなことを考えて。
いろんな人に聞いてみて。
調べてみて。
可能性を広げて、広がった可能性に合うように、工夫する。
いわゆる迷子札。
地域にもよるだろうし、出逢う人にもよるし。
探すか?探していただくか?
最初の徘徊は、想定外でした。
そのころ、父が母と二人ですごしていて。
父は頭はしっかりしていたけど、足が悪くて、母を追いかけても追いつかなかったのです。
もともと父が母を怒らせてしまい、それが引き金となって、母はパニックに陥って、家に帰るといい、自宅を出て行ったそうです。
はれ~~~。
父、その時すぐに携帯で誰かに連絡してくれればよかったのに。
散々自分で探した後に、みつからなくて、わたしたち姉妹に電話してきました。
約1時間後。
時刻は、午後3時。
教訓:失敗はすぐに報告する。報告してから、考えよう!
その時、わたしが住んでいた場所は、実家からバスやフェリーで3時間以上かかる場所です。
すぐに出掛けたくても、バスもいない!っていう田舎でした。
マイカーを持っていないので。。。
例えマイカーがあったとしても、2時間弱です。
心臓バクバクです。
実家から車で40分くらいの場所に住んでいる妹次女がかけつけて、あちこちに捜索を依頼しました。
警察に届け出を出すのに、直近に撮った写真やら、着衣の特徴なんかが必要だったけど、父はパニックで母が何を着ていたか思い出せないといい。
結局、母は、行動がおかしいのと、靴を左右逆に履いていたことで、認知症ではないかと疑ってくださった居宅介護支援事業所の方に発見され、最寄りの交番に連れて行って下さったのです。
ほら、母はその時、
「お名前は?」
って聞かれても自分の名前が何だかわからなかったんです。
「お名前って何?」って思ったことでしょう。
それにしても、どうやってそんなところに?
っていう場所で発見された母です。
まったく家族の誰にも心当たりのない場所でした。
歩いて1時間くらいのところ。
冬でしたが、母は薄着でした。
お金なんてもっていません。
手ぶらでした。
ハタと我に返った時、どんなに不安だったことでしょう!
届け出を出していたので、交番からすぐ連絡がきて、妹次女が母を迎えにいってくれました。
涙目で、妹次女にありがとうっていったそうです。
妹次女は警察で、こってり絞られました。
妹次女だって、とっても不安で不安でっていう気持ちでいっぱいだったのに。
確かに、落ち度は家族にあるだろうけど、同居してない家族の私(長女)と次女の心労といったら!
優しくご指導くださればよろしいのに。
説教されるなんて。
八つ当たりじゃないでしょうね???的な!
結局、事なきを得ましたけど。
もう二度とそんな気持ちは味わいたくないし、苦労もしたくないので、しっかり徘徊対策しました。
しかし、外出の欲求に打ち勝つ方法など、ないですよね。
身体拘束以外に。
だって、どんな鍵をかけたところで、なぜかその鍵を開けれるんですよ。
自分の名前だって怪しいのに!
開けられなかったら、破壊とか。
窓とか、あるし。
欲求に対して、ふしぎな力を人間は秘めているんだとつくづく思い知りましたね。
えぇ、「なせばなる」んですよ。人ってものは。
例え、どんな状況でも。
奥底から湧いてくる欲求は、満たせるんですね。
いや、そういう話じゃなかった・・・。
いまや、いろんな両親の持物に名前を書くのですが。
無事でありますように。
とか、
(母を)よろしくね☆(そのモノに対して)
(母は)大丈夫!
とか、心のうちで知らず知らず呟いてしまいます。