かれこれ十数年前、山手線で通勤していた頃のこと、ある日突然無償に焚き火がしたくなった。

住宅地でできるわけがなく、ネットで直火可能のキャンプ場を探したがなかなか見つからず。山梨くらいまで行けば見つかるけど管理上いろいろ厳しい。僕がやりたい焚き火はこんなのじゃない、もっと自由を感じるやつだ!、、ということで、直感的に最寄りのウィルダネスとして選んだのが静岡県の安倍川の砂州。今思えば、静岡くんだりまで行かなくても房総だとか三浦の海沿い、もしくは奥多摩の山中にでも行けばよかったのだけど、その時はあまりよく分からなかった。なんで焚き火ひとつするために静岡まで行かねばならんのだと不満に思いつつ、安倍川の砂州で独り、盛大に燃やして、飲んで、寝た。

 

その後、登山を始めたが、テントの中でバーナーを使うスタイルが窮屈だった。なんで自然の中でこんなに窮屈な思いをしなければならんのだ!、、ということで、沢登りばかりするようになった。厳密には沢だろうが沢じゃなかろうが、国有林内では焚き火はアウトだと思うが釈迦に説法だろう。焚き火をしない沢屋なんて存在しない。でも、沢登りは独りではやりにくい。確保なしでは限度があるからだ。僕は独りで焚き火を満喫したいのだった。

 

今、やっとその環境がある。人の気配のない好きな場所で、山のように焚き木をストックして、一晩好きなように燃やして、料理して、飲んで、本を読みふけってウトウト眠る。最高だ。人生万歳。

焚き火を前に無言で考え事をしていると、不思議と心に引っかかっているいろんな事がゆっくりと解消されていく。普段いくら悩んでも思いつかないことが思いついたりする。これは気持ちの良いことで、僕は何時間でも焚き火の前で座っていられる自信がある。護摩焚きという密教の儀式は火で煩悩を焼くものだが、僕は護摩焚きをしたことないが似たようなことをやっているのではと思ったりする。

森林浴とはフィトンチッドという木の殺菌成分を身体に浴びて免疫力を向上をさせることだ。杉や松などの殺菌力の強い林内では風邪も治ると言われるほどだ。フィトンチッドは昼間よりも夜間に発散され、冷たく重い空気の流れによって林内に充満する。煙になった焚き木の油分やフィトンチッドを浴びたり肺にいっぱいにして身体は素晴らしい状態にあるはずだ。

 

僕がこれまで出会った最も美しい焚き火は、トゥアレグのものだ。サハラ砂漠の青い貴族と呼ばれる、勇壮な遊牧民だ。

 

 

砂漠の中にもわずかだが植物が生えており、このわずかな焚き木を使って無駄のない焚き火を熾す。必要最低限の焚き火で料理をして暖をとる。砂漠とはいえ、サハラの冬期は夜間の放射冷却で零下まで冷え込むことがあるので焚き火のない旅は難しい。ちなみに、焚き付けにはラクダかロバの乾燥した糞を使う。これは日本でも真似をしてみたがうまく行かない。よほど乾燥した環境でないと成立しない方法のようだ。

 

 

熾の上に砂を被せ、小麦粉の生地を乗せてさらに砂を被せる。そうしてパンを焼いてしまう。蒸し焼きになっているので中までふっくらと焼けるのだ。これは日本でもやってみたい魅力的な技だが、砂浜ならともかく山ではやりにくい。

 

 

彼らは焚き火を囲んでくつろぐときに、よく足の裏を火で炙る。トゥアレグ式健康法と彼らは言っていたが、血行促進だそうだ。温めるというよりは、足を焔に通して炙る。あっという間に足の裏が赤くなって全身がぽかぽかしてくる。この技はどこでもできるので、僕はいつもそうしている。昨夜もそうして、サハラの星空を思い出しながら素晴らしい時間を過ごしたのだ。