去年の秋頃にガラリと
生活が変わった時も
大変だったけど、
またまた変えることになりそうだ。
それによりまた新しい大変さがあるんだけど
今回もさらに新たなパターンを試すということは
それがまた起こるということだ。
でもベターな方法を見つけるためには
これも必要。
変な期待はせず、あくまで淡々とやろう。
その先に何があるかは
行ってみればわかる。
#日記
今日は朝から原稿書きの日。
それがようやく一段落し たので
宿題などに取り掛かろう。
思ったよりはかどったので
少し気が楽。
気落ちに余裕があることって
結構大切だ。
#日記
本日、午後2時からです。
東北の楽しさ、美味しさを
ぜひ!
JNN東北スペシェル「東北全力応援!幸せここだけフード」
https://www.atv.jp/shiawase_food/
外出の頻度が減ってから
かなりの期間が経った。
自由業なせいもあるし、
その中でも仕事柄なのか、
かなりの割合をリモートで進めている。
もちろん大切なプレビューや、収録など、
どうしてもその場でなければならない仕事もあるので
その場合は、これまでと変わらずテレビ局や
制作会社で行う。
でも、コロナ前と比べると
明らかに外でする仕事の量が減った。
そんな中で一番目に見えた変化が、
これまで見えなかった経費だ。
仕事と仕事の合間に
すぐ立ち寄りがちなコンビニ。
外出先で食べるお昼ご飯。
一つ一つの金額は
それほど大きくはない。
コンビニでコーヒーを買っても
100〜200円弱。
パンも200円くらい。
お昼だって
好きなうどん屋さんくらいしか行かないから
一回500〜600円くらい。
でも1ヶ月で見てみると
それらが積み重なって結構な金額になっている。
と言うことを、
ここ最近、ようやく実感した。
遅いけれど
本当に今更実感した。
きっかけは、
コロナ禍でのリモート生活が始まってからだ。
コロナ禍になってから
なるべく外出を減らす期間が増えた。
そんな中でも
病院へ行ったり、
整骨院で体のメンテナンスをしたりと
以前と変わらぬ出費はある。
そして
月の終わりにふと気づく。
あれ。
病院行ったり、整骨院へ言っているのに
いつもよりお金が余っている・・・。
1ヶ月の予算が増えたわけじゃない。
なのに余ると言うことは・・・
単純に使っていない、と言うことだ。
逆に言えば
使わなくても何不自由なく過ごせている。
自宅だから不自由じゃないんだろ
と言うことではなくて
自宅でまるで同じものを
食べたりしているわけではないから、
あーそういえばあれ食べたいなぁ
と言うものはある。
だけど、それらは
まるっきり食べたり飲んだりしていなくても
まあ、無ければ無いで仕方ないか
と思ってしまう程度のものだった
と言う意味だ。
と言うことは
外出していたから
それらにお金を使っていたけれど
元々は使わなくても済むお金を使っていた
と言うことになる。
これが一年分だとすると、
いや、今まで仕事をしていた年数分だとすると
これはとんでもない金額だ。
面白いのは
この今まで気づかなかった金額が
コロナ禍の生活になって見える化されたと言うこと。
外へ行かなくても仕事ができる。
無駄なお金を使わなくても生活をできる。
それを実感できただけだけど、
何か自分の中で大きなポイントに
初めて気づけた気がする。
頭でわかっただけじゃなくて、
体でピンときた、と言う感じがする。
自分の仕事や活動で
本当に大切なことは何なのか?
そんなことが
色々と見える化されてきた。