先日、1月29日で祖母が100歳を迎えました。

昨年沢山の皆様に写真をご覧頂いた「カモンベイビーアメリカ」の書き初めをした祖母です。



あれから約半年ほどですかね。
一度はホームの看取り部屋の移動までになりましたが、奇跡の復活を遂げ、現在は通常部屋で過ごしております。

さすがにもう文字は書けないかな?

花を持って誕生日を祝いにホームに行きました。

ぐっすり眠っていました。

そんな祖母の横で椅子に座りながら祖母の寝顔を見つめていました。

ここでは、敢えて書きませんが僕が小さい頃色んな人に反対された物事があったのですが、それを祖母だけは反対しないでいてくれました。
「やりたいと思ったならやりなさい」と。

いつもそうでした。
やりたいと思う事は全部させてくれました。
子供部屋を作ってくれました。
ぬいぐるみも編んでくれました。

祖父はもういませんが、小さい頃に祖父が入院した時「おばあちゃん寂しいと思うから一緒に寝るー!」とベッドに一緒に入って寝ていました。
寝る前に毎日お饅頭と緑茶を飲みながら「お茶会」と称して、その日あった事を話していました。

本当に可愛い孫だっただろうなって思います(笑)

しかし、中学生に上がる頃には僕は祖母への感謝の気持ちを忘れていました。
良かれと思ってやってくれる事に文句をつけ、心配してくれる事へ「うるさい」と返し、全く会話をしようとしませんでした。

祖母はそれでもいつも笑顔で「しょーがないわねー。」と笑っていました。

その時はそれが凄くウザいと感じていました…
浅はかです。

近くにいると愛情って当たり前になってしまうんだなって、今はそう感じます。

どれだけ愛されてるかを見失うんだなって。


本当に浅はかです。


全然まだまだまだまだ理解出来てないのかもしれないけど、祖母の愛情を今噛み締めています。

ありがとうしか出てきません。
祖母の所には毎日誰かが会いに来ます。

それが全てだと思います。
愛に生きた人だから、愛が返ってくるんです。


祖母に教えてもらった愛情を伝えられる人になります。








そんな事を考えていたら祖母が目を覚まし、満面の笑みでこちらを見ました。手を差し出すと…



強く握って離しません。なんて可愛いんだろう。
「素敵になったねぇ…」と僕の手を顔まで運び頬ずりをしていました。

僕は後何回祖母に会えるのでしょう。


関東大震災・東京大空襲・前回の東京オリンピック・東日本大震災。

全てを身をもって経験している人です。
僕には想像もつきません。


100年と言う奇跡に。



おめでとうございます。





ciao