2015/08/16 東京読売新聞

 ◎本よみうり堂
 「失敗するわけにはいかなかったんです、この本で」
 インタビュー中にふいにもれた一言が、小説に込めた思いの強さを物語っていた。幼い頃に満州(現中国東北部)で出会った3人の女性が、戦中、戦後をどう生きたのかを描く本作の執筆にあたり、話を聞いた人は優に50人を超えた。元兵士、開拓民、日本と戦った中国人……。壮絶な体験から、苦しい日々の合間に訪れた小さな喜びまでを打ち明けてくれた人々の顔や声が、今も胸を離れない。
 「彼らそれぞれの人生の一部を預かったんだと感じています。だから私は、その思いをここにとどめておかなければならなかった」
 両親と共に満州に来た珠子は敗戦の混乱の中、中国残留孤児となり、裕福な家の子だった茉莉は空襲で両親を亡くし、天涯孤独となる。朝鮮人の美子は家族と日本に渡り、「在日」としての苦労を味わう。過酷な運命に翻弄される3人の物語は、涙なしでは読めない。が、本の中の彼女たちは生き抜いていく。愛してくれた人の記憶を支えに。おにぎりを3人で分け合って食べた思い出を胸に。
 記憶――。それは著者がずっと大切にしてきたものである。高知で過ごした幼い日、ご近所はもちろん、農作業中の人、入院した祖母と同室になった人にさえ、体験談や昔話を聞いて回った。大学では民俗学を学び、作家になってからは、民話を集めた本も出した。
 「人が記憶を語り、書き残してきたのは、よりよい未来を願ったからだと思うんです。個人の経験でも後に伝われば、不幸を減らす一助になるかもしれないと信じて」
 できることなら、この本もそうなればいい。自ら過ちを繰り返さぬために。誰かに過ちを犯させぬために。(講談社、1600円)(村田雅幸)

 写真=中脇初枝さん