少し時間がたってしまったので、長男が生まれた日のことを、忘れないうちに書き残しておこうと思います。
帝王切開が決まったとき、最初に浮かんだのは、
「もうダメだった……ごめんね……」
という気持ちでした。
もう少し、お腹の中にいてほしかった。
もう少しだけでも、時間を稼ぎたかった。
でも、その日の診察で、子宮頸管の中に赤ちゃんの足が入り、もう見えていると説明されました。
先生のお話では、足だけならまだ待てても、その横からへその緒が出てきてしまうことは避けたい、とのこと。
「緊急事態になって慌てて手術をするより、今、落ち着いて手術をした方がいいのではないか」
そういう判断でした。
頭では、説明を理解していました。
でも、気持ちはまったく追いつきませんでした。
23週4日で完全破水してから、私はずっと、
「ここに何日でも居座ってやる!」
と思っていました。
入院がどれだけ長くなってもいい。
とにかく、少しでも長くお腹の中にいてくれれば。
その希望が、入院4日目にして打ち砕かれたように感じました。
「救急車で病院に行っていたら、羊水がもっと残って、もう少しお腹にいられたのかな」
「そもそも、少しお腹が張っていた時点で受診していたら……」
答えの出ない「もしも」が、次々に押し寄せてきました。
午前8時の診察で帝王切開が決まり、手術は9時15分から。
その間は、本当にあっという間でした。
気持ちを整理する時間もないまま、手術が始まりました。
帝王切開は、私にはとてもつらいものでした。
お腹の中を引っ張られるような、臓器を引き抜かれるような感覚。
途中で、本当に気持ち悪くなりました。
長女は経腟分娩で出産しましたが、私自身の体感では、そのときの方がはるかに平気でした。
もちろん、出産の状況も方法も違います。
ただ、今回は気持ちの面も大きかったのだと思います。
長女のときは、「もうすぐ会える」と思っていました。
今回は、「もうお腹の中にいてもらえない」と思っていました。
同じ出産なのに、私には、希望に向かう時間と、絶望に向かう時間のように感じられてしまったのです。
……「絶望に向かう」なんて。
書いている今も、そんなふうに感じた自分を責めたくなります。
もっと大変な状況にいる人もいる。
私は、まだ恵まれているのかもしれない。
そう思っても、あのときの怖さや悲しさを、うまく言い換えることができません。
午前9時45分。
長男が生まれました。
「おめでとうございます」
その場にいた皆さんが、口々に声をかけてくれました。
「ああ、そうか。おめでとう、なんだよな……」
そう思いながら聞いていました。
自分の出産なのに、どこか他人事のようでした。
うれしいとか、ほっとしたとか。
そういう気持ちに、まだたどり着けませんでした。
あの日の私をいっぱいにしていたのは、後悔と、先の見えない怖さでした。
今はまだ、あの日の出産を「幸せだった」とは書けません。
だから、まずはあのときの気持ちを、そのまま残しておこうと思います。