少し時間がたってしまったので、長男が生まれた日のことを、忘れないうちに書き残しておこうと思います。



帝王切開が決まったとき、最初に浮かんだのは、


「もうダメだった……ごめんね……


という気持ちでした。


もう少し、お腹の中にいてほしかった。
もう少しだけでも、時間を稼ぎたかった。



でも、その日の診察で、子宮頸管の中に赤ちゃんの足が入り、もう見えていると説明されました。


先生のお話では、足だけならまだ待てても、その横からへその緒が出てきてしまうことは避けたい、とのこと。


「緊急事態になって慌てて手術をするより、今、落ち着いて手術をした方がいいのではないか」


そういう判断でした。


頭では、説明を理解していました。


でも、気持ちはまったく追いつきませんでした。



234日で完全破水してから、私はずっと、

「ここに何日でも居座ってやる!」

と思っていました。



入院がどれだけ長くなってもいい。
とにかく、少しでも長くお腹の中にいてくれれば。

その希望が、入院4日目にして打ち砕かれたように感じました。



「救急車で病院に行っていたら、羊水がもっと残って、もう少しお腹にいられたのかな」


「そもそも、少しお腹が張っていた時点で受診していたら……


答えの出ない「もしも」が、次々に押し寄せてきました。


午前8時の診察で帝王切開が決まり、手術は915分から。


その間は、本当にあっという間でした。


気持ちを整理する時間もないまま、手術が始まりました。



帝王切開は、私にはとてもつらいものでした。


お腹の中を引っ張られるような、臓器を引き抜かれるような感覚。


途中で、本当に気持ち悪くなりました。


長女は経腟分娩で出産しましたが、私自身の体感では、そのときの方がはるかに平気でした。


もちろん、出産の状況も方法も違います。


ただ、今回は気持ちの面も大きかったのだと思います。


長女のときは、「もうすぐ会える」と思っていました。


今回は、「もうお腹の中にいてもらえない」と思っていました。



同じ出産なのに、私には、希望に向かう時間と、絶望に向かう時間のように感じられてしまったのです。




……「絶望に向かう」なんて。

書いている今も、そんなふうに感じた自分を責めたくなります。


もっと大変な状況にいる人もいる。


私は、まだ恵まれているのかもしれない。


そう思っても、あのときの怖さや悲しさを、うまく言い換えることができません。




午前945分。
長男が生まれました。


「おめでとうございます」


その場にいた皆さんが、口々に声をかけてくれました。


「ああ、そうか。おめでとう、なんだよな……



そう思いながら聞いていました。


自分の出産なのに、どこか他人事のようでした。


うれしいとか、ほっとしたとか。


そういう気持ちに、まだたどり着けませんでした。


あの日の私をいっぱいにしていたのは、後悔と、先の見えない怖さでした。



今はまだ、あの日の出産を「幸せだった」とは書けません。


だから、まずはあのときの気持ちを、そのまま残しておこうと思います。