最近、娘は保育園でお友達とのいざこざがあると、

 

「保育園に行きたくない」

 

と、言うようになりました。

 

 

いや、そもそももっと前から行きたがらなかったけど、

小さい頃の登園拒否は理由がわからず

(でも心理士さんにはお母さんのストレスが原因ですよと指摘された泣くうさぎ)

最近はハッキリ理由を言うように。

 

 

話を聞いていると、娘の物事の捉え方が被害妄想的で、

 

一緒に遊んでる時に「それやらないで!」と拒否られただけで、

娘は「怒られた!嫌われた!」となってショックを受ける模様・・・。

 

 

HSP気味だよなぁ...

 

 

だから物事の捉え方、認知の歪みみたいなものを修正しようと思って

 

「○○ちゃん1人で思うように遊びたかっただけだったんだよ。」

「娘ちゃんだってそう言う時あるでしょ?」

 

などと説明するけど、

なんだかわかってるんだかわかってないんだか微妙な反応・・・

 

 

てことで、

「今日は登園できないかなーでも行かせないという選択肢は取りたくないしな・・・

遅刻でもいいから連れて行くか・・・」と思ってたら

 

 

娘「保育園行くからえー」

 

 

と奇跡の切り替えを披露!!!

えらいぞー!娘!!

 

嬉しくて大急ぎで連れて行きました!

 

 

だが、本日も半日登園には変わりない。

 

家に帰った後も暇なんで

帰りは図書館に寄りました。

 

 

「うんちがどうやってできるか」

という絵本を読みきかせして帰ってきましたw

 

楽しそうにしてました。

 

やはり、子供にはうんちとかおしっことか

刺さりますなw

 

そして今日、借りた絵本。

 

 

じいじがおしえてくれたこと

 

 

もうね、泣きました。

 

命を紡いでいく話なんですがね・・・

最後じいじが・・・じいじがあああああああああああ!!!!

 

 

じいじとは同居ではないですが、

しょっちゅう遊びに来てくれるので、

なんか重なってしまって泣いてしまいました。

 

娘は「そんな泣いちゃうなら借りなきゃよかったのに」と言っていました。

 

おいおい、これを読んで何も感じねぇのか?

おまえさんのハートはガラス細工のように繊細なのに?

 

 

 

心を育てるって大変ですねw

 

私は実母と同居している。

 

今日は朝から実母と喧嘩。

最近衝突が続いている。

 

自分のペースで生活できないってなかなか辛い。

 

平日は午前中はだいたい実母の通院で潰れ、

午後は娘の相手・・・

 

自分のペースで生活すると言うことがなかなか出来ない。

 

 

娘の教育についても実母があれこれ口うるさく言ってくることにも

イライラ・・・

 

はぁ・・・

 

 

芥川龍之介の言葉

 

 

「人生の悲劇の第一幕は親子となったことにはじまっている」

 

昨今、この言葉が私の心に突き刺さる。。

 

私の心に刺さった棘。

これは全て母親に始まっている。

 

理由は母親の不倫。

 

 

この話はいずれは書かなくてはいけないと思う。

私のトラウマ、自信のなさ、自己肯定感の低さは

ここも原因になっていると思うから。

 

そこをほぐさないと私は自分の人生を歩めないような気がする。

 

 

書けばこの呪縛が解き放されるかはわからないけど・・・。

 

 

40歳を過ぎても妊娠したい人はたくさんいると思うので

参考までに書いてみたいと思います。

 

私の場合は自然妊娠でした。

 

それを言うと

 

「よっぽど健康だったんだね」

 

と言われますが、

確かに妊娠した時は絶好調に健康でした。

 

だからと言って、ずっと健康だったわけではなく・・・。

 

基本的には疾患とかは持ってはなかったけど、

30代はずっと自律神経は乱れまくっていたし、

不正出血は年中で・・・

 

20代〜30代前半のIT産業時代なんかは

深夜まで作業が続くこともあってかずっと不規則な生活送っていたし、

 

 

その後の看護学生時代〜看護師1年目の

30半ば〜40歳ぐらいも毎日寝不足、しかも夜勤があったりして、

不整脈はするし、めまいはするし、偏頭痛もひどい、肩こりもひどい、

ホットフラッシュまで起きたこともあって

 

「更年期か?」

 

と思うくらいに体がめちゃめちゃでした。

 

 

その間、ずっと長いこと付き合ってた彼氏がいて、

 

「妊娠したら結婚しよう」

 

なんて互いに言っていて、

そういう行為は頻繁にしてたけど、

 

 

全く妊娠しませんでした。

 

 

でも、夜勤のない職場に転勤(当時42歳)して、

ストレスがなくなったら

 

 

「運動したいな・・・」という気持ちになり、

 

 

 

ジムに入って筋トレするようになりました。

 

でも、

 

 

「体が変わらない・・・

 なんで!?

 そうだ!職場にいるボディビルの大会に出ている子に聞いてみよう!」

 

と、思い立ち

 

その子の指導を受けることに。

 

 

トレーニングのメニューを組んでもらって

週4回ぐらいジムに行ってたかな。

 

でもそれよりももっと厳しい指導が入ったのは食事!

 

食事8割、トレーニング2割

 

と言われるぐらい、食事が大事と言うこと徹底的に教え込まれ、

 

 

その時は本当にブロッコリー毎日一房食べてたし、

お米は玄米、鶏胸肉、卵、魚・・・

なるべく添加物が入っているものは避ける、

調味料も気持ち程度に使うだけ・・・

 

そんな原始人レベルの食事をしていました。

 

小麦もとらなかったし、血糖値を上げるような食事もしない。

 

 

PFCバランスを徹底的に守る

 

 

ということをしていました。

 

 

 

トレーニングが終わったらプロテインを飲んで・・・

 

夜は刺身とかを食べ、油は全く使わない食事を食べていました。

 

 

すると本当に体調がすこぶる良くなって、

 

スタイルは良くなっていくし、洋服はなんでも着れるし、

 

理想の自分を手に入れたみたいな気持ちで

毎日が本当に楽しかった。

 

 

今みたいに

 

 

「肩いてー 腰いてー 皮膚が痒いー だりー」

 

 

とかそういうの全くなかったですw

 

駅の階段なんか二段飛ばしで上ったりして、

背中に羽が生えたぐらいに体も軽かった。

 

バーベルスクワットしてる自分に

うっとりすることもあった。

 

 

トレーニングしてる自分に酔うぐらいじゃないと

筋トレの効果も上がりませんしねw

 

 

で、睡眠もかなり取ってました。

 

 

それは「筋肉を作るのに睡眠が必須」だったからです。

 

 

 

とにかく綺麗なボディになりたかった私は

 

 

「せっかく筋トレと食事をちゃんとしてるんだから睡眠もしっかり取らなきゃ」

 

と言う、非常に健全な精神になっており

(今なんか自分の時間が欲しいから寝たくないとか、思いっきり不摂生してますが)

 

8時間は絶対寝ていました。

 

 

ちょっと睡眠足りないな・・・

 

と思うと、昼寝して補ったり

 

 

「食事、運動、睡眠」

 

 

これを徹底的にやりました。

 

 

 

充実した毎日を送る中、

付き合っていた彼氏とも疎遠になってきて・・・

 

 

「別れよう」と言う話し合いもなく、

 

 

自然消滅しました。

 

 

約10年ぐらい付き合ってましたが、

お互いにもう気持ちが冷めきってることはわかっていて、

でも、お互いにはっきり「さよなら」を言えない、言わないんです。

 

彼はおそらくだけど、別れをはっきり言って私を傷つけたくない。

悪者になりたくないっていうのがあったと思う。

 

私は私で、はっきり言ったら

彼がすぐどっかに行ってしまう感覚がして、

それが嫌だったから言えなかった。

 

失うのはわかってたけど、さよならを言わなかったら

もしかしたらまた普通に話せるかも・・・

 

少しだけ淡い期待を残していた方が離れやすかった。

 

それに10年の重すぎる月日に

後悔してないなんて言えない。

 

正直、無茶苦茶後悔した。

 

だから、別れと向き合いたくなかったんです。

 

そのモヤモヤをなくすために、そして新たな出会いを求めて

より激しくトレーニングしていくのでありました・・・

 

 

つづく・・・

 

全力で買いに向かうと一気に含み損になるので、

100株だけ、打診買い。

 

でも今回の銘柄、ちょっと全力で頑張ってみたい。

 

 

”投資はメンタル”

 

絶対に退場しないをモットーに

冷静に頑張る💪

昨日の株の利益はギリギリで救われて+3万ぐらいで終わりましたニコニコ

 

今日も朝からデイトレしようと思ったけど、気分が乗らず・・・悲しい

自分の得意とするチャートの形にならないので、見送りすること早1時間・・・

 

 

 

もうインするタイミングがわからん!!!

 

 

 

 

数ティックも連続で上がっていく時、私は怖くて飛びつくことが出来ないんですよね泣

でもそういうチャンスも掴めるようになれたらいいな、と思うけど。。

 

しかし、また連日の雨・・・

偏頭痛もあるし、気分は憂鬱。。

 

今日は無理しないで寝ていようかな・・・泣くうさぎ

 

 

※娘は今日保育園を休みました。。

欲かくとやられるよね〜


でも含み損に耐えてる。

損切りしなければ含み損だって幻だ!


文章には性格が出ると言われているけど、

私の文章は長いから、やっぱり頭でぐちぐち考える

陰湿な人間なんだろうw

 

前の職場では陽キャに見えていたようだが、

実際はこんなにもジメジメしていて一つもカラッとしていない。

 

なんなら全部の事柄に

「あーすればよかったー」

「こうすればよかったー」

とずっと思っている。

 

いい加減、この性格にもうんざりしているが、

これは治るようなもんでもないから諦めている。

そしてこういう人間は鬱になりやすいとか。

 

いやぁ・・・多分病院に行ってないだけで、

長いこと鬱傾向だったんだろう。

 

よく死なないで生きてきた。

えらいぞ自分!

 

 

今日は文章を書きまくっているけど、

このブログが誰の目にも触れていなくても頭の中にあるモヤモヤを吐き出すことが

今の私にとって癒しになっているから吐き出したい。

 

今までずっと後悔してきたこと、何度も反芻してきたこと・・・

そういったものもこれから書いていきたい。

 

これを友人を捕まえて「ねぇ聞いてよ!」なんてやったら迷惑モンだが、

文章なら誰にも迷惑がかからない。好き勝手に書いていい。

 

今日はデイトレで利確したお金でコメダ行こうと思ったら、大混雑で

マックに移動したけど、マックも席が広くていいですね。

 

ちょっとずつ一人時間には外に出ていきたいな。

 

私はインターネットの配信を見るのが好きだった。

いわば趣味を通り越して私の身体の一部、人生の一部のようになってしまっていた。

 

なぜインターネット配信を見るようになったのか。

ことの始まりは、IT産業時代に遡る。

 

IT産業時代、私はWEBサイトをデザインしたりコーディングしたりする仕事をしていた。

私が集中できるのは、人が寝静まった夜間帯。

そう、夜が大好きだった。

 

元々「ニコニコ動画」と言う動画サイトは知っていたので、

その動画の方をチラチラ見ていた。

だけど、動画は自分で動画を選んで都度再生しないといけない。

 

そんな時、ブラウザの上部に「ニコニコ生放送」と言う文字が目に入る。

 

 

 

「なんだこれ・・・」と軽い気持ちでクリックすると、

 

一般人ぽい人の顔が画面に映っていて、

その画面の上を文字が横に流れる。

 

 

そしてその文字に対してまた画面の人が反応する。。

 

 

 

「え?何これ、リアルタイムなのか!?しかも一般人!!!!」

 

 

 

衝撃だった。

 

 

 

画面をスクロールすると大勢の人が放送している。

 

 

一番最初に見た人の放送は多分「29」さんだったと思う。

 

 

自宅に本格的な音楽機材があって、29さんが好きな音楽をかける。

すると、画面上にたくさんの文字が絵文字が流れ(のちにこれが弾幕と言うものだと知る)

 

「すごい一体感だなぁ」

 

と感動した。

 

 

テレビじゃなくても、ラジオじゃなくても、事務所に入ってなくても

自分を発信できる時代になったのか・・・

 

 

私はなんとなく時代の変化を感じながら、それからは毎日ニコ生を見るようになった。

 

見ているうちに誰がニコ生で話題になっているのかがわかるようになった。

 

派閥なんかもあったりして、生主(配信者のことを言う)同士で喧嘩したり、

付き合ったりとわちゃわちゃしているのを見て楽しかった。

 

夜なのに画面がものすごく騒がしい。

 

みんな起きてるんだなぁ。

この文字の向こうには人間がいるんだよなぁ。

こんなに多くの人が夢中になって見てるんだな・・・

 

と、少し孤独な気持ちが和らいだ。

 

 

どんなに生主を応援しようと相手は私のことを知らない。

リスナー同士でわちゃわちゃ会話してても

私のことを知らないし、相手のこともわからない。

 

不思議な世界。

 

 

自分はそんな不思議な世界、気楽な世界に魅せられてしまってどんどん傾倒していった。

 

 

看護学生時代は、課題、実習計画やレポートを夜にやることも多かったから

ずっとニコ生を見ながらやっていた。

 

 

暗⚪︎放送の横⚪︎緑が東京から青森まで自転車で行って

「お疲れ様でした」と迎えたはし⚪︎とくんが、

なぜかその場のノリで(リスナーに自転車で帰れと煽られたような記憶が・・・)

 

「自転車ください」

 

と言って、

 

その走り込まれた自転車で青森から東京に帰ってきた時も、何日にも渡ってずっと見ていた。

真っ暗な深夜に獣が出そうな田舎道を爆走したり、

車に轢かれそうになったり、途中でリスナーが凸してきたり・・・

ドキドキの連続で見てる方もアドレナリンが出る。

 

そしてたまに応援のコメントを打ちながら、課題をこなす。

 

 

嫌いな看護のことをするのは苦しかったけど、

ニコ生を見ながらやることで「辛い」が誤魔化されて、

「夜中にニコ生を見るのが楽しいから、課題をこなせる」という方に変わっていった。

 

ウィットにとんだアンチコメントを見るのも好きだった。

彼ら(リスナー)は頭がとてもいい。

 

昨今SNSでの誹謗中傷が話題だが、

ニコ生のアンチコメントはストレートではなく遠回しに皮肉を言う。

しかし根底には愛があるものが多い。

 

例えば、手足が動かない障害者の人が常時横になって放送していたときのこと。

 

「あなたずっと横に失礼ですね、立ってください」

 

と言うコメントが走った。

 

私は声を出して爆笑した。

 

 

絶対に立てない人に対して

 

「あなたずっと横に失礼ですね、立ってください」

 

 

これほどギリギリを責めたイジリがあるだろうか。

 

配信者も「立てないんだってば!!!」と笑いながら会話する。

 

これこそが、昨今話題の「SDGsの真髄」ではないか!!!!

 

 

 

また、歯が数本抜けている配信者には

 

「歯がテトリス」

「歯がメルとダウン」

 

 

 

片目が開かない人に対しては

 

「左目ログアウト」

 

など・・・

 

ストレートに言えば悪口になることを彼らは様々な表現を使って比喩するのだ。

 

 

 

当時の彼氏には

 

「これの何が面白いの?」

 

と冷めた目で見られることもあったけど、

私はあの独特な世界観が好きだった。

 

このようにニコ生のことを書き始めると

私の気持ちも高揚して手が止まらなくなるのだが、

私は30前半でニコ生を知ってから十数年、ずっと配信を身近に感じながら生きてきた。

 

 

自分も配信者になろうと思って配信を幾度かやったことはあるが、

やはり顔を出して配信することにどうしても抵抗があり

自分が配信をするということはやっぱり出来ないと感じた。

 

だから、顔を出して堂々と自分を発信できる人たちには本当にリスペクトしている。

 

よ⚪︎さんという配信者がいるけど、よく

 

「配信は人生業」と言っている。

 

私も十数年、いろんな配信者を追いかけて見ているけれど、

よ⚪︎さんに限らず長く配信で成り立っている人たちは人生を配信で晒しており、

プライベートも売っている。

 

配信つけたら別人になる、演技をするということもあるだろうけど

基本的にはフィクションだ。

 

配信で大成功を収めて億を稼ぐ人が出現する一方で、

何十年やっても泣かず飛ばすで

「もうやめたらいいのに・・・」と思う配信者も正直いる。

 

でも様々な人生が覗けるのも配信の醍醐味だ。

だから私は配信を見るのが好きだ。

 

 

と、前置きが長くなったが、

 

 

私は少し前のブログで「前を向かなきゃ」と思ったきっかけは、

とある配信者の方の放送を見たからである。

 

 

彼の年齢は60過ぎ。

50代の頃はそれはとても筋肉隆々で締まっていて

格闘技もやっていて、歳の割にはとてもかっこよかった印象だった。

 

それが1年前ぐらいだろうか、配信者の間で彼が配信しないので死亡したのではないか、と噂が流れ出した。

数ヶ月して、彼がその噂を打ち消すように配信をつけた。

 

画面の向こうにいた彼はあの頃の彼は完全に消え失せていた。

 

家の中はゴミ屋敷、食べ物も散乱し、虫も湧き

彼自身もとてもじゃないけど路上で生活する人となんら大差がないぐらいに変わり果てていた。

 

何があったか詳しいことはわからないが、

家も退去しなければいけない状態にもあったようで、後日、家を整理して

着のまま、しばらくはネットカフェを転々としていたようだった。

 

私はあまり彼が好きな配信者ではなかったから見るのをやめた。

 

その時「働かないで配信だけで生きていくと言うのはギャンブルだ」と言う感想だけが残った。

 

 

が、しかし・・・

 

 

しばらくぶりに彼の配信を見たら、年齢を言い訳にせず頑張っていた。

 

コメントも閲覧もあまりないけれど、痩せ細って筋肉が削げてしまった体でも

諦めずに筋トレをしていた。少しでも維持しようと一生懸命だった。

 

見た目はまだ黄金期のように復活していない。

彼自身も「これが老いるということ」と老化を受け入れつつも、

 

「落ち込んでる時間はないから」

「アメリカで配信したい」

 

と、気持ちはまだ死んでいなかった。

 

年老いた姿を隠すこともせず、

今の自分を受け入れて精一杯前に進もうとする彼を見て私は胸を打たれた。

 

「配信が好きだから」踏ん張る。

 

 

これこそ人生業じゃないか!!!

 

 

人がたくさん集まる配信は確かに楽しい。

他人の話題、他人をいじるような配信はお金もたくさん集まるし、

配信者も勢いがあってキラキラしている。

リスナーも情熱的にコメントを打つ。

 

それも一つの楽しい配信だけど、

 

その陰でただ一人、コツコツと頑張って這いあがろうとしている配信もあってもいいのではないか。

面白味はないかもしれない。派手さもない。

 

だけど、自分の人生を噛み締めながら

ただ黙々と筋トレをする哀愁漂う男の姿を見て、

 

「素晴らしい!頑張って!」

 

とコメント打たずにはいられなかった。

 

 

 

私だって落ち込んでる暇はない。

人生いつ終わるかわからない。

言い訳してないで今、やれることをやるしかない。

 

結果はわからない。

ダメかもしれないし、ダメしかないかもしれない。

 

でも1%でも可能性があるなら

やり続けなきゃいけない。

 

それに私には守るもの(娘)がいる。

 

そう思わせてくれた。

 

だから今日、デイトレをした。

少しでも相場に居続けられるように。

 

 

 

”また一から始めよう”

 

 

 

彼がそう無言の決意をしているように見えて、私も勝手にそこに便乗した。

 

 

そして彼がまた配信で這い上がれることを願っている。

私は何かと自分を責めてしまう癖がある。

 

例えば、上がった株を途中で売ってしまった時。

 

「あの時、我慢していれば、含み益5000万円になってたじゃん!」とか。

「あの時、家買っておけばこんな金利の世界で生きてなかった・・・」とか。

「あの時、あっちの人と結婚していれば、こんなに苦労しなかったのかも・・・」

 

あの時・・・

あの時・・・

 

ずっと頭の中を「あの時」でぐるぐるしている。

 

年々、「ま、いっか」で済ませられなくなっているのは、

歳をとって、なかなかやり直しがきかなくなってしまったからだろうか。

 

私はあまり若い人に嫉妬することがない。

ただただ羨ましいと思う。

 

それは若さの美しさにも羨ましいと思う気持ちがあるが、

それよりも「これからの可能性が最大限にある」と部分に強烈な羨ましさを感じる。

 

例えば若ければ

俳優を目指すこともできるし、

作家を目指すこともできる。

婚活で条件の良い男性を見つけようとすることもできるし(若ければ若いほど有利であるし)

たくさん子供産むことだってできる。

 

しかし、50歳を目前とした女に何ができるだろうか。

 

しかも更年期でボロ雑巾のようになっている女が。

 

突然烈火の如くイライラしたり、

夜中に不安になったり、

寝落ちする寸前に「死んでしまうかも」と

命の灯火が消えてしまような感覚になったり。

 

そんな人間に何ができるだろうか?

 

 

そう、私は今流行りの『自己肯定感』がものすごく低いのだ。

 

 

私は実は「正看護免許」を持っている。

持っているが、これを取ったことで私の人生が狂ったんじゃないかとさえ思う。

 

 

私は看護師の仕事が性分に合わない。

 

 

じゃあなぜ看護師を目指したんだ?と怒られそうだが・・・

 

結論から言うと「不景気で再就職できなかったから手に職をつける」と言う感覚で免許を取った。

 

30を過ぎて私は今までのIT企業を退職し、しばらくゆっくり・・・という感じで

ニートをしていた。しかし、そこにきて3.11の震災が起こり、求人が激減。

30歳を過ぎていた私が再就職しようにもなかなかできず、困りに困り果て、

「これからは手に職だ!」と柄にもないことを思いつき、

看護師を目指すことにした。

 

 

当時、日本はリーマンショック後でもあり既に不況ではあったけど

3.11の震災でさらに大打撃を受けた。

派遣の仕事も募集が少なく、応募すらできない。

 

「ならばいっそのこと看護免許を取ろう!」

 

そう思った。

 

意外にも当時は私と同じような?考えを持った人がたくさんいたように思う。

そのころの看護学校の受験倍率はかなり高かった。

受験会場は現役生より社会人の方がはるかに多く激戦。

 

だが、いざと言うときの火事場の底力を発揮して

その激戦を突破した。

 

しかしこれが地獄の始まりだった。

看護学生になった私は教員のアカハラにメンタルをやられてしまった。

看護学校に行ったことがある人、看護師の人はわかると思うが、

あの世界は異常だ。とにかく普通じゃない。

 

自分が学生の時にいじめられたからいじめる。

気に入らないからいじめる。

泣かすまで気が済まない。

実習時に徹底的にしごいてメンタル破壊する。

気に入らない学生は追い込んで退学まで追い詰める。

 

こんな横暴が許されている世界だ。

(が、しかし最近はだいぶ変わったみたいだけど)

 

私が行った看護学校は、上の学年では10人ぐらいいじめで辞めさせられていた。

 

そんな異質な世界に足を踏み入れてしまったことに、私は入学早々に気づいたが

親の協力を得て社会人から学生をやらせてもらった手前、やめるということができなかった。

周りを巻き込んでしまった以上、簡単には引き返せなかった。

 

でも、ずっと辞めたかった。

看護をやっていて面白いと感じることがなく、ただ辛かった。

 

いつでも監視されて、何かヘマをしたら注意だけではなくて人格否定。

3年生のあともう少しで実習も終わりという時期に、教員のいじめで退学してしまった友達もいた。

あの学校では本来の自分を隠したまま3年間を過ごした学生がほとんどだろうが、

そんな日常を送っていたので、私はとうとう気が触れてしまい、

国試を受けたあと、糸がぷっつりと切れてしまったようで全く動けなくなり、卒業まで学校を無断欠席した。

 

卒業式の練習もあったけど、なんなら卒業式も休みたいぐらいに思っていた。

 

それくらい拒否反応で動けなくなっていた。

 

結局、卒業後に就職した病院はメンタルの不調ですぐに辞めてしまい、

一年後にまた違う病院に再就職するのだが、

そこでも自分よりも12歳も下の人に指導されることがつらかった。

 

右も左もわからない、言ってみれば赤ちゃんみたいな状態なんだから

教えてもらうのに、きつく言われるのは仕方がないことだと頭でわかっていても、

「なんでここまで言われなきゃいけないんだろう」

と家に帰ると自分が情けなくて情けなくて泣きたくなった。

 

「看護師は最初の一年目が一番辛い」

 

と、よく言われているが、本当に一年目がつらかった。

 

「ここ一年を超えれば楽になるから頑張れ」と優しい先輩(でも10も年下w)に励まされながら

なんとか一年目を乗り越えたけど、自分の中の違和感が拭えなくて

とうとう生きてるのが辛くなってきた。

 

自分はお金を稼ぐためだけに心をボロボロにしている。

一生これで生きて死んでいくのか・・・

 

そんな思考になった頃には

私の自分責めは重症度を増していて、簡単には治らないところに来てしまった。

 

よく「脳のクセ」「思考のクセ」などと言うが、

自分に向いてないことに約15年ぐらい身を置いてしまうと脳も澱んでくる。

何がしたいのか、どうしたいのかもよくわからず、ただただ生きながらえてるだけの状態。

言ってみれば、「ゾンビ状態」だ。

 

ゾンビ状態になってしまったらなかなか人間には戻れない。

自己肯定感なんか皆無だ。

 

書いてて頭がまとまらなくなってしまった。

 

 

要は、私が言いたいのは、

「向いてないことはすぐ辞めろ」である。

 

金の奴隷にならず、ぜひ自分を大事にして欲しい。

 

そして途中で看護学校を途中で辞めてしまった人たちも絶対に自分を責めないで欲しい。

 

責める必要はないし、人間には合う合わないがあるんだから絶対に卑下しないで欲しい。

 

私のように資格を取ったって苦しんでいる人間がいる一方で、

学校を辞めて不動産に就職して生き生きしている友人もいる。

 

視野を広く持ってば、たくさんの可能性があるはずなんだから。

道は一つではないのだ。

 

 

と言うことで、自己肯定感がボロボロの私が言うのも説得力はないが、

いつか自分も這い上がりたいと思っていて、決して諦めてはいないのです。

 

 

早く人間になりたい!

 

はい、どーも、腰肩です。

今日も肩はガチガチです。

 

腐ってても仕方ないんで、

今日は久しぶりにデイトレしました。

 

 

 

 

 

午後もやりたかったけど、

娘が今日も半日登園なんでデイトレはこれで終了。

 

 

「やる気ない、つらいつらい」って腐ってたけど、

腐っててもしょうがないから少しずつ前向きたいなぁ。

 

そう思ったきっかけは、とある配信を見たからなんだけど...

 

 

それはまた後ほど書きたいと思います。