私はインターネットの配信を見るのが好きだった。
いわば趣味を通り越して私の身体の一部、人生の一部のようになってしまっていた。
なぜインターネット配信を見るようになったのか。
ことの始まりは、IT産業時代に遡る。
IT産業時代、私はWEBサイトをデザインしたりコーディングしたりする仕事をしていた。
私が集中できるのは、人が寝静まった夜間帯。
そう、夜が大好きだった。
元々「ニコニコ動画」と言う動画サイトは知っていたので、
その動画の方をチラチラ見ていた。
だけど、動画は自分で動画を選んで都度再生しないといけない。
そんな時、ブラウザの上部に「ニコニコ生放送」と言う文字が目に入る。

「なんだこれ・・・」と軽い気持ちでクリックすると、
一般人ぽい人の顔が画面に映っていて、
その画面の上を文字が横に流れる。
そしてその文字に対してまた画面の人が反応する。。
「え?何これ、リアルタイムなのか!?しかも一般人!!!!」
衝撃だった。
画面をスクロールすると大勢の人が放送している。
一番最初に見た人の放送は多分「29」さんだったと思う。
自宅に本格的な音楽機材があって、29さんが好きな音楽をかける。
すると、画面上にたくさんの文字が絵文字が流れ(のちにこれが弾幕と言うものだと知る)
「すごい一体感だなぁ」
と感動した。
テレビじゃなくても、ラジオじゃなくても、事務所に入ってなくても
自分を発信できる時代になったのか・・・
私はなんとなく時代の変化を感じながら、それからは毎日ニコ生を見るようになった。
見ているうちに誰がニコ生で話題になっているのかがわかるようになった。
派閥なんかもあったりして、生主(配信者のことを言う)同士で喧嘩したり、
付き合ったりとわちゃわちゃしているのを見て楽しかった。
夜なのに画面がものすごく騒がしい。
みんな起きてるんだなぁ。
この文字の向こうには人間がいるんだよなぁ。
こんなに多くの人が夢中になって見てるんだな・・・
と、少し孤独な気持ちが和らいだ。
どんなに生主を応援しようと相手は私のことを知らない。
リスナー同士でわちゃわちゃ会話してても
私のことを知らないし、相手のこともわからない。
不思議な世界。
自分はそんな不思議な世界、気楽な世界に魅せられてしまってどんどん傾倒していった。
看護学生時代は、課題、実習計画やレポートを夜にやることも多かったから
ずっとニコ生を見ながらやっていた。
暗⚪︎放送の横⚪︎緑が東京から青森まで自転車で行って
「お疲れ様でした」と迎えたはし⚪︎とくんが、
なぜかその場のノリで(リスナーに自転車で帰れと煽られたような記憶が・・・)
「自転車ください」
と言って、
その走り込まれた自転車で青森から東京に帰ってきた時も、何日にも渡ってずっと見ていた。
真っ暗な深夜に獣が出そうな田舎道を爆走したり、
車に轢かれそうになったり、途中でリスナーが凸してきたり・・・
ドキドキの連続で見てる方もアドレナリンが出る。
そしてたまに応援のコメントを打ちながら、課題をこなす。
嫌いな看護のことをするのは苦しかったけど、
ニコ生を見ながらやることで「辛い」が誤魔化されて、
「夜中にニコ生を見るのが楽しいから、課題をこなせる」という方に変わっていった。
ウィットにとんだアンチコメントを見るのも好きだった。
彼ら(リスナー)は頭がとてもいい。
昨今SNSでの誹謗中傷が話題だが、
ニコ生のアンチコメントはストレートではなく遠回しに皮肉を言う。
しかし根底には愛があるものが多い。
例えば、手足が動かない障害者の人が常時横になって放送していたときのこと。
「あなたずっと横に失礼ですね、立ってください」
と言うコメントが走った。
私は声を出して爆笑した。
絶対に立てない人に対して
「あなたずっと横に失礼ですね、立ってください」
これほどギリギリを責めたイジリがあるだろうか。
配信者も「立てないんだってば!!!」と笑いながら会話する。
これこそが、昨今話題の「SDGsの真髄」ではないか!!!!
また、歯が数本抜けている配信者には
「歯がテトリス」
「歯がメルとダウン」
片目が開かない人に対しては
「左目ログアウト」
など・・・
ストレートに言えば悪口になることを彼らは様々な表現を使って比喩するのだ。
当時の彼氏には
「これの何が面白いの?」
と冷めた目で見られることもあったけど、
私はあの独特な世界観が好きだった。
このようにニコ生のことを書き始めると
私の気持ちも高揚して手が止まらなくなるのだが、
私は30前半でニコ生を知ってから十数年、ずっと配信を身近に感じながら生きてきた。
自分も配信者になろうと思って配信を幾度かやったことはあるが、
やはり顔を出して配信することにどうしても抵抗があり
自分が配信をするということはやっぱり出来ないと感じた。
だから、顔を出して堂々と自分を発信できる人たちには本当にリスペクトしている。
よ⚪︎さんという配信者がいるけど、よく
「配信は人生業」と言っている。
私も十数年、いろんな配信者を追いかけて見ているけれど、
よ⚪︎さんに限らず長く配信で成り立っている人たちは人生を配信で晒しており、
プライベートも売っている。
配信つけたら別人になる、演技をするということもあるだろうけど
基本的にはフィクションだ。
配信で大成功を収めて億を稼ぐ人が出現する一方で、
何十年やっても泣かず飛ばすで
「もうやめたらいいのに・・・」と思う配信者も正直いる。
でも様々な人生が覗けるのも配信の醍醐味だ。
だから私は配信を見るのが好きだ。
と、前置きが長くなったが、
私は少し前のブログで「前を向かなきゃ」と思ったきっかけは、
とある配信者の方の放送を見たからである。
彼の年齢は60過ぎ。
50代の頃はそれはとても筋肉隆々で締まっていて
格闘技もやっていて、歳の割にはとてもかっこよかった印象だった。
それが1年前ぐらいだろうか、配信者の間で彼が配信しないので死亡したのではないか、と噂が流れ出した。
数ヶ月して、彼がその噂を打ち消すように配信をつけた。
画面の向こうにいた彼はあの頃の彼は完全に消え失せていた。
家の中はゴミ屋敷、食べ物も散乱し、虫も湧き
彼自身もとてもじゃないけど路上で生活する人となんら大差がないぐらいに変わり果てていた。
何があったか詳しいことはわからないが、
家も退去しなければいけない状態にもあったようで、後日、家を整理して
着のまま、しばらくはネットカフェを転々としていたようだった。
私はあまり彼が好きな配信者ではなかったから見るのをやめた。
その時「働かないで配信だけで生きていくと言うのはギャンブルだ」と言う感想だけが残った。
が、しかし・・・
しばらくぶりに彼の配信を見たら、年齢を言い訳にせず頑張っていた。
コメントも閲覧もあまりないけれど、痩せ細って筋肉が削げてしまった体でも
諦めずに筋トレをしていた。少しでも維持しようと一生懸命だった。
見た目はまだ黄金期のように復活していない。
彼自身も「これが老いるということ」と老化を受け入れつつも、
「落ち込んでる時間はないから」
「アメリカで配信したい」
と、気持ちはまだ死んでいなかった。
年老いた姿を隠すこともせず、
今の自分を受け入れて精一杯前に進もうとする彼を見て私は胸を打たれた。
「配信が好きだから」踏ん張る。
これこそ人生業じゃないか!!!
人がたくさん集まる配信は確かに楽しい。
他人の話題、他人をいじるような配信はお金もたくさん集まるし、
配信者も勢いがあってキラキラしている。
リスナーも情熱的にコメントを打つ。
それも一つの楽しい配信だけど、
その陰でただ一人、コツコツと頑張って這いあがろうとしている配信もあってもいいのではないか。
面白味はないかもしれない。派手さもない。
だけど、自分の人生を噛み締めながら
ただ黙々と筋トレをする哀愁漂う男の姿を見て、
「素晴らしい!頑張って!」
とコメント打たずにはいられなかった。
私だって落ち込んでる暇はない。
人生いつ終わるかわからない。
言い訳してないで今、やれることをやるしかない。
結果はわからない。
ダメかもしれないし、ダメしかないかもしれない。
でも1%でも可能性があるなら
やり続けなきゃいけない。
それに私には守るもの(娘)がいる。
そう思わせてくれた。
だから今日、デイトレをした。
少しでも相場に居続けられるように。
”また一から始めよう”
彼がそう無言の決意をしているように見えて、私も勝手にそこに便乗した。
そして彼がまた配信で這い上がれることを願っている。