都知事選に見る 無能な上司像 | 「農業は 人生を賭ける 価値がある」

都知事選に見る 無能な上司像

「農業は 人生を賭ける 価値がある」



人間、自分のことはさておいて

人のことになると

上から目線で大きなことを

言ったりします。







まぁ、下馬話の類なら

それも平和の象徴かも。


しかし、チームや組織の

リーダーとなれば話は違います。


存在に責任を持たねば

いけません。






東京都知事選挙

前知事の辞め方も無責任なら

次知事の選び方も無責任


なにを目的としてる?


そこが透けて見える

いや丸見えなだけに

なんとも痛々しい。


そこで思わず連想したのが

これまでに遭った

災害レベルの上司たち。


出来る人、良くしてくれた人

尊敬する人、憧れる人


もちろん、そういう上司も

居りましたよ、念のために。


しかし、直接被害はもとより

となりの災害上司とか

仲間の災害リーダーとか

地域の災害役とか

知り合いの災害経営者とか

そういう人もたくさん見てきて

「無能」という定義を

色々思い浮かべていたんです。







無能レベル、災害レベルは

多種多様なれども

その筆頭たるものは

「部下やメンバーの悪口・陰口」

これに限ります。


不平・不満は避け通れませんが

それを自ら修正したり指導したり

率先したり誘導したり

そうした現場の手間暇をかけずして

出てきた状態に文句だけ垂れているリーダー

最悪ですね。


リーダーうんぬんより

人としての素養の問題です。


案の定

そういうチームは

周囲に迷惑をかけているし

そういう会社は

潰れて無くなってます。


あの社長、今頃どこで何してるのかなぁ。

自分の取り分だけはしっかり貯金してたから

社員の首切って呑気に隠れてるんだろうなぁ。


とか


あの上司、今頃どんな定年迎えてるんだろうなぁ。

取り入ってた上司が居なくなって

元部下が上司になって

でも給料だけもらえたら満足な人だから

会社を保養施設と思ってるんだろうなぁ。


とか


あの人、自分だけはイイ目に遭って

部下の辛抱は気付かない人だったからなぁ。

好き嫌いも激しかったし

役職に就けばあれくらいの不感症がいいのかなぁ。


とか



色々な光景が目に浮かびます。


ちなみに

私自身もリーダー職の端くれだったので

自戒を含めての皮肉ではありますが。



結局、本人の育ちと教養でしか

立ち居振る舞いは出来ない。


お里が知れる

その言葉が現実となって分かるんですよね。








ひるがえって

今の現場。


相手は、お天道様 と 生き物。

販売では

人や市場との関わりもありますが

基本は

不可抗力の塊相手の仕事です。


人間様の適当なことが

毎日のように

思い知らされてます。


無能な上司の

無能な人間の

一つの定義に

「支配したがる」を

挙げておきましょうか。


分不相応に支配したがる人

ここに付きつめられていくのかも

しれませんね。



自然界で生きていて

人間の下らない支配欲に

よく気付かされるのは

この職業をして良かったと

思える側面と思ってます。
















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