「農業は 人生を賭ける 価値がある」
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”うちの商品は何だか知ってますか?”


いま、何を考えられるか? 何を語れるか? <生きてる範囲が試される時>

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

中国発の武漢肺炎

 

全世界を席巻しておりますね。

 

 

各国行政府が

 

非常事態として対応中です。

 

 

こちら北海道も

 

その真っ最中。

 

 

集団感染(クラスター)の当事者にならぬ様

 

お互いに緊張感を持って

 

暮らしております。

 

 

幸いにも

 

当該地域・北海道 後志(しりべし)地方は

 

小樽で感染例がありましたが

 

それは札幌のクラスターからと確認され

 

後志地方内での感染・蔓延は

 

今のところ未確認です。

 

 

 

 

 

 

いま、どんなことを考え

 

どんなことを語れるか。

 

 

人間が試されています。

 

社会人として試されています。

 

 

自分という「個」と

 

社会や国家という「公」と

 

その関係性をどう意識しているか

 

その人その人のレベルが

 

試されています。

 

 

というか

 

炙り出されていると思います。

 

 

普段から

 

どんな意識レベルで生きてる人なのか、が。

 

 

 

 

 

 

 

戦後日本人は

 

「公」に背くことが

 

なにやらインテリに思われる風潮。

 

 

マスメディアが流布するが如く

 

「公」を否定し 自由に生きる「個」

 

かっこいいだろ?わたし!

 

みたいな。

 

 

自由だなんだ言っても

 

普段、その比較対象に論う欧米諸国が

 

今どの様な態勢に入っているか

 

ご存じないわけありませんよね?

 

 

一種の準戒厳令ですね。

 

 

日本は幸せです。

 

特措法を可決しただけで

 

やれ私権が、やれ人権が、やれ自由が、やれ規制が

 

と自分のことばかり言ってれば

 

それでもまだインテリっぽく

 

存在できるのですから。

 

 

 

 

 

 

 

普段から

 

どんな価値観を提案しても

 

どんな批判をしても

 

どんな評論をしても

 

 

いま、どんな 〜生き様〜 を

 

示してますか?

 

 

人として大切な局面に

 

私たちは立ち合わせられてると

 

私は思います。

 

 

生活資材の不足や

 

日常生活の適応

 

公衆マナーの意識や

 

行動規範の自覚

 

 

普段、ぬるま湯のお花畑で

 

自由だ!個性だ!と遊んでいる私たちに

 

本来の社会の一員としての自覚喚起を

 

求められています。

 

 

なんぼ偉そうなこと

 

なんぼ大そうなこと

 

ああだ こおだ 目立っても

 

こういう局面で見てみると

 

その人の本来の姿・本性が

 

暴露されてしまいますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

いま、私たちは

 

己の生きてる範囲が

 

試されている時だと思います。

 

 

隣人への影響・関係性を

 

どこまで想像できてる人なのか?

 

 

所詮は自分の自己満足だけで

 

隣人を巻き込んでやらせて無責任な人なのか?

 

 

あるいは楽しけりゃそれで良くて

 

隣人の楽しさを剥奪しても楽しみたい人なのか?

 

 

あるいは

 

ストイックなまでに公共性を意識し

 

買い占めるより買い控えて

 

レジ待ちでも人に譲る生き方の人なのか?

 

 

その人の見えてる範囲

 

考えてる範囲

 

生きてる範囲

 

関係性のレベルが

 

暴露されている。

 

 

私はそう思います。

 

 

 

 

 

倫理性のある人ほど損をする社会。

 

そんなもの許してはなりません。

 

 

自由を謳歌した人ほど報われる社会を

 

許してはなりません。

 

 

私がそうならぬ様

 

国民一丸となっての対応を

 

全面支持して対応したい。

 

 

こういう時だからこそ。

 

 

 

 

 

日本国民として

 

私は一つの生き方を

 

自分たちの手足で具現できればと

 

行動してまいります。

 

 

 

 

北海道 小柴ふあーむ

 

代表  和美
その夫  孝志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイスブック 「小柴 孝志」

フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」

 

 

 

 

「小柴物語」13年間の足取りが このページに凝縮されています!

 

 

<北海道 小柴ふあーむ 公式ホームページ>

~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ 

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

 

携帯を持ったサルから私たちは進化したか? <人と社会の成熟要件とは>

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

皆さんのお住まいの地域で

 

トイレットペーパー

 

無くなってます?

 

 

こちらニセコ 界隈では

 

店頭が見事に

 

空っぽになっております。

 

 

 

 

 

 

 

ネット社会になって

 

政府の発信も緻密になって

 

情報提供レベルが向上しても

 

人間というのは愚かなもので

 

煽る連中を見分けられずに

 

相互共鳴しながら

 

パニックへの道を突き進むんですね。

 

 

 

 

 

 

 

これまで散々と

 

デマの好事例として伝えられてきた

 

第一次オイルショック時の

 

トイレットペーパーや洗剤の

 

買い漁り事件。

 

 

今また

 

再現しております。

 

 

 

 

 

 

 

蘭越町議にも

 

SNSの使い道を間違えてる方がいるのですが

 

世の中を利己のために煽動しようとする

 

悪質な使用例が

 

特定の思考集団に目立ちますね。

 

 

使用目的が

 

情報発信ではなくて

 

洗脳・煽動による混乱への誘導

 

あるいは

 

お祭り騒ぎを仕掛けて喜ぶ

 

放火魔的な愉快犯

 

 

学校の廊下で騒ぎ立てて

 

噂を広めてキャアキャア騒ぐ

 

あの風景が

 

外見だけ大人の人により

 

繰り広げられています。

 

 

 

 

 

 

 

 

ネット社会は

 

そのインフラ整備に

 

多大な予算と年月をかけて

 

達成されました。

 

 

光の全国網羅だって

 

15年くらい掛かってますよ。

 

費用?

 

一体いくらなのでしょうね。

 

あのクルクル巻いた光ケーブルの敷設に

 

電柱を倍増して 架線して

 

各戸に配線してですからね。

 

かかる人工と人件費、機械代

 

目の前の分を切り取っても

 

10万円単位では済みそうもありませんよね。

 

 

 

 

 

 

 

それだけの社会資本を投じて

 

やっと手にできた通信環境なのに

 

なんですか?! このザマは!

 

 

くだらないデマの拡散に協力し

 

自ら狂奔して加担するなど

 

使う機材が進歩してても

 

人間が原始状態のままじゃないですか?!

 

 

悪い方の使われ方が目立ち

 

よろしくないですね。

 

 

 

 

 

 

 

本当の意味での使い方、とは

 

「使い方」と「関わり方」を

 

別個に意識せねばなりませんよね。

 

 

公共の資本を使って

 

流すに値する情報なのか?

 

あるいは

 

流れてきた情報に対して

 

公共性を有するものなのかどうか?

 

 

ある特定の偏執思想に囚われたり

 

ある特定の破壊活動に誘われたり

 

世の中の混乱を目論むものだったり

 

それらがさも正義っぽく

 

フェミニズムの衣を纏い

 

優しい言葉で感情に訴えてきたり

 

 

そういう典型的な怪しさに

 

気づく能力を身につけなければ

 

ネット社会は危ういものとなりますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

人と社会の成熟 とは

 

自分の自由と 隣人の自由を

 

同等に見比べられることが

 

一つの要件だと

 

私は思います。

 

 

己の自己満足のために

 

隣人の自由を奪うとか

 

そんなの自由が聴いて呆れます。

 

覚悟が足りません。

 

 

世の中は

 

バランスで成り立っていると

 

歳を重ねるごとに

 

否応なく分かってきました。

 

 

そのバランスは

 

己の自由と 隣人の自由との

 

相互干渉によるものであり

 

火急的変化は

 

再バランスを許さず

 

しいては双方共倒れ

 

その場自体の消滅すら

 

起こり得ます。

 

 

そんな局面

 

夫婦、親子、嫁姑、などなど

 

近い関係ほど起こり得ますね。

 

 

 

 

 

 

 

世の中

 

どこかで人は繋がってます。

 

 

今の私たちの自由は

 

他の誰かの不自由によって

 

成り立ってるかもしれません。

 

 

不自由とは言えないまでも

 

少なくとも

 

奉仕と献身は必ずある。

 

 

それから敢えて目を逸らし

 

自分の笑顔を鏡に写して喜ぶだけじゃ

 

とてもとても文化人とは言えず

 

原始人と変わりはしません。

 

 

 

 

 

 

 

隣人の自由と権利を

 

奪うことの罪。

 

 

これへの想像力を

 

備えることが すなわち

 

民主主義を享受する資格じゃないかと

 

私は思いますがね

 

 

皆さんは如何お感じになられますか?

 

 

 

 

 

 

 

中国武漢発の

 

新型コロナウィルス

 

 

いま日本は

 

国家一丸となって

 

沈静させる局面に立っています。

 

 

要らぬ騒動で

 

政府や行政への負担を増やさぬよう

 

すなわち

 

財政出動の額を無駄に増やして

 

税への跳ね返りをしないよう

 

私たちが賢い国民であることを

 

内外に示す良いチャンスと捉えて

 

当事者の一人として

 

今の動静に注目しています。

 

 

 

 

 

北海道 小柴ふあーむ

 

代表  和美
その夫  孝志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

 

大人が自由を謳歌すれば、次世代が滅びゆく <Miss Saigon は明日の子供達>

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

あなたは パスポートを

 

お持ちですか?

 

 

日本国のパスポートを

 

お持ちですか?

 

 

 

 

 

 

 

昨日、仕事がうまく捗って

 

月報編集の合間に時間を作り

 

ミュージカルを観ました。

 

 

良い時代になったもんです。

 

自宅に居ながらにして

 

観たいものを 好きな時に

 

好きな様に観られるんですから。

 

 

さて、昨日の 小柴Theatre に上がったのは

 

「Miss Saigon」。

 

 

言わずと知れた

 

ヒット作です。

 

 

私には初めての作品でしたが

 

じつは代表どの

 

在英中にウェストエンドで

 

生で観てるという!

 

 

しかも次男を妊娠中に!

 

 

8ヶ月の大きなお腹を抱えて

 

電車に乗ってロンドンまで出かけて

 

本場のミュージカルを楽しんできた。

 

 

もう字面からして

 

スノッブ臭ふんぷんですね。

 

 

申し訳ありません。

 

 

 

 

 

 

 

聞きしに勝る

 

素晴らしいミュージカルですね。

 

 

ソロばかりでなくて

 

コーラスの迫力が物凄い。

 

 

そして鬼気迫る演技と

 

圧倒的な技量と。

 

 

映画と違うのは

 

ミュージカルは舞台での生歌だから

 

その音量とか共鳴が

 

機械を通さぬアコースティックなところ。

 

 

久しぶりに

 

観た後にズシンと

 

来てしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

パスポート。

 

和名を「旅券」と言いますね。

 

 

自国政府が外国当局に対して

 

「国籍を証明し」「渡航を許可し」「保護を要請する」

 

国際的に最も信用度の高い 公的な身分証明書です。

 

 

ご存知でしたか?

 

「日本国」のパスポートは

 

世界一!なんですよ?

 

 

昨年時点で

 

Noビザ(査証なし)で入国できる国が

 

190カ国で世界一!

 

 

信用度No.1であります。

 

 

ちなみにビザ(査証)とは

 

相手国の入国推薦状であり

 

一人一人の身分や経歴を審査の上

 

入国審査の裏書を与えるもの。

 

 

つまりそれが要らないということは

 

日本国の旅券を持ってることで

 

国民は世界的に信用されうる人間と

 

認めてもらっているのです。

 

 

その相手国数が

 

世界で一番多い国 それが「日本国」

 

です。

 

 

 

 

 

 

 

Miss Saigon を観て

 

昔住んでた地域にあった

 

ボスニアの難民キャンプを

 

思い出しました。

 

 

パスポートが無いと

 

パスポートが信用されないと

 

どこにも行けないんですよ?

 

 

国際環境での自由が

 

まったく無くなるんですよ?

 

 

ここんところの 武漢肺炎 への

 

各政党やマスコミの取る姿勢を見ても

 

パスポートに対する基本的感謝が

 

まったく感じられないのですが

 

そう思われる方、いらっしゃいませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

明治維新以来

 

日本は多くの犠牲と我慢を払いつつ

 

150年の道のりを経て

 

いまの国際的地位を得てきました。

 

 

その結果の

 

いまのパスポートであります。

 

 

日本国のパスポートには

 

菊の御紋章が 刻印されてますが

 

これは皇室のシンボルであり

 

また靖国神社の紋章でもあります。

 

 

私たちのパスポートは

 

脈々と受け継がれてきた伝統と歴史

 

そして誇り高き殉国と

 

流れを一にしているのです。

 

 

思想・主義・主張 の違いはあれど

 

国際的な世間から見たら

 

私たちはそういう国民と

 

見られた上で信用されているのです。

 

 

 

 

 

 

個人の自由だ、なんだと

 

己の我が儘放題を権利として

 

無遠慮に主張しても良い世の中ですが

 

自分の自由をただ振り回して お祭り騒ぎして

 

隣人に不自由を強いる様なことが増えていけば

 

パスポートの信用が落ちて

 

国際社会という大きな世間では

 

自ら不自由に陥ることに

 

自爆していくわけですが・・・

 

 

そこまでの想像力が

 

どれほどの自由人に備わっているものか。

 

 

 

戦後教育の偏り方

 

特にこの20年続いた「ゆとり教育」で

 

公と個 のバランスが

 

相当アンバランスになっていますよね。

 

 

だって

 

保護者世代がそうですし

 

今じゃ団塊の世代からして

 

いろいろと物議を醸してますもんね。

 

 

もちろん

 

私ら世代もその真っ只中ですよ。

 

 

いまの自分を許しすぎると

 

隣人の自由を無自覚に阻害し

 

終いには 今住む社会を壊してしまう。

 

 

自由を愛する人たちには

 

そこら辺の意識も併せ持っていただければ

 

これからの次世代が生き易くなると

 

私は思いますけどね。

 

 

如何お感じになりますか?

 

 

 

 

 

 

 

人に圧力をかける度に

 

「母としての気持ち」と繰り返す

 

女を武器にする様な

 

セクハラ場面を知ってますが

 

そんな人に限って

 

公と個の区別や バランスが

 

あるいは公共心が まったく

 

付いてなかったりして

 

笑止千万 滑稽無様なのであります。

 

 

子を思う気持ちに

 

父も母も関係ない。

 

 

Miss Saigon のような隣人を増やさぬためにも

 

目先の感情に振り回されることなく

 

冷静に物事を見極めて行動したい。

 

 

今般の 武漢肺炎 の各種人間を観ても

 

尚更そう思う 私たちです。

 

 

 

 

北海道 小柴ふあーむ

 

代表  和美
その夫  孝志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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”ブログは私からの、ラブレター”


楽しいスキー、楽しくないスキー <技術一辺倒への警鐘>

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

今年も楽しいスキーを

 

楽しませてもらってます。

 

 

百数十人という大所帯にいながら

 

滑る時はほとんど単独の私。

 

トレーニングをつけてもらいながらも

 

練習はいつも単独行です。

 

 

 

 

 

みんなと滑る・・・。

 

楽しいか? 楽しくないか?

 

 

う〜ん、難しい質問ですね。

 

 

バイクのツーリングに

 

似通った自問ですね。

 

 

互いを尊重し会える雰囲気なら

 

腕試しに気持ちがいくので

 

楽しいスキーになりやすい。

 

 

一方で

 

互いを見定めるような雰囲気なら

 

気持ちが内側に来てしまうので

 

スキーが楽しめなくなってしまう。

 

 

滑りってバランスの集合体なので

 

アチコチいじると壊れるリスクもあり

 

いじる場所や いじり方によって

 

突然つまらなくなるもんなんですね。

 

 

 

 

 

 

例えが合ってるかどうか自信はないのですが

 

ピアノを習い始めた子供が

 

そこそこ指が動くようになった時

 

身の回りの楽譜を遊びで弾き始めたりして

 

そんな時、大人がいろいろと

 

型のことで注文つけてしまうと

 

途端につまらなくなってしまう感覚とか。

 

 

スキーなんかは

 

滑れるか滑れないか

 

曲がれるか曲がれないか

 

止まれるか止まれないか

 

具体的に必要なのはそこで。

 

 

手の動きがどうの

 

首の向きがどうの

 

背中の格好がどうの

 

という型論議に入ると

 

今までの斜面を気持ちよく滑られなくなる。

 

 

よくあることです。

 

 

 

 

 

 

技術が不要と言ってるのでは

 

決してありません。

 

 

技術は下支えとして必ず必要です。

 

楽しさの片輪であります。

 

しかし技術を守るために

 

滑ってるわけでもない。

 

そこの主客は間違えたくないと思ってるんです。

 

 

この技術を使うと

 

出来なかったアレが出来て

 

滑られなかったアレが滑られる。

 

 

その感触を捕まえられると

 

もう俄然突進しちゃいますよね。

 

 

逆にアレはこう コレはこうと

 

気にした挙句に

 

何がなんだか分からなくなる

 

というのは

 

やる気が失せてしまう。

 

 

手足を束縛される方が先だと

 

目的を見失ってしまいます。

 

 

 

 

 

 

おそらく自分が

 

何かを信じる人間ではなくて

 

何かを信じてる自分に酔って自己確認し

 

安心したがるような人間ではなくて

 

教えてもらったことを

 

自分で実験・検証し

 

事実として確かめたことを

 

自分の感覚で定着させたい

 

ということなんだと思います。

 

 

めんどくさいヤツでありますw

 

 

 

 

 

 

ところで

 

人と滑って良いことの一つは

 

自分のクセを教えてもらえること。

 

 

それがユニークさなのか

 

デメリットなのか

 

あとは自分で確かめる。

 

 

体の変形とか捻れとか

 

動きのクセなどは

 

他人でなければ分からないことなので

 

それは時たま必要なことですね。

 

 

まあ、言われ方次第ですけどw

 

 

体のクセは

 

寝癖と同じ。

 

 

知らぬうちにそうなっていて

 

死ぬまで付き合わねばならぬ

 

DNA的な個性ですから。

 

 

 

 

 

 

 

今年も冬が終わります。

 

新たな道具を装備して

 

新しい感触をとても楽しく体験できました。

 

 

それが果たして

 

良い滑りになってるのかどうか

 

自分ではわかりません。

 

おそらく批判続出なような気がします。

 

高度な我流wでしょうから。

 

 

でも、基本を押さえて

 

つまり、速度を調整して

 

周りをよく見て

 

人にぶつからず

 

自分も怪我せず

 

雰囲気を壊すことなく

 

滑られましたから。

 

 

独り善がりな滑りは

 

してませんでしたから。

 

そこは最大の自信がありますよ!

 

 

 

 

 

 

 

そんな良き思い出を抱えて

 

まもなく終わる冬に

 

名残を惜しんでるこの時期です。

 

 

皆さんの冬は

 

どんな冬でしたか?

 

 

 

 

 

北海道 小柴ふあーむ

 

代表  和美
その夫  孝志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語

 

”お弔いは、残酷だな。”


”除雪機が落ちた!!さぁ、どうする!?”


ムーハン? ムーハン? ムーハン? <国際現場のコロナウィルス騒動>

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

ムーハン。

 

お分かりになりますか?

 

 

そう、中国湖北省 武漢 のこと。

 

 

この冬は

 

スキー場でよく聞く言葉です。

 

 

 

 

 

 

 

あんた何処から来た?

 

まさかムーハンじゃないだろうな?

 

 

北京語、広東語を解せぬ私達は

 

知らなかったのですが

 

スキー場でゴンドラ待ちの

 

中国のお客様同士で

 

こんな会話が頻繁にあると

 

リフトの中国人スタッフが

 

教えてくれました。

 

 

つまり

 

ゴンドラで同じキャビンには

 

乗りたくないから

 

ですね。

 

 

 

 

 

 

と、斯く言う中国人スタッフも

 

マスクをきっちり着用して

 

自国からのお客様に

 

適度な距離感で対応してるそうで。

 

 

自国人同士が

 

異国の地で識別し合うという

 

なんともな、ブラックジョーク。

 

 

日本人スタッフはと言うと

 

それを苦笑いしながら

 

マスクもつけずに仕事に勤しむという。

 

 

これもまた日本らしいと言えば

 

日本らしいですね。

 

 

 

 

 

 

 

今般の件

 

国際スタッフを眺めてみても

 

各人各様。

 

 

出身国によっては

 

大使館からダイレクトに警告メールを受け取り

 

日常生活への警戒を保っていて

 

危機管理と国民性の相関を

 

感じております。

 

 

以前のSARS・MARSから

 

警戒管理の教訓が生かされている国

 

しっかりと対応しておりますね。

 

 

 

 

 

 

 

ところで我が国・日本

 

対応はどうかな?

 

 

地域の広報では

 

無駄に騒ぐな、と宣伝して

 

過剰反応への警戒が先行しています。

 

 

スキー場という

 

人が集積してる現場で働く町民が

 

毎日帰宅して家族と接する。

 

 

そういう流れが理解されてない様に

 

感じます。

 

 

無駄に騒ぐな、とか

 

そんなことよりも

 

感染ルートや、防疫方法の

 

具体的情報をきちんと流したほうが

 

いいと思うんですけどね。

 

 

でもやっぱり

 

ウワサ先行で動く地域性だからなのか

 

行政の広報は

 

何かあったら連絡ください!という範囲。

 

 

私にはピンと来ないのであります。

 

 

 

 

 

 

 

他国で自国民同士を区別し合うのもどうかしてますが

 

具体的情報もアクションもなく

 

騒がないでくださいの一辺倒も

 

どうかしております。

 

 

本当の国際性を

 

行政は理解しているのか。

 

いやこれは

 

首長権限の事案かと思われ。

 

議員諸氏は何やってるんだ?!

 

お花畑に溺れてるんじゃないぞ!

 

 

と思うところであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

町民がどういう環境で働いて

 

収入を得て、生活し、納税しているか。

 

具体的マップを以って

 

想像力を働かせていただきたい。

 

 

それこそが

 

行政や議員の仕事だよね?

 

浮かれた夢話なんかにうつつを抜かしてないで

 

起こりもしない原発懸念なんかで暇潰してないで

 

米軍機の低空演習に赤い意見で騒いでいないで

 

目の前の数パーセントの確実な確率に

 

覚醒してください。

 

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

北海道 小柴ふあーむ

 

代表  和美
その夫  孝志

”明治31年1月25日、そこから学ぶ道筋”


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