処暑の候、あなたは死んで何を残したいですか? <お盆に考える親子論>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
早くも秋雨前線が出現し
北海道上空から本州方面への
南下が始まったようです。
さて暦時計は
午後4時となりました。
お元気ですか?
北海道 小柴ふあーむ より
処暑 のご挨拶を申し上げます。
お盆を過ぎて
ご挨拶の言葉は
暑中から残暑へ
たしかに
残暑であります。
毎日蒸し暑い中で
作業に精忠しております。
とは申しましても
朝夕の風に
ほんのりと秋の気配が混じり始め
空を見上げれば高積雲が広がり
大気は確実に
再びの入れ替わりに転じてるようです。
地域の学校も
先週末から二学期が始まり
通学児童たちの歓声が
ふたたび朝仕事の畑で
楽しめるようになりました。
田んぼは
稔実から登熟へ
着々と色が進んできています。
稔るほど 頭を垂れる 稲穂かな
私の好きな一句でございます。
昔の人はよく言ったものです。
毎年秋になると
感心して反芻しております。
さて・・・
今回は「体重変動」について。
私の場合
1年を通して6〜7kg
変動するのが常であります。
仕事量、肉体負荷に連動して
体重が増減しております。
最重量期は
正月明けの1月末で
恥ずかしながら、90kg。
最軽量期は
お盆前の7月末で
絞りに絞って、83kgほど。
お盆休みを境に
体重はふたたび上昇傾向に移ります。
5〜6月
記憶を失くす6週間
6〜7月
戦線崩壊危機の4週間
この3ヶ月間は
測るたびに減っていきます。
その代わり
朝起きるのが地獄でありまして
減量中の力石徹に思いを馳せながら
一日も欠かせぬ朝の管理・収穫に
励んでおります。
私の場合
身長から求められる適性体重は
69kgらしく
83kgでもまだまだ
余剰脂肪だらけです。
なんぼ堪えても
燃やせぬ脂肪が
そこにあります。
記憶にある限り
23年前、転職してから2〜3年は
90kgから78kgまで絞れました。
それだけ
飽食の証が身に付いていたのでしょう。
がしかし、以降は
80kgを切ることは
なくなっております。
しかしながら
一つ異変がありまして
前職末期の頃と
絶対体重はあまり変わってないのに
スーツなどがそのまま着られるかと言えば
これが全然
入らなくなってしまいました。
特に腕、肩、背中にかけて
パンパンとなっております。
おそらく
体型が、寸法が
全然変わってしまったのでしょうか。
イギリス時代にあつらえた
お気に入りのスーツやジャケット類
バーバリー、アクアスキュータム、ダンヒル等々
今じゃ全て着られません。
完全に箪笥の肥やしとなってます。
好きだったんですけどね
スーツ着てお出かけするのが。
ボーナスが出た日など
代表にもオシャレさせて
ショーを見てからディナーを楽しんだり
そんなアーバンでフォーマルな
ちょっとブルジョアった楽しみを
持っていたんですがね。
そんなことも
夢のまた夢となって幾星霜
でございます。
なので
今の体型に合う正装は
無いんであります。
せめてジャケットくらいは
選び直そうと思ってますが
紳士服店もない地域ゆえ
ついつい先送りとなってます。
同じように
スラックス類もアウトでございます。
腰回りが入りませんね。
いえ、お腹は別としてw
太ももからお尻にかけてが
パッツンパッツンであります。
夏から冬のお仕事のためか
特にお尻は
全然入らなくなってしまいました。
これが
この23年かけて変化してきた
私の肉体であります。
筋肉量が増強してるだけでなく
おそらく骨や関節なども
丈夫になってると思われ
戦闘的で頑強な体型に
生まれ変わったと思われます。
おカネをかけてフィットネスではなく
おカネを稼ぎながらフィットネスの
23年であります。
己の肉体の変化を眺めつつ
ぼや〜っと思うことがありまして
いつの日か
私が焼かれて骨になった時
子どもらにはそれを見て何かを
感じてほしいと思ってます。
親が最後にできる子育ては
自分の骨を見せること、かな
と思ってます。
親の骨を見る時
その生きてきた道のりに
想いを馳せさせられます。
肉とは違って
骨はずっと芯に有って
生まれてから死ぬまで
道のりに合わせて
荷重を支え続け
耐え続けてます。
筋肉が消えたあとで
白く現れる骨。
人の道のりを表すのに
誠に象徴的であります。
私も、親の骨を見た時
これまでのあれこれを
想起しました。
特に父親の骨は
力仕事の逞しい後ろ姿や
殴られた時の拳の痛さと重なって
骨の存在は訴えるものがありました。
農家の子弟に聞くと
その感慨は一層強いもので
田んぼや畑、畜舎で
作業着の下に盛り上がった背筋と
この骨が生活を支えてきたんだ、と
物理的な要素も訴えてきて
思わず泣けると言ってます。
背骨、上腕骨、大腿骨
手指や骨盤
肉体労働の世界だけに
骨の存在はリアルなものであります。
虎は死んで皮を残す。
人は死んで名を残す。
たしかに
名を残したがる人が
多いかと思います。
目立って、有名になって
派手に稼いで、上で威張って
人の尊敬を集めたい。
そんな名声欲や顕示欲
承認欲求に現れる自己愛偏執は
人の業でありましょう。
否定するものではありません。
そんな中で
私は骨を残せればそれでいい
と思ってます。
いや、骨すらも
残さなくて良いかな?
と思ってます。
骨は
物理的に荷重を支えた証として
子どもらの瞼に焼き付けてくれれば
それでいいと思ってます。
骨の光景は
きっと子どもらの後半生に
生きるでしょう。
生きた証は
真っ白な残像となって
子どもらの瞼に焼きつき
そして
無言の教訓となってくれれば
それで報われると思ってます。
骨にはそれだけの
訴える力があると
思っております。
我が家の家訓
「働け、生きてる限り」
「生きてるうちに生きろ」
「死ぬまで生きろ」
それが伝えられるような骨を
見せられたらな
と思っております。
どこで何しようが
それは自由だけれども
たとえ、どんなに
遠くへ去っていったとしても
その時は
骨くらい拾いに来い
俺の骨を確かめに来い
と言っておきたいと思います。
両親のお墓にお供え物をして
そんなことを漠と考える
我が家のお盆でありました。
それでは
次回「白露」にまたお会いしましょう。
それまでどうぞお元気で!
北海道 小柴ふあーむ
小柴 和美・孝志
フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」
立秋の候、いま念実の時に 淡々と営まれる 農村の風景 <健全な社会の基本は青臭さ>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
大暑明けとともに
梅雨明けが訪れました。
北海道もこの1週間
晴天と暑さが戻ってきております。
さて暦時計は
午後3時となりました。
お元気ですか?
北海道 小柴ふあーむ より
立秋 のご挨拶を申し上げます。
暦時計も午後3時
ここまでになると
さすがに天体の進行を実感します。
朝夕ともに
夏至の頃に比べて40分ほど
冬に近づいております。
夕方8時まで頑張っていた頃が
今はもう昔?であります。
北海道 小柴ふあーむ
今年最後のメロンが植わさりました。
ズッキーニも植えつつあります。
まもなく全ての定植業務が完了です。
収穫して、後片付けして
畑作り直して、また植えて
5〜6月の
記憶を失くす6週間の後で
7〜8月の
真っ白になる4週間が
進行しておりました。
今年のメロンは
6月の低温が品質に影響を及ぼし
外観仕上がりがバラついてしまいました。
いわゆる標準偏差σが
大きくなったというイメージ。
メロンの外観品質は
数値化の難しい領域ですが
メロンに関わる人たちなら
美というものについて
審美眼を備えています。
だから
厳しくても妥協してはなりません。
それ即ち、信用の構築だから。
さて・・・
地域の稲に
実が入り始めました。
念実が
始まっております。
今年は忙しさにかまけて
出穂を見逃してしまいました。
気がつけばもう
頭を垂れ始める穂もあって
これもまた季節の早さを
感じさせます。
今年は米価がどうなるか?
皆さん、そりゃあ
気になってますけど・・・
ますけど、ね
直近の価格乱高下で
生産体制を変えるわけにもいかず
外乱要因にも抗し得る策を施しつつ
冷静に淡々と生産に勤しみ
世情に身を委ねるのみ。
農業の一側面であります。
相場の混乱にビビって
生産増強とかやろうとしてたのが
前政権のカバ総理。
口ほどにもなく
胆力は無いと思います。
中間で目詰まりを起こしてるのは
明明白白だったのに
なにを狼狽えているのだ?!
という情けない総理でしたね。
生産現場で
カバ総理の言うことに
共感する経営者は
恐らく皆無だったのではないでしょうか?
それほどの愚策、愚宰でありました。
どんな仕事でもそうでしょうが・・・
仕事って
儲かるからやってるだけじゃ
ありませんよね。
儲かろうがなかろうが
生業として人生を賭している人は
大勢います。
いや、むしろそれが
世の中じゃないですかね?
儲かる、儲からないとか
いちいち考えてたら
仕事になりませんよ。
予ねて、技術者してる時も
そうでしたよ。
仕事のモチベーションは
やっぱり
己の好奇心、一択でした。
金欲でも、名声欲でも
自己顕示欲でも、支配欲でも
そういった自己愛の障害行動でなくて
ただひたすら、好奇心でしたね。
会社のお金と設備を使わせてもらって
好奇心を満たしていた。
それが会社の利害と一致していた。
そんな感じでした。
だから
営業系管理職の説話には
とんと付いていけず
むしろ
なにか汚らしいものでも見るような
青い技術者でありました。
いまも農業分野において
技術者としてやっていますが
と同時に経営者としても
やってます。
青い頃と違うのは
そこなんでありますが。
しかし、仕事って
多かれ少なかれ
好奇心が原動力である
と私は相変わらず思ってます。
欲という野心の立ち入りがあると
技術は屈折して偏向して
自滅していくような気がしてます。
まだまだ青いですねw
我ながら笑っちゃいますけど
自己愛に満ちた我欲が仕事に絡むと
ほんと、本当に
仕事は壊れていくもんです。
チーム仕事とか会社とかなら
尚更のことです。
昨年来の米相場にしても
我欲が市場を狂わせて
さらに生産基盤にまで
歪みをもたらしかけたわけで。
むしろ生産側の
自律能力と緩衝機能で
食の基盤は守られた
と私は思っております。
そういう人がいるから
価値が守られて
新たな価値が
生まれてくる。
私はそう思います。
今年のお米も
美味しくなって欲しいものであります。
生産者の皆さん
真っ黒に肌を焦がして
実入の大事な時に
臨んでいます。
そこに幸あれと
願わずにはいられません。
熊本視察の総理大臣
右肩に貼ってある
日の丸徽章に
責任の重さを感じます。
過去二代のポンコツのでは
日の丸を感じさせない腑抜けで
己の欲しか感じなかったし
ダイレクト感に乏しい行政だった。
今の内閣
能力と胆力が合わさる凄さを
私は感じてます。
胆力を備えた親方の頼もしさは
男女問わず世の役に立つでしょう。
うん、胆力
覚悟というのかな?
凄みというか。
片山大臣みたく
絶対王者たる能力に裏付けされた
凄みというのも
爽快でありますね。
茂木大臣も
キレ味鋭くて頼もしいです。
親方が信用に足る人だと
駒は生き生きと働ける。
世の常であります。
頑張って欲しいものであります。
マスゴミが企む
世の中の混乱には乗ぜず
目の前の課題に淡々と向き合い
心静かに事に臨む。
社会の、国の
健全な成長には
これが肝要かと思います。
地域に広がる若い稲穂を眺め
そんなことを思っておりましました。
お盆ですね。
如何お過ごしですか?
台風の変則的な襲来で
些か混乱が生じておりますが
どうか、心安らかな供養の時を
迎えていただければと祈ってます。
北海道 小柴ふあーむ もまた
先祖の供養をしつつ
息子たちの繁栄を祈る
お盆であります。
それでは
次回「処暑」の候に
またお会いしましょう!
どうぞお元気で
北海道 小柴ふあーむ
代表 和美
その夫 孝志
フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」
大暑の候、ハンバートハンバートの歌はリアルに厳しい <笑ったり転んだりの夫婦坂>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
日本全国での梅雨明けの報せは
未だ出されておりませんね。
梅雨前線の残骸が
しつこく東北に横たわっており
北海道もその影響で
スッキリしない天気が続いております。
さて暦時計は
午後2時となりました。
お元気ですか?
北海道 小柴ふあーむ より
大暑 のご挨拶を申し上げます。
蝦夷梅雨
しばらく続いておりまして
小暑のころから丸2週間
トータルで180mm超の降水量と
なっております。
農村各所で聞かれるのが
「畑に入れない!」という嘆き。
我が 小柴ふあーむ も例外ではなく
かぼちゃ畑の中耕を
断念せざるを得なくなりました。
とは申しましても
かぼちゃ果実の着果・肥大に向けた
追肥はシッカリやりましたので
出来上がりには影響少ないと思います。
まあ、キチンと土に混ぜておいた方が
土に成分が吸着して
空気中への蒸散は減りますから
効用は計画通りなのですが
自然相手の作業ゆえに
工程変更や改変など応急処置は
栽培技術の内の一部と考えます。
「笑ったり転んだり」
この春まで半年間放映していた
朝ドラの主題歌ですが
ハンバートハンバートさん
ご夫婦ミュージシャンの楽曲で
柔らかく穏やかな曲調が
人気の方達です。
他の楽曲で
「虎」というのも人気曲ですね。
以前にお会いした新規就農の方も
この曲が大好きで!と
仰ってました。
一度聞いたら
刻み込まれるような歌であります。
私たちの新規就農の道程も
23年となりました。
色々なことがありましたし
今も起きている最中です。
決して平坦な道ではなく
登り下りもあれば
荒れたり崩れたり流されたり
多種多様な障壁と遭遇しながらの
今であります。
こんこんと地道に
一人で作業しているとき
脳内には各種の歌が、曲が
無限リフレインすることが多いですね。
その様子はさながら
山登りしてる時とか
長距離ツーリングしてる時とか
そういった無我の境地の状態
言い方を変えれば
マゾスティックに自分を傷めつけてる
変態的な境地の時
なにかしらの一曲が
脳内で無限リピート再生されてます。
「笑ったり転んだり」
「虎」
なにか新規事業を始めたり
人生の転身を図ったり
チャレンジとか前進とか
今までの環境を
全部うっちゃっちゃって
新しい一歩を進める時
それまでの自分をかなぐり捨てて
全く別人になると思います。
そんな時
ハンバートハンバートの世界観が
勇気と表裏一体で付きまとう。
そんな体験をされてる方
多いのではないでしょうか?
笑っても泣いても
歩いても転んでも
晴れても濡れても
今の一歩を共有してくれる人が
傍に居ること
それが人生において
大切な存在だと思います。
それが
挑戦とか突破とか打開とか
つまり前進を可能にする
大きな環境じゃないでしょうかね。
それぞれの道で
お互いを高め合う結婚?
という価値観もあるでしょうが
特段の才能も収入も環境もない
私ら一般庶民の夫婦にとって
それぞれの道なんてあるのかな?
夫婦である以上
家族である以上
けっきょくは一蓮托生
運命共同体でありましょうよ。
相互扶助を繰り返し
ともに歳を重ねて
人生のゴールを目指す
それが現実の困難であり
また幸福であると思います。
一つの道を
手を繋いだり背中を向けたりしつつ
共に苦難を分かち合う結婚。
相手の痛み
辛さ、悲しさに
共感できなくなれば
夫婦はそれで終わり。
高め合う前に
分かち合わなければ!
ともに歩く。
ともに走る。
立ち止まり、途方に暮れ
そしてまた、歩く。
喧嘩をしても、いがみ合っても
手を取り直して、歩いていく
二人して。
その状態が
夫婦なのでしょうね。
唯物的、観念的、快楽的な結婚観は
昔も今も多いことでしょう。
ただ農業が属する
家内製自営業の場合
世の中や人の心などに
普遍的に宿り支える
人が人たる基礎価値観を
色濃く体験できる環境だと
私は思います。
雨に濡れてる相棒を見ると
男女を超越した人対人として
愛しく守りたくなる。
そういう自分を再確認できるのも
農業の良いところかもしれませんね。
二人でてくてく歩く道すがら
晴れて暑いとか雨に濡れて寒いとか
朝陽や夕陽に立ち止まり
虹を仰いで虫の声に耳をやる
埃だらけの顔を拭いてやり
汗だらけのシャツを臭いと笑い合う
現実的な、スパルタンな
花鳥風月?の世界を共有する。
まさに「笑ったり転んだり」
そのままであります。
人間なんて弱いもの。
それを自分で認めるところから
強い自分が始まる。
ハンバートハンバートの
一見やさしい歌には
そんな強く厳しいメッセージが
底辺にあるのではないでしょうか。
演歌?
そうかもねw
シャンソン?
そうかもねw
「夫婦坂」
ジャンルは異なれど
この歌も脳内リフレインの登場頻度が
高い一曲であります。
きつい時は
この〜坂〜を〜 越えた〜な〜ら〜
と呟いてる自分
よく居ますよ(^^
それでは
次回「立秋」の候まで
ご機嫌よう
北海道 小柴ふあーむ
代表 和美
その夫 孝志
フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」
小暑の候、変態農家は忙しく 記憶を失くす6週間 <観天望気からボッシュの特許まで>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
西日本方面で梅雨が明けましたね。
東日本も間もなくでしょうか。
梅雨前線の残骸が
いま北海道の上を続々と通過して
いわゆる蝦夷梅雨状態になってます。
湿度90%
そして100mmの雨
7月上旬のいつもでございます。
さて暦時計は
午後1時となりました。
お元気ですか?
北海道 小柴ふあーむ より
小暑 のご挨拶を申し上げます。
夏至から小暑の2週間は
小柴ふあーむにとって
前半期を締めくくる一里塚
そして作業体系がシフトする
切り替えの時期となります。
年間通しての
最大負荷がかかる時期
記憶を失くす6週間の
最後の止めのような2週間です。
アスパラ
収穫終了と養成への畑手入れ
メロン
早生から夏、秋と
6ロットの管理が重複
かぼちゃ
我が家で一番大きな
畑作りと定植
圃場保全
水路整備と圃場草刈りの開始
代表と私で
バッタバッタとやっつけまくります。
奮っております。
お陰様で
体制シフトも上手くいき
後半戦モードに移行しつつあります。
ま、それはそれで激務なのですが
まず一つ乗り越えたぞ!という
自らへの示しをつけてる
そんな感じの小暑でございます。
さて
農業のように
屋外をメインでする仕事ですと
地球規模の物理現象に
よく遭遇します。
まず
天候に左右される仕事ですから
その大元の気象自体が
地球規模の物理現象なのですが
空と地面を見比べながら
いつも地球の機嫌を伺っています。
冷えた味噌汁を温める
鍋の中をじっと見つめたことが
ありますか?
コンロにかけて
ゆっくり温めていくと
沈澱した味噌が少しずつ動き出し
場所によってポコっと湧いて
それが徐々に広がり
全体がかき混ぜられていく。
経験のある方なら
よくご存知の光景ですね。
あれが地球表面で起きるのが
気象学であります。
地球の球体表面で
日射のムラによって
あるいは
陸と海の比熱の違いによって
大気にアンバランスが生じて
堪えきれずに動き出す。
そうやって創出されるのが
気象現象ですね。
農業やってて
性に合ってるなあ、と
自ら思う瞬間の一つが
観天望気のとき。
空を眺めること
遠くに目を凝らすこと
山の凸凹を観察すること
好きであります。
昔山に登ってた経験からか
観天望気は本能が求める
挙動となっております。
時折見られる現象で
カルマン渦の出現があります。
利尻山とか鬱陵島とか
衛生写真で有名ですが
先日は
南から流れ込む梅雨前線の残骸が
昆布岳に切り裂かれて
見事なカルマン渦を
見せてくれました。
羊蹄山の頂上からも
よく見られる現象ですが
この話題を共有できる人が
身の回りに居りませんので
こうして仕方なく
SNSで共感を呼びかけることと
なっております。
独立峰の風下で
周期的に風向きが変わるのも
カルマン渦の仕業ですよね。
山体に切り裂かれた大気が
限界を超えた剥離を左右で繰り返し
剥離の渦が入れ替わる現象ですが
身近な機械にも
実は応用されておりますよ。
車のエンジン
燃焼の元となる吸入空気
その流量計測に
カルマン渦の原理は応用されていた
そんな時期もありました。
渦の数を数えて流速を推定し
口径を掛けて温度修正して
吸気量を計測してましたね。
燃料噴射量を決める大切な計測です。
車のエンジンには
ドイツのメーカー、ボッシュの特許が
数多く染み込んでいます。
元を辿れば
先の大戦中に開発された
戦車や航空機のエンジン制御の必要性から
歴史を左右した発明ですが。
エンジンの燃料流量調整
その要となる吸入空気量計測は
まさにボッシュの独壇場だったのですけど
その縛りから離れた
日本独自の計測方法として
カルマン渦が応用されていた
と勉強した覚えがございます。
しかしながら
長期間の使用においても
安定した性能の発揮は
作動原理とはまた異なる
大切かつ高度な技術分野でして
カルマン渦型の計測も
汚損による経時変化とかが
ネックとなってたようで。
もう一つ蛇足を言えば
熱線式というのもありましたっけ。
やはり長期仕様での汚損と出力の安定性に
高度な技術が求められていました。
一つの技術を
世間にリリースするというのは
誠に大変なのであります。
単発の技術とか工夫は
開発において大きな範囲では
ありません。
一発技術、単品技術
それはひらめきと実行力で
なんとかなります。
しかし
それの実用化というのが
技術開発において大半を占めて
各種条件への対応とか
長期の安定性とか
誤差やばらつきへの対策
それら含めて出来て
初めて技術開発と言えるのです。
農業試験場による新種開発とか
農薬メーカーによる適用拡大とか
なぜにあんなに時間がかかるのか?
それは
単品技術ではなくて
汎用技術として誤差と機能性と信頼性を
作り込むためなんですよね。
何かを工夫して
上手くいった!やった!俺ってすごい!
なんてのは
子供のいたずらと同じでして
大人の仕事としては
一笑に付すレベルだというのを
強く自戒しておかねばなりません。
SNS隆盛の時代
軽々しく口先で
己を「プロ」と名乗る時代でありますが
本物プロは自分をプロと言いませんで
その理由は上記のようなことであります。
突き詰めれば突き詰めるほど
奥深さに畏れを抱いて
経験を重ねるほどに謙虚となる。
これまで教えてもらった
世にいうプロたちは
そんな生き方をされてました。
いいか、自惚れるなよ。
これでいいと思うなよ。
世の中見渡せば
お前なんか木端だからな。
身を投じた先々で
教えてもらったもんです。
素人に
プロと言われて
情けなし
先生と
呼ばれるほどの
馬鹿じゃなし
各現場の
尊敬していた方達が誦じていた
そして私に教え込んでくれた
川柳であります。
いいかあ、忘れるなよお。
プロ面すると
それまでだからなあ。
若くて粋がって
浮ついた私に
強く、強く
教えてくれました。
今、それが
農業の現場で非常に役立っております。
頭の上で展開する
地球規模の物理現象を眺めながら
車のボンネット内部のミクロな現象と
職人としての生き方とが
ウルトラQのオープニング映像のように
ぐるりぐるりと混濁しながら回る
そんな脳内反応を
一人楽しむ変態。
そんな変な農業者が
ここにおりますw
小柴ふあーむの変態具合は
ちょっとヘンなのであります。
昆布岳、梅雨前線、カルマン渦
ボッシュ、フローメーター
技術開発、商品開発
職人の戒め、師匠たちの顔顔顔
工場の空気、匂い、作業台の風景
40年から30年前の
仕込まれていた時期の光景
畑で回顧して
今の現場に反映を繰り返す
22年目の新規農業者
ここニセコに居りますよ。
恐れ入りました(^^
さて
次回は「大暑」ですね。
お盆に向けてのメロン出荷とともに
晩生メロンの畑作りが重なって
再びの記憶を失くす4週間と
なってることでしょう。
気候がが急変する時期です。
皆様も体調管理にお気をつけください。
そして小柴のメロンが
夏の体力維持にお役に立ちますよう
願っております。
それでは
次回にまたお会いしましょう(^^
北海道 小柴ふあーむ
代表 和美
その夫 孝志
フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」
夏至の候、「私のかわいいメロンちゃん!」という代表が可愛いい <モノづくりに求められる素質とは>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
真夏日スレスレを連発していた
6月前半
ここに来てちょっと足踏み
南北の大気が頭の上で揉み合ってます。
暦時計は午後0時となりました。
お元気ですか?
北海道 小柴ふあーむ より
夏至 のご挨拶を申し上げます。
時計がてっぺんを指す時
それは午前12時なのか?
さては午後0時なのか?
その使い分けが
よく分からない小柴であります。
さあ昼休みだ!という
午前観点なら、午前12時?
よしもう一丁!という
午後観点なら、午後0時?
農家の季節的には
う〜ん、微妙であります。
畑作り
まだ続いてます。
今はかぼちゃ畑の造成中で
メロン管理とアスパラ収穫の合間に
無理やり工程を割り込ませてます。
本来なら4人工の工程を
あくまで2人工でやり切ります。
まさに「記憶を失くす6週間」たる
所以であります。
もう少しで
かぼちゃの定植も終わり
アスパラの収穫も終わり
メロンの第一次過負荷も終わり
仕事のステージは
夏モードにシフトしていきます。
畑を展開し続けてきた
3月〜6月の春モード
なんとか事故なく
潜り抜けました。
北海道 小柴ふあーむ の春仕事において
メロンの支度が中核を占めております。
除雪して、ハウス準備して
苗立てて、畑作って
植えて、手入れして、育て上げる
そのどれもが専門性を帯びて
豊かな経験と高い技術が
求められます。
と同時に
仕事としてだけでなく
熱いモチベーションが必須で
気持ちの在り方がそのまま
メロンの状態に現れます。
何ヶ月も続く根気強い集中
1工程数時間を要する作業
過酷な環境での忍耐
技術だなんて
綺麗な言葉じゃ表せられない
泥臭い現場の実態が
ほんとうであります。
これは
どんな技術現場でも同じことで
見た目、聞いた話の上辺じゃなく
実際の仕事を支えているのは
古い言葉で言えば「根性」であります。
理屈は後付けです。
言葉多く語ったところで
まやかしかもしれません。
今まで経験してきた
数々の現場においても
一貫して共通する要素があると
私は思ってます。
それはアカデミックなものではなく
もっと人としてのメンタリティ
スピリッツの類であります。
すなわち「執念」「情熱」
どんなことをやっても
結局最後は
ここに辿り着きます。
そしてこれが
雌雄を決すること場合が
とても多いですね。
メロンを手入れしている時
代表の集中度は半端ありません。
畑作りの時の私も
代表に言わせると
集中度は半端ないそうです。
いわゆる
背中から炎が上がってる状態
巨人の星でよく見た
あの状態であります。
ひと工程を終えて
畑やハウスを振り返り
ふとメロンを見やる時
あるいは
収穫しながら
一玉一玉抱えて磨く時
代表がつぶやく一言に
人間としての可愛らしさを
感じざるを得ません。
曰く
「私のかわいいメロンちゃん」
代表がメロンを扱う時
それはそれは愛しそうに
まるで赤ちゃんのように
抱え込みます。
そういえば
昔の仕事でも
部品は卵のように
大事に抱えたりしてたっけ。
代表のつぶやく
「私のかわいいメロンちゃん」
そこにモノづくりの真髄を
見るような気が致します。
単なるメロン以上に
単なる生産物以上に
なにかシンパシーを感じて
パッションの矛先として
擬人化してしまう。
厳しい状況で
最後の雌雄を決するとき
執念や情熱が運命を分けますが
代表のつぶやきには
女性ならではの
細やかな愛情をベースにした
執念と情熱を感じるのです。
モノとしてでなく
擬人化した対象として
愛情を注ぐこと
その状態が、その姿勢が
最後のひと匙の差となって
仕上がりに表れる。
アスリート同様に
最後の1mm、最後の1secまで
決して諦めない。
モノづくり以上の下地として
とても大切で貴重なものを持っていると
私は思います。
代表が
「私のかわいいメロンちゃん」と言いながら
珠玉を抱きかかえる後ろ姿は
ひとつの一体化した偶像として
光ってるように思います。
60過ぎて自分の神さんを
公衆の面前で惚気るのも
どうにかしておりますが
自営業は神さん次第。
神さんの如何で
成否が決まります。
私が今こうして居られるのも
代表の功績でありまして
決して一人で為るものじゃありません。
感謝と労いの意を込め
大きな敬意を持って
今回は語らせていただきました。
それでは
次回は「小暑」
暑い時期にまたお会いしましょう。
北海道 小柴ふあーむ
代表 和美
その夫 孝志
フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」
芒種の候、我も命 彼も命、自己愛は社会を滅ぼしていく <生殺与奪の狭間でもっと悩め>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
すでに真夏日連発だった1週間
もう夏ですか?
と思いきや
4月に逆戻りした低温多湿の
6月6日 ダミアンの日
暦時計は午前11時となりました。
お元気ですか?
北海道 小柴ふあーむ より
芒種 のご挨拶を申し上げます。
暦時計 11時であります。
次は12時、南中であります。
冬至から数えて半年
今年も半分を過ぎようとしています。
私の好きな
春分から夏至までの3ヶ月
過ぎようとしております。
いま畑では
メロン第1ロット
先頭を走る早生メロン先発隊!が
ようやくネットが入り始め
助走肥大から本格肥大へ入る頃。
そしてメロン第6ロットまで植わさり
メロン畑が苗で埋まりました。
代表は
第3ロット以降の着果作業に忙しく
私は
メロン、かぼちゃの畑作りと
アスパラの発送に忙しくしております。
芒種
郷では田植えが終わり
畦草刈りが本格化
道路傍の土手も手入れ最中。
草が伸びているのは
我が家のみとなっちゃいそうです。
とにかく
畑を作り切って
植え切らなければ
圃場保全には移行できません。
我が家的には
芒種の「芒」は「忙」であります。
そんな中
害獣との戦いも始まっており
エゾシカ、アライグマの被害が
予兆として現れ始めてます。
せっかく作った畑を
歩き回り踏み抜いて穴だらけとか
餌を探してほじくり返すとか
畑を原始状態に回帰させるような
狼藉を働き始めてます。
当然、忌避策を講じて
あるいは駆除を行なってます。
野生との生存権争いに
躊躇は無用であります。
入植した23年前
野生動物の影は殆どありませんでした。
特に中型大型の害獣は
全く居ませんでした。
せいぜいキタキツネが
肥料に食いつくくらいで。
それがこの10年かな?
急激な浸潤を感じるようになったのは。
今ではエゾシカが住宅街を平気で歩きます。
微笑ましさは皆無です。
ものすごい経済的損失をもたらす
悪い奴らですから。
自然保護とは言っても
自然過保護になってはいけません。
自然という概念自体が
人工的なものでありまして
本来の有り様を表現するなら
それは「野生」「原始」が的確でありましょう。
つまり
奴ら相手に共存するなら
やるかやられるか、の気構えが
必要であります。
人間社会の揉め事も
とどのつまりは経済利益の争奪であり
それは衣食住を満たす根源だからであります。
いや人間が野生獣と違って
嫌らしい部分なのは
精神性が強く押し出されることであり
それは「自我」
自己顕示欲とか自己愛とか
己の心の充足が最優先になること。
これが揉め事をややこしくしています。
野生獣相手なら
やるかやられるか、の単一基準で
互いに命の危険を感じさせながら
攻撃と防御のバランスを取れるでしょう。
しかし現在は
過保護状態が仇となり
その増殖が指数的増加をきたしており
駆除しても駆除しても
攻勢を止めることができません。
これは数学的、物理的に
当然の現象が起きてるだけで
情緒的思考で解決できるものでは
ありません。
地球に優しく
自然を大切に
???
何を偉そうに、と思います。
地球はそんな概念持つものでないし
自然は人間の勝手な概念だし
現実との一体感はありません。
野生との付き合い方は
もっとリアリティを持たねば
一方的に駆逐されてしまいます。
生物学的なパワーバランスを意識せねば
人間の生存権とやらが
覚束なくなります。
結局、人間も野生も
その経済的利益確保のために
勢力争いをするわけで
それは食料確保に回帰している点で
お互いにやっぱり野生でありましょう。
人間なんて、そんなもんです。
意識を殊更高めて
実態と乖離した寓話の世界に入っては
いけません。
翻って人間社会
我欲まみれの誇大妄想な人間が
地道な努力を重ねる人間の利益を奪い
土地を社会を荒らし破壊し
独占欲を満たした後に
崩壊の道を辿ります。
古代から繰り返される
人間の生物としての限界であります。
我欲を美辞麗句で飾ったところで
その行いは他者の損失の上に成り立ち
あるいは経済的強奪の日常化であり
それはすなわち
戦争による問題解決と
本質では同じだと思います。
強奪は、強奪です。
満たされぬ我欲を追い求めるあまり
隣人を傷つけ追い詰め剥ぎ取る行為
身近に幾らでもあるのではないでしょうか?
物質的な強奪はなくとも
知的財産の強奪は
知的教養のない人によって
日常的に行われてます。
屋号であったり
商標であったり
アイデアであったり
デザインであったり
コピーであったり
知的教養に欠けると
己の原始性を気付けぬまま
社会の破壊に加担してしまいます。
一見して経済的成長による
社会の活性化と思えますが
時間をかけて遠くから見ると
中長期的には破壊行為と表裏一体です。
地道な努力と成果を
土足で踏み荒らされ
機会を奪われる者たちの
地下に染み込む怨念と怨嗟の上に
成り立つ成長であります。
害獣駆除のみならず
病気消毒や害虫防除をしていて
我も命、彼も命 を
いつも痛いほどに思わされます。
決まったキャパを奪い合わずにおれぬ
野生の世界。
偉そうにうそぶく人間ほど
ずるくて厄介な存在はない
のかも知れませんね。
それでもやっぱり
今日も自分の生存圏を維持すべく
縄張りを誇示しつつ
監視に努める農業者であります。
周期的に襲ってくる
ヤマセ
昔の人はこれで
首を括る羽目になったわけで
今の私たちは
その犠牲の上に培われた技術で
生きながらえております。
生きていくことは
そんな綺麗事じゃ済まされない
と自覚しながら
それでもやり続ける
生き残るために。
人間として、野生として
根本は変わらぬ原始でありましょう。
今日もヤマセに震えながら
メロンたちの保護管理に努めております。
それでは
次回「夏至」の候に
またお会いしましょう!
それまでどうぞお元気で
北海道 小柴ふあーむ
代表 和美
その夫 孝志
フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」
小満の候、いずれ大満となる種や苗の畑リリース <記憶を失くす6週間の開幕>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
例によって
リラ冷えの5月下旬
まだまだストーブが手放せない
北海道ニセコです。
リラ冷え?
なに、それ?
リラは、フランス語のライラック
北海道にライラックが咲き充つる頃の
オホーツク海高気圧によるヤマセで
季節が1ヶ月巻き戻される
そんな低温多湿状態を
北海道弁では リラ冷え と言います。
さあ、暦時計は午前10時となりました。
お元気ですか?
北海道 小柴ふあーむ より
小満 のご挨拶を申し上げます。
夏至 が着々と近付いてます。
地球の公転軌道で
あと30°回れば 夏至。
北極点から23.4°の範囲
北極圏がまるまる日射範囲となり
北の白夜が最大限広がります。
私、春分から夏至までの3ヶ月間が
一年の中で最も好きなんです。
一日で言えば
午前6時から12時までの6時間。
これから始まる一日に向けて
心も体も一番高揚する時間帯
ですよね。
明日に希望を持って
グングン加速する感覚が
大好きであります。
小満
自然界の全てのものが
次第に満ちてくる。
郷も畑も
まさに命が満ちつつある
小満であります。
畑の小満は
メロンが旺盛に勢いを増し
先頭を走る早生メロン先発隊が
花を咲かせます。
アスパラが一斉に噴き出し
収穫が間に合わぬほど
暴発状態となります。
路傍や土手は
草が一気に生い茂り
畑準備の隙を狙って
辺りを制圧しに掛かってきます。
山や森では
ヒバリが、ウグイスが、カッコーが
次々と啼きはじめて
さらにエゾハルセミが
空間を鳴き声で飽和させます。
来る冬までの
北の短い夏のうちに
栄養を蓄え根を張るために
あるいは
繁殖と子育てを終わらせるために
みんな生き急ぐほどに
前のめりに命を燃やします。
小満
畑作屋さんは
豆、イモ、ビート、小麦、デントコーンを
夜を日に継いで一気に
畑作りから播種まで突き抜けます。
稲作屋さんも負けてません。
田おこし、水張り、代掻き、田植えを
それもまた夜を日に継いで
機械を止めぬよう現場で食事し
場合によっては寝たりしながら
一気に突き抜けます。
高い農業機械は
この集中作業の2週間のために
あるのです。
1年に1週間しか使わないのに
なぜ1千万円単位の機械を
導入せねばならないのか?
答えはカンタン!
時間を金で買っているから
です。
昭和40年頃までなら豪農になる面積を
ワンオペで可能にしているのが
いまの農業機械。
ごく狭い作業適期に
ピンポイントで完了して
最大限の効果を得る。
農業機械があってこその為せる技です。
小満
太陽は夏至に向かって
最終アプローチに入りました。
これから少しずつ減速して
最北地点に達します。
夜8時まで明るい季節
残業を重ねて
負荷Maxの時期をこなします。
体重、一気に減るんですよね。
ただいま代表と二人して
スロットル全開の過負荷状態で
工程をこなしております。
アスパラが始まってから終わるまで
記憶を失くす6週間は
まだ始まったばかり。
褌締め直し(褌じゃないけど)
ねじり鉢巻で(帽子だけど)
獅子奮迅の様相で(ライオンはいないけど)
二人一致団結して(喧嘩の方が多いけど)
業務を遂行しております。(これはその通り)
ご予約いただいたお客様の期待に
応える重積が原動力です。
尻がひりつくような緊迫感
心も体も活性化して
あぁ〜、生きてるぜぇ〜!と
夕方の撤収時にいつも呟きます。
今は小満ですけど
いずれ大満となるよう
畑という小宇宙で泳いでおりますよ。
今回もありがとうございました。
次回「芒種」の候にまたお会いしましょう!
それまでどうぞ、お元気で
北海道 小柴ふあーむ
代表 和美
その夫 孝志
フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」
立夏の候、「短靴にしたさ」で進む季節また一つ <我が桜 咲しそばから 散りぬるか>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
春の嵐とともに
せっかくの桜があっという間に
散っていきました。
おい、まくら!
さくら取ってくれ!
日本人なら
桜の季節には決まって思い出す
このシーンでありますが・・・
さあ、暦時計は午前9時となりました。
お元気ですか?
北海道 小柴ふあーむ より
立夏 のご挨拶を申し上げます。
今年の桜
当地の開花宣言は(小柴ふあーむ測候所)
4月26日(昨年比 −2日)(平年比 ー15日)
でありました。
そして八分咲の4月30日ののち
4日間続いた強風雨により
ものの見事に散り去りました。
我が桜
咲しそばから
散りぬるか
であります。
鑑賞するいとまもなく
雨が落ち着いたら
もうありませんでした。
こういう年も珍しいです。
たしかに春の雨で
咲きながら散り始めるのが
北海道の桜でありますが
ここまで根こそぎ
持っていかれるのは
なかなかありません。
これもまた
今年ならではの
情緒でしょうか。
北海道のGW
といえば・・・
タイヤ交換、ですか。
安心して夏タイヤに出来るのは
やはり5月を待たねばなりません。
遅いですかね?
でも案の定
桜を散らした春の嵐は
道東〜道北、そして各峠において
積雪状態を出現させて
家庭の車両安全保障環境としては
GWまでタイヤ交換は待った方が良い
ということになりましょう。
北海道の人は
夏靴に切り替えることを
「短靴にする」と言います。
そう、「短靴」なのであります。
重くて大きくて冷たい
冬の長靴暮らしを離れ
足も心も軽くなり
ウキウキした少年の頃
それは「短靴」にした春の日
でありました。
今のように
立派なスニーカーなど
あるはずもなく
ゴムの一体成形らしい
まるで草履に毛の生えたような
粗末な夏靴でありました。
歩けばカポカポと
空気のはみ出す音がして
雨の日などは
中が水溜まりになって
ブシュブシュと噴き出してきて
なにより
靴底も外皮もペラペラの一枚ゴム
という単純構成なので
痛いんであります。
でもそれが当たり前だった時代。
そんなゴム靴、短靴で自転車乗り回し
転んではケガを繰り返してた
少年時代を思い出します。
今冬の現場で使ってた長靴が
早くも壊れました。
春になってすぐ壊れました。
早速、新しい新型を買って
使い始めてますが
通算何足目?でしょうね。
おそらく
1シーズンに2足は履き潰してるので
40足以上は経験してることでしょう。
軽いのは大事ですが
屈曲、接着、劣化などの耐久性が
トレードオフになっては困ります。
でもやっちゃうのが
安物買いの銭失いでありまして。
毎度のように後悔を繰り返してます。
長靴にとって
求められる仕様ですが
1。軽量
2。柔軟
3。長寿命
そして、なにより
フィット感!であります。
長時間、履いても歩いても
足との一体感を発揮して
疲労を軽減してくれる。
フィット感ある長靴が
求められます。
山登りしてた頃
特に沢登りシーンでは
地下たび+わらじ に加えて
土踏まずから甲をバンドで締め上げました。
足裏の感度を上げて
歩き易くするためですけど
今の長靴にその要素が
盛り込まれる時代となってます。
長靴といえば
オーバーサイズでカポカポさせて
靴中では足がいつも遊んでる
そんなイメージがありますが
現代の作業用長靴はそんなことなくて
フィット感向上に工夫を凝らしてます。
踵〜アキレス腱をホールドする、とか
くるぶしをホールドする、とか
土踏まずを立体化する、とか
甲〜くるぶしを締める、とか
各社それぞれのアイデアで
購買欲に応えてます。
ハウス間の移動だけでなく
圃場内の移動・保全作業
草刈り、木の伐採、水路の整備
晴れだけでなく、雨の日も風の日も
乾燥路、砂利、ぬかるみ、水溜まり
歩く、登る、降る
立つ、しゃがむ、蹴る、踏む
長靴は
第二の工具、第二の皮膚
まさに重要な相棒であります。
長靴は
足の保護だけでなく
時にはスコップ
時には転圧機
時には除草機
時にはハンマー
局面によって
様々な道具の代わりとなります。
まさに「手となり足となる」を
そのまま具現化しております。
一番身近な
安全保護具であり
簡易工具であり
そして、健康器具であります。
長靴を新調する時
ああ、季節が進んだな、と
実感します。
同時に
新たな気持ちで歩く農道や畑に
ワクワク嬉しくもなります。
それはいつか経験した
短靴にした時のワクワク
そのものです。
車のタイヤ交換に加えて
作業用長靴の新調
春の「短靴にしたさ」の物語
であります。
暦は、立夏
畑は、アスパラの萌芽始まり
ハウスは、メロンの開花始まり
私たちは、アスパラの収穫
メロンの畑作りと手入れ
そして、お客様への発送と
夏よろしく忙しくしております。
私たちにとっての立夏は
記憶を失くす1ヶ月半の始まり
その号砲であります。
その奮闘ぶりを
どうぞ見届けてくださいませ。
それでは
次回「小満」の候まで
どうぞお元気で!
北海道 小柴ふあーむ
代表 和美
その夫 孝志
フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」
穀雨の候、「モノづくり精神」で幸せな世の中を膨らまそう! <ジャーナリズムに期待すること>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
春たけなわ
桜前線が北海道に上陸しました。
畑の雪も
残すは一区画のみ
日々山が小さくなってます。
春、いらっしゃいませ!の4月下旬
さあ、暦時計は午前8時となりました!
北海道 小柴ふあーむ より
穀雨 のご挨拶を申し上げます。
このところ
どえらい風が吹き荒れまくって
屋外作業もしんどい日が増えてます。
春特有の中国大陸からの吹き出し
黄砂という余計なものまで携えて
北海道に吹き荒れます。
その強さたるや
常時15m/s超が吹き続けてる感じで
遠州の中田島砂丘に立ってるようで
吹き付ける砂ほこりが
目を傷めつけます。
人の体って
風に晒されているだけで
物凄い体力消耗するんですよね。
知らないうちに水分が飛んで
脱水気味になっちゃいますし
しかも首とか背中とか
体の芯で内臓とかが冷えると
途端にリンパ節が腫れてくるし。
暖かく養生してるつもりでも
作業中の心境はまさに「稜線歩き」です。
時折襲ってくる
質量ある風に揺さぶられながら
下を向いて目を細めて
背中丸めて抗してる感じ。
それでも作業は弛みなく
只今、メロン第4ロットの準備に
忙しくしております。
さて今回は
ジャーナリズムネタを一つ。
この1ヶ月間
自称ジャーナリストたちのポンコツぶりが
白日の元に晒されております。
マスプロに関与してる、ってだけで
何か大いなる勘違いしてる連中。
自分で歩いてないのが見え見えで
フロアで交わす知ったかぶり同士の噂話を
そのまんま媒体に載せちゃってる
イージーな感じが伝わってきます。
ああいう人たちって
批判はするけど批判はされない
閉鎖空間で生きてるから
自分で手を汚さない
汗もかかない
だから
本当の風とか匂いを
感じられないのでしょうね。
実際に起きてることや
現実や事実とかけ離れた
挿話や寓話、憶測や断定に
満ち溢れています。
なにより
「否定されること」への耐性が無い。
壊滅的に「否定に弱い」。
だから謝れないし、認められないし。
脳内で勝手にこさえた寓話を
勝手に現実と誤認し始め
それに沿わせて世論扇動して
媒体使って既成事実化する。
この点においては
SNS全盛の今、市井の発信者にも
同じことが言えるかも、ですね。
もう、うんざりですね。
ジャーナリストの語源「ジャーナル」。
エンジン用語であるんですよ
ジャーナルって。
いわゆる、ベアリングのこと。
軸受部と、その辺り。
力を一身に受けて、周囲へ拡散し
作用力として変換し、円滑に作動させる。
そういう場所のことです。
例えば
クランクで言うと、主軸受けのことを
「メインジャーナル」とか言いますが。
日本語では「主軸受」と言いますね。
燃焼圧力がもたらす往復動を
回転力に変換する元となる
「主軸受」です。
レシプロエンジンにおいて
このメインジャーナルと
もう一つ、クランクピンジャーナル
その二つの設計が
最も力量ある者の担当域であります。
ジャーナルとは
そういう領域であります。
つまりジャーナル
それを成すジャーナリストって
ものごとを集めて拡散して
円滑に動くようにする
という仕事なはずなんですけども。
いま、円滑に貢献してますか?あいつら。
円滑を意識してます?やつら。
機械設計で、あんな奴らがジャーナルだとすると
あっという間に焼きついて
本体破壊をもたらしますよ。
わざと摩擦させて
熱害、亀裂、溶損をもたらす
機能を理解してないトンデモ設計です。
仕事の本質を、理念を理解してない
自己都合、自己肯定のみで歪曲、曲解を重ね
身内だけの閉鎖空間で煮詰まっていく。
よろしくないですね。
今のジャーナリズムって
あやしい宗教と変わらないと思いますよ。
勝手に決めた正義感で
社会を否定してますもの。
じつは我が愚息の一人が
話題に上る「ナフサ」にモロ関わる業界なのですが
やっぱり現場最前線で奮闘してる人間から見ると
ジャーナリズムのことを良く言いませんね。
一方で現政権の奮闘ぶりは
現場までビリビリ伝わってくるとも言ってました。
スーパーの棚からナフサが消えた?!
とか言っちゃいそうなくらいに
ジャーナリストは軽蔑されております。
何一つ具体を知らないで
机上の数字を鉛筆舐め舐め
ストーリーテラーになった気分で好き勝手書いて
でも何も知らないから
そのストーリーがはちゃめちゃで
現場で奮闘している国民たちを
社会を愚弄してると言えましょう。
だからなのでしょうが
超現実的、超実務的な内閣が発足すると
連中は全く歯が立たないし
国民からも相手にされてない。
政治家からも、国民からも嘲笑され
愚の象徴のように扱われる。
しかしそれすらも
自分らを理解できない国民はバカだと
堂々と言ってのけてしまう。
しまいには、バカは選挙に行くな、とまで。
あの内向きな選民意識、優越感は
ちょっと異常ですね。
まあ、安易なヒロイズムを感じ憧れる
軽薄浅の学生もいるんでしょうが。
生産より破壊
前進より停滞
世間が困ると喜んで
なんか自尊心が満たされちゃったり。
でもやっぱり
色んな意味での「モノづくり」精神
文系・理系問わずの「モノづくり精神」
これが健全な社会の根源じゃないでしょうかね?
一次、二次、三次産業
各領域での「モノづくり」概念。
儲けてナンボではなくて
価値を生み出してナンボ、という考え方。
これが大事だと思います。
人の作ったものを破壊して喜ぶなんて
それこそ戦争屋そのものの思考だと
私は思います。
価値を生み出してこその仕事
そこに自分が居たから成し得た仕事
人が幸せになれる仕事
人が笑顔になり
隣の人に話しかけたくなる
そんな世の中を膨らませるために
モノづくりで価値を生み出していく。
私らは
そういう仕事を目指してます。
破壊より生産
停滞より前進
この数年、国民が強く望んでいた
政治への期待です。
先の衆院選で明確にそれが
示されました。
答えは出ています。
さあ、歩きましょうよ。
壊す理由を探してないで
止まる言い訳そしてないで
前への進み方を話しましょう!
そして
求めてばかりいないで
自分の足で歩きましょう!
命ある限り
それが人としての生き様だと
私は思います。
以上、穀雨を迎えるにあたっての
壮年の主張でございました。
放言御免でお願いいたします。
畑にすでに
3回目のメロンが降りてます。
週末明けには
貴方にお届けする 夏メロン!が
第4ロットとして畑に降りていきます。
天候不順な中でも淡々と物事を進める能力
玄人的な自己満足に浸っておりますが
ここは自分らのささやかな幸せということで
お許しくださいませ。
それでは
次回「立夏」の候にまたお会いしましょう。
それまでどうぞお元気で(^^
北海道 小柴ふあーむ
代表 和美
その夫 孝志
フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」
清明の候、他愛のないスバラシの日々 <異邦人としての在り方 考>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
春の陽光とともに
空がどんどん明るくなってます。
アメダス観測の積雪も
4月1日 17:00 に
ゼロ!となりました。
冬よ、さらば!
と言ってもいいでしょう。
さあ、暦時計は
午前7時となりました!
北海道 小柴ふあーむ より
清明 のご挨拶を申し上げます。
冬よ、さらば!
うん、確かにそうなのですが
春分の3月21日に襲ってきた
暴風雪には ヒヤッとしました。
冬の最後屁
道内各所でトラブルを起こし
足早に去っていきましたけど
小柴ふあーむ は幸いにも
被害というには及ばぬほどの
ほんの小規模な損傷だけで済みまして
ホッとしているところでございます。
4月1日 新年度
いかがお過ごしでしょうか?
入学試験、卒業からの
新入学、あるいは出立
慌ただしい1ヶ月も終わりを告げ
見送られる方も、見送る方も
さあ、次いってみよう! と
目線が新たになりますね。
清明 とともに始まる新学期
まさに世の中が清く明るく見える
桜散った歩道を
仲間と歩く、あの感覚
いつまでも覚えておいていただきたいものです。
今回も僭越ながら
前回に続いて、朝ドラ「ばけばけ」の話題から。
誠に充足感で終われた
叙事詩のクールでした。
しばしのお付き合いを。
私たち夫婦
年齢のせいなのかどうか
最近は激アツな抒情詩よりも
淡々とした叙事詩に
嗜好が向いております。
観る映画なんかも
淡々とした方に好みが移ってまして
結論の出ない古い欧州映画とかを
好む傾向があります。
例えば、でありますが
「ひまわり」「道」「自転車泥棒」「かくも長き不在」など
あれ?イタリア映画が多いですねw
基本、イタリアが好きなので
仕方ないか・・・
好きな映画を納得するまで
二度見、三度見するのが
趣味かもしれません。
ほんのワンカットの作り込みを
探したりするのが
好きですね。
ばけばけ
まだ西洋慣れしてない明治初期の日本で
異人さんと、彼にまつわる日本人らの物語。
良くも悪くも日本社会であります。
自分自身が
異人さんの立場を経験もしていて
訪ねる方と受け入れる方の
両方の気持ちがなんとなくわかります。
異邦人、というのでしょうかね。
既にある安定社会に
異分子として入り込む人です。
それが異人さんのうちは
良いのですけどね
訪ねる側も未だ謙虚ですし
受け入れる側も受け止める姿勢があるし。
しかし移民さんになると
話は違う。
地域社会を作り変え塗り替え始めると
話は穏やかじゃない
ですね。
ましてや
そこに宗教感が絡むと
もはやコミュニケーションは難しくて。
周囲に対して
己が宗教感を押し付け始めると
あなたに相応しい土地は他にある
と結論されちゃいます。
自分の経験から申しますと
日本人や日本社会には
なんだかんだ言っても
色濃く 八百万の神 信仰が
染み込んでおりますから
感謝 ひとつとっても
その意味と表し方は異なります。
「和」の概念
自然信仰の精神
尊崇とか崇拝
丁寧や謙虚の概念
清く潔いことの尊重
日本人独特の精神性は
DNAとして組み込まれていて
自然と振る舞いに現れており
所作を見るだけで
識別できるほどであります。
それ即ちの
文化というものでありましょうね。
然るに
今のニセコ地域
宗教的・経済的な移民が押し寄せてて
傍若無人に地域を跋扈蹂躙しています。
それは選民思考というか
優越主義をベースにした振る舞いで
いちいちが面倒に繋がります。
「和」を尊重する日本人気質
その裏返しは「揉め事を嫌う」となり
面倒なことはスルーして
相手にしない行動となりやすいですね。
しかしそれは
相手に「許容」「受諾」のサインとして受け取られ
異人さんたちの立ち居振る舞いは
まるで移民が如く
徐々に大胆不敵となり始めます。
暗黙の了解 とか 不文律
といったマナー・モラルの領域が侵され始め
静まって沈澱していた沼底を掻き混ぜ
再びの泥沼化をもたらしたり。
マナー・モラル
敢えて口にしない者同士で成り立つ
静かで綺麗な作法であり
互いを尊重し自制を促す
大切な風習が壊されます。
大人の社会として
厳に慎まねばなりません。
話戻って、「ばけばけ」
描かれていた小泉八雲の日本への順応過程は
涙ぐましくも微笑ましくて
逆異人だった35年前の自分たちも
想起させられました。
驚愕、拒絶、理解、和解、順応、適応
いろいろな状態を経て
人は水に馴染んでいくものです。
日本語で言う「水に馴染む」
という感覚。
とっても素敵な表現だなと思います。
こちらニセコ地方に来て
早や22年を経過しました。
未だ地域に馴染もうとしてる最中です。
異邦人の自覚とともに生きております。
これはエンドレスかもしれません
生まれ育った土地でない限りは。
終生、、いや死んで尚
異邦人として、異分子として
存在することでしょう。
それはそれとして
致し方のないことです。
そういう道を選んだのですから。
「謙虚」「従容」
という言葉があります。
それを
「卑下」とか「自虐」とか
卑屈な気持ちで受け止めると
物事は前に進みません。
「ばけばけ」のヘヴンさん
ジゴク、ジゴク!と拒絶してたのが
いつのまにか スバラシ、スバラシ!と
共鳴し始めてました。
どんな水でも、一度は飲んでみて
それで体に合わなければ
その時にまた考えれば良いのです。
その、飲んでみよっか!の第一歩が
人生を豊かにする一つかもしれません。
代表との人生を始めた
逆異人状態の35年前
お互いを 合う・合わないなど言う暇もなく
私たちが 世間に合わない二人になり
懸命にもがきながら合わせていました。
ドラマでそんな頃を思い出しながら
互いに見えない 陰になった目だけで
ポロリポロリ落涙を重ねていた
この半年でした。
おそらくは
互いに、あの頃を思い出して
ともに歩いてきた道のりを
手繰っていたような
そう思いたいものです。
他愛のない
スバラシの日々だっただないの?
このドラマの主題を
最後の最後に
見せたことのない最高の表情で
池脇千鶴さんに言わさせた
ふじきみつ彦さんの脚本
この一瞬のために
彼女を持ってきた。
そう言っても過言じゃない
ほんの一瞬のスバラシの表情
いかったですね。
半年間を括るに相応しい
池脇さんらしい表情
ありがとうございました。
それでは
次回「穀雨」の候まで
どうぞお元気で!
北海道 小柴ふあーむ
代表 和美
その夫 孝志
フェイスブックページ 「~勇気ある生き様~ 北海道 小柴ふあーむ」


































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































