屋島の合戦で源氏方に敗れた平家落人が隠れ棲んだといわれる平家谷。
広島県福山市沼隈町の山を分け入ったところにある。
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平家谷に赤幡 (あかはた) 神社が鎮座まします。
創建等の由緒は不詳のようであるが、平家の赤幡が祀られているらしい。
この平家ゆかりの神社では、紙垂 (しで。注連縄に付ける御幣) も赤い紙である。

拝殿と本殿。
右側の社殿には覆い屋根がかけられていた。
もとは、藁葺か檜皮葺なのであろうか。
左側の社殿には赤い垂はなく、白。。。ま、おいといて^^;
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源平の時代、源氏の旗の色は白、平家方の旗は赤であった。
源平合戦後、各地に足跡や伝説を残す平家の落人たち。
平家方の者は、源氏カラーである 「白」 を忌み嫌う風習があったようだ。
襦袢や帯などにも白は避け、綿や夕顔も植えなかったと言われる。
赤い襦袢に関しては、女性 (貞操か?) を守るという別の謂れもあるので、赤い襦袢=平家云々とは単純に言えないとは思うが。
少し話はトンで、、、
大半の日本人は、民族という概念をほとんど意識することはない。
というか、感覚認知しにくい概念かもと思う。
社会学的には同じ民族であるが、過去の敵味方を意識することもあまりなし。
「君は平家方? オレは源氏方なんよ。」 とか、関が原をひっぱり出して 「私は東軍、あなたは?」 なんてこと言う人は少ないであろう。
ましてや、南朝北朝どっち?とか、出雲?高千穂?ヤマト?なんてこと言わないし、はっきりわからないのが現状であろう。
会津と長州とか、浅野と吉良とか、しぶとく (?) その片鱗を残すゲマインシャフトもあるけれど。。。
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閑話休題、
ここは平家谷。。。
この光景を目の当たりにした私は、 「平家の赤」 を目に焼きつけざるを得なかった。
これだぁ!
じゃん!

真っ赤な椿であった。
平家の大群の姿なのか、滅び行く戦いの末期なのか、あるいは、、、

赤幡神社から更に奥にある通盛神社 (みちもりじんじゃ) には、瀬戸内海沿いの能登原 (のとはら) から、十数キロの山道を越え、平家蟹がお参りにくるという。
能登原は、屋島合戦などで敗走する平教経が落ち延びたが、ここでも平家方は敗れ、最期の壇ノ浦を迎えるにいたった地である。
平家蟹の話など単なる伝承にすぎない、とも言えないのではと幻想をいだかせる、赤幡神社の椿の鮮烈な赤の光景であった。
平家谷、有名な菖蒲園がこれから盛りなので、また機会があれば。。。噫、哀愁の平家谷の巻、了。
春2008シリーズ目次→ http://blogs.yahoo.co.jp/koshomasae/55642537.html
