全20話(評点:八星☆☆☆☆☆☆☆☆)
ランキングはこちら→ http://blogs.yahoo.co.jp/koshomasae/49600823.html
主演:ソン・ユリ、ソ・ジソブ、キム・ナムジン
惚れたぜ!:ウンビ
サイコー:ヒョヌ、忍者、タツジ母
お前は何者だ
私の母校に比較文化学部というのがあった。
現在、その名称の存在は定かではない。在学当時(って1980年代初頭、古っ)帰国子女や海外留学生がその大半を占めていた(らしい)私とはほとんど縁のない存在であった。その以前は国際学部という名で、アグネス・チャンや南沙織などの芸能人も在籍してた。比較文化、略して比文と言っていたが、知人のひとりが比文の意味を勘違いし「フィリピン文学ってマイナーだよなあ、フィリピンの作家ってひとりも知らないなあ」と真顔で話しかけてきた。「う~ん、確かに知らないなあ、やっぱタガログ語か?」と釣られそうになるも、「お前は何者だ」って普段の自分の言動は棚に上げて冷ややかに対応したものでR。
閑話休題。本作品のヒロイン「姫」ことプヨ・ジュ姫が「お前は何者だ」と言うセリフが何度かあった。これがなんとも涙をさそうのである。1400年の時を越えタイムスリップして現代に来てしまった姫の哀愁の積み重なった言葉に聞こえる。
やっと携帯の使い方をひとつだけ覚えた姫が、携帯の「1」を押して電話をかけるが出たのは留守電。その留守電メッセージに対して「お前は誰だ」と。ほぼ軟禁状態でのホテルでも室内電話で「1」をダイヤルするが誰も出ない。愛し求める男が出ると思っていたが電話の声は全く別人。絶望に近い不安と自分を取り巻く現実を受け入れざるを得ない状況。そこで涙するも、生き延びていく胆力を持ち合わせていたのは、古き扶余(百済)国の王女であるからだろうか。
姫を演じたソン・ユリ、めちゃめちゃ可愛いのである。ちらちらと調べたところでは人気グループの一人らしい。日本で言えばちょっと古いけどSPEEDのひとりってようなもんだろうか。演技は、日本でもよくあるケースのアイドルが主役やって「およよ、何じゃこりゃあ」みたなレベルであったかもしれないが、言葉がナニ言っているか分からない分だけ、セリフに対する違和感は全くなく思い入れたっぷりで観ることができた。声の低さもセリフ(字幕だけど)に合っていたよう感じた。
話しは戻って「お前は何者だ」は、作品のひとつのテーマでもあるよう思えた。自分にとって全く思いの遂げない現実ばかりに遭遇しながら時空を旅することによって、目の前の現実だけを現実として受け止めて生きていかねばならないことを示唆しているのだと思う。現代のインチョルはアリではなくインチョルであり、そして最後には生き続けるためユソクに身を委ねる。生き続けることがアリを記憶としてアリのままで存続させることであり、同時にアリとは違う愛し合ったインチョルをインチョルとして存続させることであると認識したのではないだろうか。
「お前は何者だ」が「お前は目の前にいるお前そのものだ」との認識に至り「今をありのまま生きる」という人間や自然界の根源的な原理を示したかったのではないかと思う。
ソンユリ・プヨ姫に「ヌグニャ(お前は誰だ)。」って言われたら、「サ、サランヘヨ(はぁと)」としか応えられそうにないな、がはは。。。会えるのか?
縁(ゆかり)
もうひとつの見処は「歴史」。
日本と朝鮮との古代における歴史や交流についてちょっと考えたり調べたりする機会を与えてくれたことである。
チャングムの時も感じたが、日本にとってたいへん馴染みの深い(馴染みだけでなく、文化や人的な伝承伝来や交流もたいへん深い)中国と朝鮮だけれど、中国の歴史は若干なりとも知っていても、朝鮮史に関しては日本からの関わり掛け(例えば、白村江や文禄・慶長の役や韓国併合など)のピンポイントでしかクローズアップされておらず、朝鮮史として独立したかたち(日本との出来事関係なし)での歴史の流れをほとんど知らない。その実、私の個人的興味の度合いの違いによるだけのものかもしれない。
チャングムの時代は今から約500年前の16世紀。日本は室町後期の戦国時代、中国は明、ヨーロッパはルネサンス期である。
一方、この作品の発端となる舞台は今から約1400年前の7世紀後半。日本は大化の改新、中国は唐、アジアヨーロッパではモハメッド(まさかアリの命名はここから?)のイスラム教が起こり、イスラム帝国、東ローマ帝国などが権勢を奮っていた時代であった。
作品「千年の愛」そのものはフィクションであるけれど、歴史的史実や伝承に基づいたエッセンスもそのモチーフに入っていると思える。
南扶余(ナンプヨ:三韓のひとつである百済のひとつの呼び名らしい)の滅亡という史実を最後の王女プヨ・ジュ姫に象徴させている。新羅・唐との戦いや関係をアリ将軍(百済軍:ジソブ)、ユソク将軍(新羅軍:ナムジン)、クムファ(新羅の命により百済王を色仕掛け、百済滅亡後後ろで糸をひく唐軍により殺害される)などを登場させる。そしてプヨ姫の伯母は大和朝廷の重要女性人物(プヨ姫に日本語を教える)であったり、ユソク=ナムジンの二役目であるタツジは日本を動かす藤原姓なのである。そしてこの藤原家に南扶余百済と日本朝廷の門外不出(のような)秘密があるという、実にワクワクしちゃうような設定なのである。
明仁天皇が日韓ワールドカップ前年の天皇誕生日前の記者会見で「桓武天皇生母が百済武寧王の子孫である」との続日本紀における記述を引用し「韓国との深いゆかりを感じている」発言もあった。
私なりに少しググってみたり、2~3冊の本を眺めたりするうちに、ある妄想が浮かんできた。
全く以って歴史学的にも文献学的にも信憑性はないと自負するものであるが(するな!)「プヨ・ジュ姫のモデルとなる人物は実在したのではないか。そして日本の歴史に大きく関わる運命を背負っていたのではないか。」というものである。
小説やシナリオ風にしたためる文才があればいいのだけれど、気の向くまま妄想空想の雑文程度でそのうちアップしようかな~なんて思ってみたり。何にしても時間的余裕もないのでいつにあることやら、ね~。
題だけは決めてたりしています。
ジャン!
妄想ドラマ「千年之絆(続千年之愛外伝)」なんちゃって。
え~っと俳優さんは誰にしようかな~、がはは。
来た道があるなら、帰る道もある
お、なんだか真面目に語ってしまった、2トピックスも。
おまけに二つ目は妄想。
で、やっぱジソブなわけでありまするよ。
時代劇なかなかカッコよかったと思うな、似合ってた。あとあの指貫(だよね)がいろいろあって興味をひいた。何にしても、あのジソブ目は健在。
タツジことキムナムジン、12月の熱帯夜以来2回目のお目通り。今回は暇だったのあだ名付けた。「駱駝(らくだ)」って呼んでた。「来た道があるなら、帰る道もある。」はタツジの名言。
ウンビに惚れ(タイプでッス、がはは。相変わらず)、段田安則ヒョヌを応援し、インス親分@ガラスの靴の変わりように涙しておりました~。チョ・サンベ@バリ出来のオカマは醜かったですね~~~。
ん~、作品全体としては中盤が話しの進展がありそうでまたここに戻るのかよ~ってダレダレ~状態だったり、同じシーンの反復も結構あって少々眠いです。ヘンな日本語(ま、ネイティブじゃないんだからあれだけできればハナ丸だと思うな。日本の番組で英語あれだけ使ったり、ましてや韓国語じゃできないんじゃないかな、大地の子の上川なんて突出した例外は除いて。)を楽しむとかね。あれを全部聴き取れたらたいしたもんだ。字幕ほしいよね~。輪舞曲ロンドでも欲しかったけれど、ってチェジウじゃなくて日本人役者の方もね。
やっぱ、タツジ母と忍者は盛り上げてくれましたよ、でござる。ニンニン。
