CHAPTER 5:激動の60年代中期
 
D-35発表の後、マーティン社はブラジリアンローズウッドの供給減少と急速に拡大したギターマーケット―フォークミュージックがブームとなっていた―と言う相反する問題に直面した。新たに輸入されたインディアンローズウッドはギター材として使用する前にさらにシーズニングする必要があった。結果としてマーティン社は在庫のブラジリアンローズウッドの原木から今までとは違った裁断を行ないそれらの更なる有効利用を始めた。1969年の暮れまでにはインディアンローズウッドへの変更が完了し、D-21#254498がいままでとは区別された正規のインディアンローズウッドギター第一号となった。
 
変更はそれだけに留まらなかった。それ以外にも幾つか親しまれた特長が同様に姿を消した。1967年には硝酸塩を基礎とした鼈甲色プラスティック、D-18,D-21ではボディの縁取りに、またすべてのドレッドノートにはピックガードとして使用されていたが、今後の使用と備蓄を考え、より安定した原料としてアセテートを基礎とするブラックプラスティックが鼈甲色に取って代わった。親しまれた象牙色(アイボロイド)のボディ縁取り、D-28、D-35にほどこされていたが、それもボルタロンとよばれる供給性にまさるよく似た材料に代えられた。
 
その他の変更としては、(たとえ不注意であったとしても)60年中期のマーティンギターのヘッドが丸みを帯びた形状になった事が挙げられる。マーティン三世から直接話を聞いたと言うロングワース氏によれば、ずっと使っていたギターヘッドの木型が長年の使用で本来角張っていた角が磨り減り、丸みを帯びてしまったとの事。結局新たに金属製の型が作られギターヘッドの角は再び角張った形状に戻った。
 
1968年の4月9日には更に深刻な変更が行なわれた。この日からマーティン社はブリッジプレートにそれまでのメイプルから代えてローズウッドの使用を始めた、補強材として小さな木片が表面板の内側、ブリッジの真下に糊付けされた。マーティン社はまたブリッジプレートを大きくした。
 
重いブレーシングの採用20年前から構造的な安定性において問題をかかえていたマーティン社にとって大きくて重いブリッジプレートの採用はその回答であったように思われる。が、しかし、もし、仮にこの期間において作成されたギターのそれ以前と以後の決定的な違いを一つ、確信を持って指摘しなければならなかったならば、ボディに違うローズウッドを使ったとか、プラスティックの色が変わったとか、ギターヘッドの形状が変わったとか、その他の目に見えるたくさんの部分の事を言うよりむしろこの一見無害に思えるギターの内側の木片を挙げなければならない。
 
ここで、興味深い事を記そう、80年代半ばの期間にマーティン社はライン全体でスキャロップド・ブレーシングや小さいメイプル製ブリッジプレートを含む多くの戦前のヴィンテージ仕様を復活させはじめたのだ。