急激な円安が、続いています。今年(2022年)初頭に1ドル=115円であった円/ドル為替レートは、今週には144円前後にまで円安になっています。つまり、今年8ヶ月間のうちに1ドル30円近く円安が進んだということです。

 

 

 マスコミ報道では、この為替レートは今から24年前の1998年の水準に等しいとの報道が盛んですが、しかしこれは日本とアメリカの物価上昇率の大きな差を無視した非科学的な論であることは、このブログで何度も繰り返して説明してきたとおりです。

 

 実際には、日本とアメリカの物価(消費者物価)を考慮に入れて実質円/ドル為替レートを計算すると、1970年を基準として今(2022年7月平均)の為替レートは1ドル=316円で、これは今から51年前の1971年の年末(11月:320円、12月:313円)と同じ値です(下のグラフを参照ください)。

 

出典:筆者作成。

 

 つまり、日本の円の価値は、戦後四半世紀後(26年後)の時代にまで戻ってしまったということです。日本の本格的経済復興は、1950年に勃発した朝鮮戦争がもたらした特需より始まっていますから、そこを基準にすると日本の経済復興から21年しか経っていない頃にまで戻ってしまったということです。日本の経済水準をアメリカのそれと比べれば、ということです。

 

 その頃に、一般の日本人が海外旅行に出ることは誠に贅沢なことでした。私がアメリカ留学に出発したのはその4年後の1975年のことでしたが、出発に当たって課の全員が羽田空港まで見送りに来てくれました。あるいは、海外旅行に出ることができた人は、その幸運をおすそ分けするために空港の免税店でジョニ黒を何本もお土産に買って帰った、そんな時代でした。

 

 最近のマスコミは、ハワイには富裕層しか行けなくなった、と伝えていますが、これは今が1970年代初頭の頃に帰ったことを具体に示しているのだ、と私は受け取っています。1961年にサントリーが始めた「トリスを買ってハワイへ行こう」キャンペーンは、当時の日本人のハワイ利旅行へのあこがれをくすぐって大成功したのですが、2022年の日本で同じことをすれば、再度の成功をおさめられるかもしれません。

 

再び「夢」となったハワイ旅行(ワイキキビーチのサンセット)

【画像出展:Wikipedia File:Waikiki-Oahu-sunset-Janine-Sprout.jpg

、Author:Janine Sprout】

 

 円は24年前にまで遡るほどに安くなったというマスコミ報道がまったくの誤報であることは以上に説明したとおりですが、もう一つの重大な誤報があります。

 

 それは、円/ドル為替レートは日本とアメリカの金利差によっておおよそ決まるという説明です。このことが誤りであることは、今年に入ってからの円/ドル為替レートと日米金利差の変化の様子を見比べてみるだけでもわかります。

 

 下に、今年に入って以降の2つの指標を並べたグラフを示していますが、確かに今年1月から6月前半までは円/ドル為替レートの変化はほぼ完全に日米金利差の変化で説明できていたのですが、しかし6月半ば以降7月半ばまでの1月間は、日米金利差は縮小していたのに、円安は進行し続けていたのです(下のグラフを参照ください。日米の金利差は、両国の10年国債金利の差としています)。そして再び2つの指標が連動し始めたのは、7月半ば以降のことです。

 

出典:筆者作成。

 

 この間に何が起こっていたのかは、2つの指標の相関図を描いてみるとよりはっきりとわかります。(下のグラフを参照ください)。

 

出典:筆者作成。

 

 円/ドル為替レートと日米金利差は、1本の直線の相関直線では表せず、2本の相関直線が必要となります。そして最初の相関直線と現在の相関直線の間にはおおよそ8円の乖離があります。さらに、9月7日には、円/ドル為替レートはこの2つ目の相関直線から再び離れて円安傾向を強めており、この日の為替レートは最初の相関直線に当てはめると10円も円高になっています。

 

 つまり、今年初め以来の1ドル30円の円安幅のうち、その3分の1の10円は日米金利差では説明できないのです。

 

 

 このことは、今後の円/ドル為替レートが日米金利差の動向だけでは決まりそうにない、ということを示しています。

 

 アメリカの景気が予想よりさらにいいので、今後FRBは金利を上げていくだろうから、今年末には1ドル=170円の水準にまで上がるだろうと主張する「経済専門家」は多数いるのですが、この主張の根拠はまるで薄弱なのです。

 

 数か月先までの長期予測をするというのであれば、円/ドル為替レートと日米金利差の長期間にわたる過去の関係を確認しておく必要があるはずなのですが、1990年以降のこれら2つの推移を同じグラフの上の描いてみると、これら2つの指標の間に常に順相関関係があったわけではないということが知れます(下のグラフを参照ください)。

 

出典:筆者作成。

 

 1990年以降の2つの指標の推移を見てみると、それらが常に順相関しているわけではないどころか、頻繁に1年以上単位での長期にわたる逆相関の時期があることがわかります。つまり、日米金利差は短期間にわたる円/ドル為替レートの決定要因の1つに過ぎないのであって、その動向が長期にわたって円/ドル為替レートの推移を決定するわけではないのです。

 

 

 今年6月半ば過ぎから2つの指標の間に相関関係が失われたときに、多くの経済ジャーナリストは、それは日本の国際収支が急速に悪化しているためだ、と説明したものです。

 

 それでは、それ以降日本の国際収支はどう変化したかというと、日本の貿易収支を12ヶ月移動累積値の動向で見ると、貿易収支の悪化はさらに加速しており、それにつれて貿易収支の他にサービス収支と所得収支を合わせて計算される経常収支も急速悪化し続けており、今年中にほぼゼロ水準にまで至る勢いです(下のグラフを参照ください)。

 

出典:筆者作成。

 

 だとすれば、円は日米金利差が拡大する以上の速さで進むはずだ、ということになります。

 

 しかし、経常収支が円/ドル為替レートの推移におおいに相関関係をもっているかというと、そうでないことは下のグラフを見るとすぐにわかります。

 

出典:筆者作成。

 

 同様に、貿易収支と円/ドル為替レートの推移の間にもほとんど相関関係がないことは、下のグラフを見ればわかります。円安になると貿易収支が黒字になって日本経済が潤うと説明する経済学者や経済ジャーナリストが多くいますが、過去の統計は、円安が進行しているのに貿易収支が悪化していることが年単位の長期にわたって頻繁に起こっていることを示しています。

 

出典:筆者作成。

 

 だとすれば、円/ドル為替レートが日米金利差と今年の6月半ばまでと今年の7月半ば以降でその関係をどうして変えたのか、という合理的な説明はない、ということになります。「経済専門家」と自称する人たちは、円/ドル為替レートの動向が変わる都度、その時の短期間の変化を説明できる別の指標を見つけてくるのですが、その傾向が再び変化すると、性懲りもなく別の指標を探して当てはめるだけで、長期にわたって為替レートの変動を一貫して説明できる経済指標をもち合わせてはいないことについて、一切の反省はありません。

 

 こうして、世の「投資家」たちはその都度円買いやドル買いに右往左往することになります。そしてそれは、一々の取引を仲介する人たちの収入を増すことに貢献するという効果だけはもっているのです。

 

 

 それでは、円/ドル為替レートの変化を長期にわたって説明できる単純な経済指標はないのか? 一つある、と私は考えています。

 

 それは、日本とアメリカのGDPの比率です。

 

 下に、日本とアメリカのGDPの比率と円/ドル為替レートの推移を同じ時間軸に載せた一つのグラフを提示します。ただし、このときの円/ドル為替レートは名目値ではなく、日本とアメリカの物価(消費者物価)の違いを考慮に入れた実質円/ドル為替レートです。下のグラフでは、1970年を基準とした実質円/ドル為替レートの推移を示しています。

 

出典:筆者作成。

 

 このグラフでは、1970年代半ば以降、現在まで、1985年の強引に円高誘導を図ったプラザ合意のとき、そして2008年のリーマンショックに端を発した世界的景気後退期にアメリカ経済が日本以上に大きなダメージを受けたときの以降数年間の期間を除いて、つまり20世紀後半から21世紀初頭にかけての世界的な経済異常時を除いて、およそ半世紀にわたって実質円/ドル為替レートは日本とアメリカのGDP比率によってほぼ完全に説明されていることをはっきりと示しています。

 

 

 「円/ドル為替レートは、結局のところ、日本経済の力の大きさの反映だ」と信じている人が時々いますが、実際にそうなのです。そして、そのことを科学的に実証する統計があるのです。

 

 これによって、今後の長期的な円/ドル為替レート、但し実質値、の行方を推定することができます。アメリカの経済成長の力は依然として大きく、一方、日本のGDPは30年間にわたって長期に停滞しており、また現在のGDPはまだコロナ前の水準を回復できないままでいます。

 

 だとすれば、今後とも(実質)円安は続くことになります。そしてそのことは、さらに日本の経済力を大きく失わせることになります。

 

 

 その日本の経済力の弱さは、日本の株価にも現れています。

 

 2008年のリーマンショックに端を発した世界的景気後退期から一応の回復を遂げた2010年代以降、そして特に第2次安倍内閣が異次元の金融緩和策をとって以降、日本の株価(日経平均)はアメリカの株価(ダウジョーンズ)を追随する勢いで大きく上昇した、と一般には理解されています(下のグラフを参照ください)。

 

出典:筆者作成。

 

 しかし、日本とアメリカの株価をその間のアメリカの物価上昇を考慮に入れた実質ドル価値に換算してみると、2つの株価にはまったく違った動きが見られることがわかります(下のグラフを参照ください)。

 

出典:筆者作成。

 

 その違いをさらに分かりやすくするように、2010年の平均値を100として、現在までの株価の推移を表したのが下のグラフです。

 

出典:筆者作成。

 

 こうして見れば、一つにはアメリカの株価の上昇率は日本の倍ほどあること、そして、二つには、現在の日本の株価はコロナ前の水準を大きく下回るほどの水準まで安くなっていることがわかります。こうなっているのは、海外の投資家が日本に対する興味を大きく失っているためだ、と9月6日付の日経新聞(『日本株、迫る「不都合な円安」』)は伝えています。

 

 こうして、日本は先進国を中心とした世界経済市場から急速に切り離されつつあるのです。

 

 

 上で、(実質)円/ドル為替レートは日本とアメリカのGDP比率によって決まると言いましたが、しかし、もし日本国債の発行残高が上限値を超えたと世界市場が判断して、日本の貨幣である円についての信用が崩壊するようなことがあれば、その時にはそのような合理的に説明できる範囲を超えて、破滅的な円安に至る可能性が大いにある、ということは、最後に付け加えておかなければならないでしょう。

 

 私は、2024年中にハイパーインフレが始まる可能性が高いと従来より主張してきましたが、最近私たちが経験している円と株価についての異常な暴落は、あるいはそのことが間近に迫っているということの兆候だ、と考えていいのかもしれません。読者の皆さんは、どのような思いでいますか?