「GAFA」という言葉が、しばしば使われます。これは、グーグル、アップル、フェースブック、アマゾン・ドット・コムの4社の頭文字を並べてできた言葉で、アメリカ経済をけん引する巨大IT企業の総体を指す、と説明されています。

 

 この4社にマイクロソフトを加えて「GAFA+M」と呼ばれてきたが、フェースブック社がメタと企業名を変えたので、今ではこれを「GAMMA」と呼ぶべきだろう、というのが『日本が先進国から脱落する日』を著した野口悠紀雄の主張です。しかし、その造語は馴染みがないので、私は以降も「GAFA+M」と古い名前で呼び続けることとします。

 

 「GAFA+M」の株式時価総額の合計額は大きくて、それだけで日本の上場全社の合計額の1.4倍に相当する、という野口の説明はその通りです(5社合計:7.7兆ドル、日本の株式時価総額合計:5.6兆ドル〔2022年6月3日〕)。下にアメリカの株式時価総額トップ10社の時価総額を示したグラフを載せています。

 

出典:8marketcap.comが示すデータを素に作成。

 

 しかし、メタ社よりEVメーカーのテスラ社の方が株式時価総額が大きいことは覚えておいてください。また、台湾の半導体ファウンドリー(受託製造メーカー)であるTSMC(台湾積体電路製造:Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)社の株式時価総額もメタ社のそれとほぼ同額であり、映像用半導体メーカー(但しファブレス〈工場をもたない〉)のNVIDIA(エヌビデアコーポレーション)もメタ社やTSMC社とほぼ同額であることも覚えておいてください。

 

 では、これら5社はアメリカ全企業の中で売上高が最も多い企業なのかというと、そうではありません。下に、2020年のアメリカの売上トップ20社の売上高を示したグラフを載せていますが、アマゾンが全米第2位、アップルが全米第3位にありますが、グーグル(アルファベット社)は全米11位、マイクロソフトは全米第18位、さらにメタ社は全米第34位でしかありません。

 

出典:strainerが示すデータを素に作成。

 

 ではいったい5社が揃ってランキング上位にいるのはどのような指標についてか、というと、それは企業純利益についてです(下のグラフを参照ください)。アメリカで2021年に純利益額が最も多かったトップ5社は、「GAFA+M」でした。

 

出典:『フォーチュン・グローバル500 2021年度版リスト』に示されたデータを素に作成。

 

 しかしこのグラフでも、台湾の半導体メーカーであるTSMC社の純利益額は、アマゾンより多いというが示されていることもまた、覚えておいてください。

 

 

 さて、野口は、「GAFA+M」の「資産」はいわゆる「ビッグデータ」であって、工場、店舗、機械設備といった通常言うところの「資本」をもっていないので、伝統的な意味での「資本主義」からは脱して、「情報資本主義」の段階に至っている、と主張します。だから、アメリカの資本主義はすでに「情報資本主義」とでも呼ぶべき「新たな資本主義」に変革しているのだ、と言うのです。

 

 しかしです。株式時価総額と純利益額で全米トップであり、売上高も5社の中で第2位の位置を占めるアップル社の売上の84.2%は、携帯電話機のiPhone、パソコンのMac、携帯パッドのiPad、さらにはウエラブル端末と言ったハード機器です(残りは〈ネット通信を活用した〉サービス。下のグラフを参照ください:但し、2022年第1四半期)。アップルは、ビッグデータを資本として事業を行っているわけではありません。

 

 

出典:statistaが示すデータを素に作成。

 

 純利益額がアップル社に次ぎ第2位のマイクロソフト社の売上は、サーバー・プロダクト及びクラウドサービス、オフィス・プロダクト及びクラウドサービス、パソコンOSのウィンドウズ、ゲームソフト、ビジネスに特化したSNSのリンクトインといったようなソフト及びクラウドサービス、さらにはネットワークのプラットフォーム提供事業です(下のグラフを参照ください)。マイクロソフトは、膨大な量のデータを扱う企業に、データを処理するソフトを提供し、またそのデータをストックして管理するサービスを提供することを主たる事業としているのであって、自身がビッグデータを「資本」としてそれを活用することによってビジネスを行っているわけでありません。

 

 

出典:bunsekizaimu.comが示すデータを素に作成。

 

 だから、ビッグデータを「資本」として使った事業を専らとしているのは、「GAFA+M」のうちのグーグル(アルファベット社)とアマゾン・ドット・コム社だけです。旧フェイスブック(現メタ社)も、情報ネットワークのプラットフォームを提供しているに過ぎず(収入のほぼ全額は広告収入です)、自社がビッグデータを「資本」として使った事業を行っているわけではありません。

 

 そして、野口は、ビッグデータを活用するわけではないが、半導体を供給する先端企業も半導体の企画・設計はするが自らは工場をもたないソフトな企業であるということを根拠に、新しい「情報資本主義」の部類に属する産業であると説明しています。実際。NVIDIAだったりインテルはファブレス(「工場をもたない」の意)で、「GAFA+M」と同等程度に大きな株式時価総額をもち、巨額の収益を稼ぎ出しています。では、これらの企業が放棄した半導体製造という事業は先端的でなく、生産性は低いものなのか?

 

 しかし、それらの企業からの委託を受けて半導体を製造する台湾のTSMCは、「GAFA+M」やNVIDIAやインテルと同等なほどに巨額の株式時価総額をもっており(アメリカでは第7位に相当します)、利益はアメリカで第5位にランクインするほどの額を産み出しています。そして、売上高に対する利益の割合は2021年に49.7%という高率をたたき出しています(おそらく業界世界トップ。インテルの2020年利益率は24.1%)

 

台湾新竹市にあるTSMCの工場

【画像出展:Wikipedia File:Tsmc factory hsinchu.JPG、Author:Arusanov(工場)、File:TSMC-Logo.svg(ロゴマーク)】

 

 野口は、製造業というと精々が10%ほどの利益率しか稼げない生産性の低い産業だと理解しているようですが、TSMCは「GAFA+M」に劣らないほどの生産性の高さを実現しているのです。

 

 さらに、株式時価総額で全米5位でありメタ社を上回るテスラは、EVというハードを産み出す製造業という産業に属する先端技術企業で、日本の超優良企業であるトヨタよりはるかに高い利益率を産み出しています(2021年4期の純利益率:14.7%。同期のトヨタの純利益率:10.0%)。

 

 これはテスラが既に単なる運輸機器メーカーから脱して自動車をコンピュータ制御する情報プラットフォームを開発して世界で生産される今後のEVの大半に共通に利用されることを計画し、あるいは自動運転システムについても他メーカーが生産するEVに共通して利用される情報プラットフォームとしようとしている姿勢が投資家のみならず、購入後もオンラインで性能アップができる点が消費者にも高く評価され、さらには販売についても店頭割引販売を行わずに販売費を節約しても、他社の製造するものよりも高い価格でも消費者に売る戦略の実現に成功しているからです。

 

自動運転のため「情報化」されたテスラモデル3の運転席

【画像出展:Wikipedia File:The Model 3 Interior.jpg、Author:Steve Jurveston】

 

 つまり、野口も認めるように既にハード機器をつくる製造業と情報ソフトウェアを開発し供給する情報ソフト産業の間の垣根がなくなっているのであり、アメリカをリードする巨大IT企業群の中にテスラ社を加えて考えないことは現在のアメリカの先端産業のあり様を無視したものとなっているのです。だからアメリカの株式時価総額のトップ5社の一角にテスラ社が顔を出している、というのはむしろごく自然なことなのです。

 

 さらには、株式が公開されていないテスラと同じCEO(イーロン・マスク)が経営するスペースX社も、産業分類としては製造業に当てはまると思いますが、しかし、アップル社やインテル社を上回るほどの情報に関するものを含む最先端技術をもった超優良な企業で、今後のアメリカと世界の宇宙産業を先導する企業として大活躍するであろうことは、確実です(2021年での企業価値=0.10兆ドル)

 

 このように、アメリカの経済をけん引する企業の産業分類は多様であり、ビッグデータを扱う企業のみが現在のアメリカ、あるいは世界の産業の最先端部分を代表しているわけではありません。そして、アメリカが“捨てた”はずの受託生産という業態の企業が、実はその委託元企業と同等以上に高い生産性を示すことができるということが、台湾のTSMCによって証明されています。他を寄せ付けないほどの先端技術を開発することに成功した企業は、分類上は「製造業」に属したとしても、高い生産性をもった最先端産業の一部になれるのです。

 

 さらに、2020年にコロナウイルスによるパンデミックが世界を襲った時に、一早くメッセンジャーRNA型ワクチンを開発して提供したファイザー社とモデルナ社は、ともにアメリカの製薬企業という産業分類上は「製造業」に属する企業です。しかし、IT革命に触発されてアメリカ等で起こった製薬技術革命(物理化学製薬→生物化学製薬)を起こし、現代世界の最先端医薬産業をけん引する世界トップ10社のうち5社は、アメリカの企業です(なお、ファイザー社の株式時価総額は、メタ社の5割を超える0.30兆ドル〔2022年6月3日〕)。これらが「ビッグデータ」企業より価値が劣る、とは私には思えません。

 

 なお、台湾にはメディアテックというスマホを制御するCPU(演算用半導体)を製造する企業があり、その売上高は2021年にはスマホ用CPUで世界市場を一時独占していたクァルコム社のそれを上回ってしまっています。こうして、台湾は、ファブレスのメディアテック、そして工場をもって高性能半導体を受託製造するTSMCという2つの超優良な世界最先端半導体企業を揃えてもち、今やメモリ用の半導体しか製造しない韓国のサムスン電子が叶わないほどに世界の半導体産業をけん引する勢いを獲得しています。こうして、台湾とアメリカのIT機器産業は太平洋という広い海を隔ててはいるものの、韓国や日本を凌ぐ高性能最先端の技術を共有する一体の産業を形成しているのです。

 

 なお、TSMCとインテル社は、ともにアメリカのアリゾナ州で新工場を建設中です(前者は120億ドル、後者は200億ドル投資)。また、テスラ社は先々月(2022年4月)にテキサス州オースティンにアメリカで2ヶ所目となる新工場を稼働しています。製造業を十把一絡げにして生産性の低い古い産業だと理解するのは間違っています。アメリカでは最先端の技術を駆使した新しい製造業が発展し、アメリカ経済の成長を支えています。

 

 翻って日本では、製造業というジャンルの中で、先端的技術が生まれ、あるいはそれを体現するベンチャーが育たない、ということが問題なのだ、と思います。そしてその遠因は、日本経済の縦割り体質にあるのだ、ということは先週のこの連載を始めるという紹介記事の中で書いた通りです。

 

 

 こうして、アメリカと台湾の最先端で高生産性をもつ企業群全体を見渡せば、世界経済の最先端部分がビッグデータを扱う「GAFA+M」、或いは野口が言うところのGAMMAにあるわけではない、ということがわかると思います。

 

 そう言う視点をもつと、かつてはメモリ用半導体で世界市場を席巻し、いまでも画像用半導体製造でNVIDIAの6割の売り上げを稼ぐソニーという優良企業をもつ日本が、世界産業の最先端部分とはまったく無縁な位置にあるわけではないということに気が付きます。ソニーは、完全自動運転EVという分野においても、トヨタよりはるかにその最先端部に近い位置にいます。しかし、今の日本の最先端産業部分は、ソニー1社に細々と支えられているに過ぎない、というところが今の日本の問題点である、というのが私の基本認識です。

 

 

 それでは、大きな経済変革を遂げていると野口が主張するアメリカの産業構造は、2010年から20年までの10年間にどのように変わったのか? それを、この期間中にアメリカの産業分野別の生産高と就業者数がどの様に変化したかを見てみました。下に、この期間中のそれぞれの年平均変化率を表したグラフを載せています。

 

出典:アメリカ労働省“Employment by major industry sector”に示されたデータを素に作成。

 

 これからわかるように、情報産業の生産高が急速に成長したのですが、しかし就業者数は逆に減っています。小売と卸売についても生産高は急速に成長したのですが、しかし、就業者数はほとんど増えていません。これが、アメリカの情報産業の成長がアメリカ社会にもたらした「成果」です。生産高は増えても、その殆どは生産性の拡大によって実現されており、その産業に従事する就業者はほとんど増えてはいないのです。

 

 これは、情報関連産業に携わる経営者、あるいは幹部管理者、あるいは企業の株主にとっては大きな所得増をもたらしたものの、一般の労働者にはその恩恵はほとんどもたらせられなかった、ということを示しています。

 

 では、アメリカの産業が発展(年平均1.6%成長)したことの恩恵は一般市民にどのようにもたらされたのか?

 

 それは、建設、保健・社会福祉、金融・保険といった産業での生産高が伸びた分、それとほぼ同等の就業者数が増えたことに拠っています。つまり、これらの産業分野ではアメリカ経済の発展、或いは人口の高齢化にに伴って需要が増えたのですが、これらの伝統的な産業ではほとんど生産性を拡大することができなかったので、需要の増大を就業者数を拡大、つまり雇用を増やす、ことによって賄ったのです。これらの「労働集約型」産業では、賃金は上昇したが、その上昇率は情報関連産業に従事する経営者や管理者たちほどには高くはなかったのです。

 

 これによって、アメリカの所得格差はさらに開いた、と思われます。

 

 

 特徴的なことは、プロフェッショナル・ビジネスサービスの生産高が急速に増え(年平均2.5%増)、それに伴って就業者数も増えた(年平均1.9%)ことです。一見先端的に見えるサービス産業分野ですが、生産高と就業者数の伸び率の間には大きな差はなく(年平均0.6ポイント)で、総平均のそれぞれの伸び率の差とほぼ同等です。情報化の発達によってこの産業分野での生産性が大きく拡大することはなく、言葉のイメージとは裏腹に、この産業分野もやはり「労働集約型」なのだ、ということがわかります。

 

 「企業経営」という分野での就業者数は増えているのですが、この多くはいわゆる「MBA(Master of Business Administration)」(経営修士号)取得者が、企業の中で生え抜きで管理者や経営者に就くというのではなく、大学院卒業後いきなり管理者のポストに就く、あるいはその後企業間を渡り歩いて経営者ポストに就くといったアメリカ独特の流動的な労働市場構造を反映したものです。しかし、そのような先端的な部分は、プロフェッショナル・ビジネスサービス産業全体の大きな部分を占めているわけではない、ということのようです。

 

 

 一方、運輸・倉庫産業がその生産高を大きく伸ばしてはいない(年平均1.0%)のに、就業者数が急速に増えています(年平均2.9%)。これは、宅配便サービス需要が大きく増えたのに対して、低賃金で雇われた労働者が多くいることを示しています。そうしてこの産業全体では、労働生産性の平均値が大きく低下したのです。全産業の中で労働生産性の低下が見られるのは、この産業分野のみです。

 

 このようにして、情報関連産業で技術革新によって労働生産性が急速に向上して、生産高が増える一方で就業者数はほとんど増えない半面、一部の産業(運輸・倉庫産業)では労働生産性が低下して低い賃金で多くの雇用者を吸収して生産高を伸ばす、という現象が起こっています。

 

 

 これが、アメリカの2010年から20に至るまでの間の産業発展と就業構造変化のおおまかな景色です。

 

 IT技術開発に成功した情報産業はアメリカ経済を世界の先進国の中で最も速く発展させたが、しかし一方、労働集約型の産業発展とそこに従事する労働者の低賃金も同時に産みだした、ということなのです。このアメリカ産業の「陽」と「陰」とのコントラストを十分に知った上で、アメリカの産業発展の実態を理解し、そして日本の今後の経済発展をどのようにするのか、ということを考えなければならないと思います。

 

 なお、この他に全体統計には現れませんが、テスラ(EVメーカー)やスペースX(ロケット・宇宙船メーカー)のような先端技術開発が急速に進み、労働生産性もおおいに向上している「製造業の先端部分」もある、ということを忘れてはいけません。そして、そのような製造業の大いなる可能性を台湾の半導体ファンドリでーあるTSMSが示しているということも、覚えておかなければならない重要なことです。

 

 野口のアメリカの産業は「ビッグデータ」活用企業の発展に支えられていて、アメリカの資本主義社会は「情報資本主義社会」に変革されたのだ、というような一面的な理解は、今後の日本の経済発展を考える知識の基盤としては不適当だ、と私は思います。

 

 台湾は、半導体産業を発展させ続けることによって国の存続を確保する決意で必死で励んでいますが、日本は、「一本足打法」でその5倍以上の人口を高所得で養い続けることは叶わない、というのが私の考えです。