連載『2020年代、ゼロサム自動車産業の行方』の前回、2021年8月27日付『テスラは、EV電池業過も席巻する!』では、最後に全固体電池について誠に初歩的な資料の読み違いを行い、重大な記事の一部削除を行わなければならない羽目に追い込まれてしまいました。改めて、読者の皆様にかけたご迷惑についてお詫びします。
それは、全固体電池の将来見通しについてのことであり、そしてそれを先導するとされるトヨタ自動車のEV搭載電池開発の将来見込みについてのことでした。
資料の読み違いをしたという事実に打ちのめされながら、どうしたら読者に正確な情報を提供し直すことができるだろうと思案しあぐねていたところ、そのチャンスをトヨタ自動車自身が与えてくれました。
トヨタ自動車は、3日前(2021年9月7日)にオンラインで『電池・カーボンニュートラルに関する説明会』を開催して、その中で全固体電池についてのトヨタの開発状況や今後のEV等への搭載について詳しく説明してくれ、さらにそのすべてについての様子をライブ中継してくれたのです。
ただ、その様子はテスラのEV開発を丁寧にフォローしてきた私にとっては、少し違和感のあるものでした。
オンライン説明会に登場したのは、4人のトヨタの幹部です(Chief Technology Officer:前田昌彦、Chief Production Office:岡田政道、Chief Communication Officer:岡田准、President, CN Advanced Engineering Development Center)。これらの4人はすべて、日本の業界での説明会ではまったく通常の様子ではあるのでしょうが、ダークスーツを着て、地味なネクタイを締め、テーブルを前にして、終始きちんと座ったままプレゼンし、あるいは記者の質問に答えていました。オンラインであったので、多少の制約はあったということは認めなければなりませんが、、、。
これに私が違和感をもったのは、これよりおよそ3週間前の8月19日に開かれたテスラの自動運転技術の進捗具合を詳しく説明する、日本ではテスラが人型ロボットの開発を発表したとして報道された、『テスラ・AIデー』の様子とまったく違ったからです(これもネットで全中継され、ネット上に残されています)。ここでは、テスラを率いるイーロン・マスクは黒の革ジャンを着込み、若い数人の技術者たち、そのうちの2人はインド生まれ、は右胸に「AI」とプリントした黒のTシャツを着て、すべての人たちは終始舞台上で立ったまま、あるいは時々歩き回りながら後ろに投射された魅力的な動画を利用してプレゼンを行っていたのです。
トヨタとテスラが説明会で費やした時間はどちらも2時間余りで変わりませんが、「伝統的会社」と「先端ベンチャー」の違いを視聴者にはっきりと見せていた、と私は思います。どちらがEVの未来を拓く会社か、これだけで答えがわかってしまいそうです。豊田章男社長は、イーロン・マスクとEVの開発・販売事業を共同で行った頃以来(2012年開始、2014年終了)、ノーネクタイで舞台上に立つというスタイルを見せていますが、しかしそれが企業風土に拡がっていないことは、9月7日の説明会の画像が証明しています。
さて、全固体電池についてです。トヨタ自動車自身が主張するように、トヨタは、世界で全固体電池開発の最先端にいる企業の代表格だということには間違いがありません。ですから、トヨタの全固体電池開発についての現状を理解すれば、おおよその全固体電池についての現状と未来が知れ、同時に全固体電池を搭載するEVについてのトヨタの開発・販売計画もおおよそ知れる、という具合です。
それでは、9月7日にトヨタの前田昌彦CTOたちはどのような説明を行ったのか?
まず、全固体電池についての技術開発の現在での到達点と今後の進捗見込みについてです。
トヨタは、昨年8月に全固体電池搭載EVとして世界初となる公道を走れるナンバーを取得して、既に走行実験を行っており、走行データを収集しています。それに基づいて以下の所見を得た、と前田CTOは説明しています。
全固体電池は「高出力化」を実現できるので、EVより先行してHEV、ハイブリッド車、に搭載することで全固体電池の良さを活かすことができる、と説明します。
ハイブリッド車は、発進時~低速走行中はモーター、エンジン効率の良いスピードになってからはエンジン、急加速時はモーター+エンジンと、モーターとエンジンを適宜切り替え、あるいは同時に動作させて走るというコンセプトでつくられています。こうした走りをすることによって「低燃費」を実現している、というのがハイブリッド車の売り文句です。
しかし、「全固体電池を搭載すると高出力化できるのでハイブリッド車にいい」というのは、こうした基本的な低燃費車としてのハイブリッド車の特性をさらに強調するということではなく、高出力のモーターとエンジンを同時に使えば今まで以上の急加速ができることができる、というのが全固体電池をハイブリッド車に搭載する意味だ、ということなのでしょうか?
だとすれば、これはEVを学んできた者にとって、少し奇妙な説明です。
テスラ等の先端的メーカーが生産しているEVの加速性能が、ガソリン車を大きく凌いでいるというのは、既によく知れているところです(下に、EVとガソリン車の加速イメージを示しています)。
出典:日産自動車資料を基にNeV(㈳次世代自動車振興センター)が作成したものを筆者がコピー。
ネット上には、高速道路上で1リットルバイクをEVが加速して軽々と置き去る映像がアップされたりしています。
しかし、EVと自動運転の技術は不可分だと主張するテスラを率いるイーロン・マスクは、「EVが搭載するモーターは瞬時に最大トルクを発生することができるので、自動運転を司る車載コンピュータの指示に車体が瞬時に反応することによって、車体を効率的に、そして迅速に操ることができ、そのことが運転の安全性を向上させる」と説明しています。つまり、車載電池の性能が向上して高出力を得ることは、急加速をすることが第一の目的ではなく、運転者や自動運転用コンピュータの指示に効率的に反応することがより重要なことであるはずです。
低燃費運転が最大の特徴であるハイブリッド車について、急加速性能の今以上の向上をもたらさせるという全固体電池の使い方が好ましい、というトヨタの説明は、いったいトヨタがどの車載電池が実現すべき目標をどのように描いているのか、という点について必ずしも明快ではない、と私は感じました。
このことについて、トヨタがネット上に公開している『トヨタイムズ』では、全固体電池をハイブリッド車に先行して搭載するのは、上に述べた理由以外に、「全固体電池をHEVから導入するのは、なるべく早く世の中に出し、お客様の評価を得て、進化させていきたいという狙いもある」と書いています。
要するに、トヨタはハイブリッド車の開発・販売が「カーボン・ニュートラル」な世界を実現するためにトヨタにとっての現段階での最も重要なステップであり、EV搭載電池と言えどもその主張の強化に資すべきである、さらにもっと言えば、ハイブリッド車より優れた性能のBEVを先行して発売したくはないし、そもそも今の全固体電池の性能では、市場に通用するBEVを投入する覚悟はない、というのが本音でしょう。
さらにトヨタが開発中の全固体電池の技術の現状について、前田CTOは、以下のように説明しています。
今の技術では、寿命が短いという課題が見つかりました。これらの課題を解決するためには、引き続き固体電解質の材料開発を主に継続していく必要がある、と考えています。課題が見つかったということで、実用化に一歩近づけたという思いもあります。
つまり、トヨタはまだ全固体電池の正極と負極の間をつなぐ必要以上の性能をもった固体物質をまだ発見し、あるいは開発できてはいないということです。しかし、現在使用している固体材料がいったい何であって、寿命はどの程度の長さであるのか、というような化学的、具体的数値は示さなかったので、それがどの程度に実用段階に遠いのか、ということを視聴者は推し量ることはできません。
そのことに疑問をもったと思われる記者の、「(全固体電池搭載車を市場に出す時期は)2020年代前半という考えは変わっていないのか?」という質問に対しては、「変わっていない」と答えて、それで応答は終わっています。
しかし、許容できるコスト範囲に入る固体材料がどのようにして、どれだけの期間で開発できる見込みをもっているのか、という点について推量する科学的なヒントをまったく与えないままに、あと数年以内に全固体電池を確実に市場に出せると公言するのは、あまり公正とは言えない姿勢であるのではないか、と私は感じました。
EVの量産計画について、トヨタは2030年に「電動車」を年間800万台販売し、そのうちBEVとFCEV(燃料電池自動車)を200万台販売する、説明しています。しかし、この200万台の内訳について尋ねた記者に対して、「内訳は、まだ詳細になっていない」とのみ答えるに留めています。
目標到達次期は2030年で、BEVの台数は明らかにしない、そしてトヨタの主要目標がECEV(燃料電池自動車)の開発ということなのですから、BEV開発については当面大きな努力を割くつまりはない、ということなのでしょうか?
そもそも、テスラの躍進が止まることなく、これほどまでに世界の自動車市場を席巻し始めたこの時期にあって、トヨタは、ハイブリッド車に使うリチウムイオン電池、さらにはハイブリッド車とBEVに使う全固体電池、そして燃料電池という3分野についての全方向開発を、世界の他の先端自動車メーカーたちに伍して継続するだけの力を有しているのでしょうか?
これは、そのために必要な研究開発技術者群を社内に揃えられるのか、という点についての疑問です。テスラが『テスラ・AIデー』に登壇させてみせた多国籍の若い研究開発技術者集団と同等に大きな野心と高い能力をもった研究開発技術者を揃えられているのか、あるいはこれから急速にリクルートして社内に取り組むだけの体制をもっているのか、という疑問です。トヨタは、「電池も内製する」というのであれば、それについての明確なメッセージを出していいのではないか、と思います。
さて、EV販売計画台数200万というのがどれほど大きな数字なのか、という点についてです。
EV開発・販売で圧倒的に世界を先導するテスラのこれまでの販売実績と今後の販売見込み台数はどれほど大きいのか、ということを見てみましょう。
テスラの2020年の販売実績は、49.96万台でした。そして2021年前半のそれは35.97万台でした。つまり、2020年から2021年前半にかけての販売台数の年変換伸び率はおおよそ5割ということなのですが、これは今までのテスラの年販売台数伸び率とおおよそ同じ水準です(下のグラフを参照ください)。
出典:Wikipedia ”History of Tesla, Inc”に示されたデータを素に作成。
テスラが2020年に到達した年間販売台数50万台というのは、トヨタのおおよそ20分の1の値ですが、2021年にはおおよそ75万台に達するのはほぼ確実であり、これでトヨタのおおよそ13分の1になります。今まで通りにテスラの販売台数が年50パーセントを維持したと仮定すると、3年後の2024年にはおよそ250万台となり、現在のトヨタの4分の1に匹敵する台数となります。そしてもちろんこれらの台数すべては、BEVによるものです。
さて、トヨタの2030年のEV(BEVと燃料電池自動車を含む)販売計画台数が200万台であったということを思い出してください。つまり、テスラが2024年に到達するかもしれない年250万台の販売台数は、トヨタが2030年に計画するEV等販売計画台数をはるかに上回っているのです。
ちなみに、2021年9月7日現在のトヨタの株式時価総額が32.6兆円であるのに対して、テスラのそれは83.1兆円とトヨタの2.6倍の大きさをもっています。これが、今の世界の投資家たちが今後の急速なEVの普及を念頭に置いたトヨタとテスラの将来価値の期待の違いに繋がっていると見れば、両者の時価総額の大きな違いは納得がいく、というものです。
このように見てくれば、トヨタの全固体電池については、その確たる将来見通しを明確にもてる現況にはない、つまり、2020年代前半にトヨタが市場に全固体電池を搭載した一定数の販売が見込めるハイブリッド車を投入できるはっきりとした見通しはもてないし、ましてやトヨタが全固体電池だけをエネルギー供給源としたBEV(純粋EV)を販売する見通しはそれ以上にもてない、ということがわかります。
そしてトヨタより開発が現状で進んでいない他の自動車メーカーが、市場に全固体電池のみをエネルギー供給源としたテスラのEV車と競合できる低価格のEVを販売することができるようになる時期は、それ以上に不透明だ、と言うべきでしょう。
以上、前回に報告し間違えた全固体電池、そして全固体電池を搭載したトヨタ車の今後の見通しについての、私の修正報告です。
次回は、前回予告した通りに、テスラの載電池の開発と販売という範疇には留まらないチャレンジについての話をします。