この連載、2020年代、ゼロサム経済の世界』、の第1回目(2021719日)に、世界の名目GDPからインフレによる物価変動要素を取り除いた実質GDPの伸びは、1990年代から2000年代にかけて加速したものの、2010年代に入ると急激に速度を落とし、2020年代にはほとんど伸びなくなって、「ゼロサム経済の世界」になると話しました。

 

そして第2回には、日本の近世、江戸時代後半、の例を挙げて、「ゼロサム経済の世界」は誰もにとって経済の伸びがなくなる「安定した」社会であるのではなく、その中に「勝者国」と「敗者国」があり、増えるGDPをもつ国と減るGDPをもつ国の両方のGDPを合わすと、世界全体としては「ゼロ成長」経済となるのだ、という話をしました。

 

そして今日は、それなら2020年代の「ゼロサム経済の世界」で、いったい誰が「勝者国」で、誰が「敗者国」なのかについて追及を始めたいと思います。

 

 

先ず先に、「勝者国」のうちの1国はアメリカだ、ということの説明から始めたいと思います。

 

日本人の殆どは、あるいは世界の人の殆どは、経済学者や経済ジャーナリストを含め、今後とも中国の経済成長が進む一方で、アメリカ経済は相対的に世界市場の中でその地位を落としていく、と主張しています。

 

しかしそのような人々は、いったい次に示すようなグラフを自ら描き、あるいは見たことがあるのでしょうか? それは、アメリカのGDPが世界のGDP総額に占める割合、シェア、の推移を示すグラフです。

 

出典:国連が示す各国の名目GDP(その国の通貨で表されたGDPを各年毎に当該年の対アメリカドル為替レートで変換した値)値を素に計算して作成。

 

ここで注目して欲しいのは、この値は各年の各国の名目GDPのその年のドル換算値を比べたものですので、実質GDP値を計算するときにどのような物価変動指数を使うのか、と言った議論をパス、迂回、していることです。この結果、第1回の実質GDP値の計算方法についての大議論からは独立した別の観点からの世界市場の俯瞰図を得ることが可能となりました。

 

ドルと他の国の通貨との間の為替レートは必ずしもスムーズには変化せずに、年毎に多少の変動を繰り返しながら、中・長期的に一定の安定した変化を示すので、名目GDPによる各国の世界市場シェアの変化も、単年ごとの細かな変動はあまり気にせずに、数年以上単位の長さでその傾向を見るというのが、正しい見方だ、と私は考えています。

 

 

上のグラフから知れることは、「アメリカの経済力の他の国々と比較したときの大きさを表すGDPの世界シェアは、決して減少傾向を示してはいない」、という重大な事実です。

 

 

アメリカのGDPの世界シェアは、第2次世界大戦が終わってから15年ほど経った1960年代には、大戦中に唯一自分の国土を戦場とすることがなく、大戦後すぐに始まった東西冷戦において西側ブロックを指導する国として、世界の4割という高い値を維持していました。ヨーロッパの自分の国土を荒廃させた国々、あるいは国土内の多くの工場は空襲から免れたものの(その詳しい様子は、2017年10月4日付ブログ『72年前、官僚は経済復興策をもたなかった!-若者はどこに向かわされているのか?(10』に書いています)、戦前から引き継ぐ高度の産業技術に欠けていた日本は、まだアメリカを脅かすほどの大発展はできずにいました。そして当時の中国経済は、無視できるほどの小さな規模のものでしかありませんでした。

 

アメリカ’60~’70年代の豊かさの象徴ー裏庭のスイミング・プール

【画像出展:Wikipedia File:Backyardpool.jpgAuthor:Vic Brincat from Keswick, Ontario, Canada

 

しかし、1970年代に入ると、西ヨーロッパの先進国が急速に復興し、あるいは日本が”戦後高度経済成長”期に入ったことによって、アメリカのGDP世界シェアは急速に低下したのです。その後、1980年代に盛んになったIT革命によるアメリカ経済の浮上によってGDPシェアの低下を防ぐに至ったものの、2000年代に入ると韓国、台湾といったアジア新興国、とりわけ改革開放政策を採り入れた中国経済の大躍進によって、再びアメリカのGDP世界シェアは急速に低下して、2010年代に入る頃には1960年代のシェアの半分である2割を切る直前にまで下がったのです。

 

現在の日本人やその他世界の人々のもつアメリカ経済に対するイメージは、その頃につくられたもので、それらの人々はその”固められた“イメージをもったまま現在に至っているのではないか、と私は考えています。読者の場合は、どうでしょうか?

 

しかし、アメリカのGDP世界シェアが2割を切る直前にまで下がった2011年の世界シェア21.2パーセントのところで、アメリカは”踏み留まり”、その後、世界シェアを再び回復し始めたのです。そして、中国に比べてコロナウイルス感染拡大によってはるかに大きく痛めつけられたと信じられているアメリカの2020年のGDP世界シェアは、24.7パーセント、つまり世界の4分の1の水準にまで回復しているのです。

 

繰り返すと、〔1960年代:4割 → 2011年:2割強 → 2020年:世界の4分の1〕という驚異の「大復活」をアメリカ経済は成し遂げつつあるのです。

 

 

それでは、2010年代のアメリカの「大復活」を可能にしたのはいったい誰なのか?

 

その答えは、下のグラフに現れています。

 

出典:国連の世界各国の名目GDP値統計を素に計算して作成。

 

上のグラフに描くに当たって、西側陣営のメンバーを選んでみました。アメリカの他、西欧4国、そして日本です。西欧4国とは、イギリス、ドイツ、フランス、イタリアという西ヨーロッパを代表する経済大国のことです。西側陣営を構成する国としては、西欧4国以外の西ヨーロッパ先進国、あるいはアジアでは日本以外の韓国や台湾といった国々がありますが、それらの国のGDPの世界シェアは上に挙げた経済大国に比べて無視できるほどに小さいので、グラフの意味を分かりやすくするために省いてあります。

 

このグラフを見てわかることは、2010年代のアメリカのGDPの世界シェアは、西欧4国及び日本から「奪った」ものだということです。この表現が不穏当というのであれば、西欧4国と日本が世界経済の中で地位低下を続ける中、その世界シェア喪失分をアメリカが補い、中国やロシアが構成する「社会主義国陣営に対する西側陣営の地位低下を防いだ」、ということになります。

 

こうして、中国が世界GDPシェアを高め続ける中、西側陣営は世界の4割を超えるという世界シェア水準を維持したのです。そして西側陣営と中国を併せたGDPの世界シェアはおおよそ6割に達し、そしてその水準の伸びがおおいに鈍化して、西側陣営4割強、中国2割弱、合わせて世界のGDP6割を占め、その2つの陣営で世界を支配するという構図が固まりつつあるように見えます。

 

これが、私が理解する2010年代の経済世界に起きた、「構造変化の基本」です。

 

 

それでは、どうしてアメリカが2010年代に入って世界市場の中で躍進する力を得ることができたのか?

 

そのことを考えるヒントを与えるのが、下に描いたアメリカの実質GDPの対前年伸び率の推移を表したグラフです。このアメリカの実質GDPの年伸び率は、アメリカ自身のGDP統計によるものと、国連のGDP統計によるものでは変わりません。なぜなら、その両方のGDPがドル表示で書かれているからです。

 

出典:アメリカのBureau of Economic Analysisが公表するGDPデータを素に作成。

 

アメリカの実質GDP伸び率は毎年大きく変化しますが、中期的に見ると、例えばグラフに示したように5年間移動平均値で見てみると、1990年代以降、リーマンショックに端を発した世界的景気後退が起きるまでは年平均およそ3パーセントという高い水準にありました。世界的経済後退の影響で2010年代当初までの5年間移動平均年伸び率は1パーセント台に低下しましたが、その影響を克服してからはGDPが年平均2パーセント以上増加する安定した高い経済成長を維持しています。

 

2020年にパンデミックの影響で実質GDP伸び率がマイナス3.5パーセントにも下がったためにその影響を受けて5年間移動平均年伸び率も1パーセント台に下がりましたが、これはリーマンショックに端を発した世界的景気後退のときと同様に、短期間中に回復する、と私は見込んでいます。

 

つまり、2011年を底にアメリカのGDPの世界シェアが再びV字回復傾向を示したのは、アメリカの経済が急成長を再開したからではなく、アメリカはそれ以前道理の安定成長を続けているのに、他の世界の多くの国のGDPの成長率が大きく下がったからなのです。

 

これが、「ゼロサム経済」の世界に向かう、2010年代の世界経済構造の特徴であり、そしてその傾向は、この連載の第1回目の記事で示した通り、2020年代にさらに強まり、世界全体として「ゼロサム経済」の世界に至る、というのが私の予測です。そしてアメリカが2010年代に見せた安定経済成長力を維持すれば、自然とアメリカのGDPの世界シェアはさらに上昇を続けることになるのです。

 

それでは、アメリカ以外の各国はどういうことなのか?

 

次回以降、その答えを探りつつ、2020年代の経済の世界がどの様に変化していくのか、「ゼロサム経済世界」の中での「勝者国」と「敗者国」はそれぞれどこであるのか、そのことを探っていきたいと思います。

 

なお、この記事は、連載『2020年代、ゼロサム経済の世界」の第3回とします。