いま日本では、多くの人びとから声援されない「オリンピック・パラリンピック東京2020」プロジェクトが最終段階に入っています。

 

そのプロジェクトが終わった後、何が日本にその”レガシー”として残るのでしょうか? 多数の新規感染者だけであった、ということだけは避けて欲しいものです(ちなみに、私は20174月15日付ブログ『東京オリンピック、大阪万博という時代錯誤』で、東京オリンピック開催に反対の意思を表しています)

 

ところで、もう一つの重要な「プロジェクト2020」というのがある、ということを昨日早朝のNHK衛星テレビの再放送番組『コズミック フロント 「火星に生命を探せ! 探査車パーシビアランスの挑戦』で知りました。

 

このプロジェクト名は、“MARS 2020”(火星2020計画)です。火星に探査車「パーシヴィアランス」を送り込んで、かつて水が大量に存在したことが確認されている火星に生命が存在したことを証明することを目的としています。

 

パーシヴィアランス

【画像出展:Wikipedia File:Perseverance and ingenuity.jpg

 

探査車は202073日に打ち上げられ、今年218日にかつて大量の水で覆われていたと考えられている直径49㎞のクレーター内に着陸して、その後地上の探査活動を行っています。なお、探査車“パーシヴィアランス”の走行を制御するプログラムを大進化させたのは日本人のロボティックス専門の科学者である小野雅裕です(東大工学部卒→MITで博士号→慶応大助教授→NASAジェット推進研究所)

 

そして、419日には、人類史上初めて地球上以外の天体でのヘリコプター、”インジェヌイティ”、の飛行に成功しています(上の写真にパーシヴィアランスの前に置かれた姿を示しています)。この開発を指揮したのはビルマ系の女性、ミミ・アウン、です。このプロジェクトの枢要なメンバーとして、アジア系の男女が参加していることに、何やら嬉しさを感じてしまいました。

 

インジェヌイティの飛行を映した画像

【画像出展:Wikipedia File:Ingenuity's Second Flight As Seen by Perseverance.png

 

真ん中に立つのがミミ・アウン

【画像出展:Wikipedia File:MiMi Aung plus two.jpg

 

地球の百分の1の大気圧しかない火星でヘリコプターを飛ばすというのは容易なことではなく、地球上で飛ぶヘリコプターの5倍以上となる毎秒2,400回転以上の速さでローターを回さなくてはなりません。その難業に成功したインジェニュイティは、地上5メートルの高さで7メートルの水平移動に成功し、将来の空からの情報収集の可能性を証明しています。

 

MARS 2020”プロジェクトがユニークであるのはこれからで、パーシヴィアランスは2年かけて火星上の至る所で地中からサンプルを採取し、その採取したサンプルの大半を火星の陸上に置き去ります(一部は比較的簡便な解析をパーシヴィアランスの車上で行います)。そして、その残されたサンプルを回収するために、ESA(ヨーロッパ宇宙機関)が開発するサンプル回収専用の探査車、ローバー、を2026年10月にアリアン6ロケットで地上から発射し、2027年3月に火星に届けるのです。

 

インジェヌイティが残したサンプルを回収するESAのローバー

【画像出展:Wikipedia File:PIA23493-MarsSampleReturnMission-FetchRover-20200210.jpg】

 

ヨーロッパ製のローバーを火星の表面から軌道上まで運ぶNASAとノースロップ・グランマンが共同して開発する固体燃料ロケットは、20267月に発射され、20288月に火星に着陸する計画です。

 

火星からサンプルを載せて発射されるロケット

画像出展:Wikipedia File:PIA23496-MarsSampleReturnMission-Launching-20200210.jpg

 

火星軌道上でサンプルを拾い上げる役目の宇宙船は、20288月までにサンプルを乗せたロケットを拾い上げることのできる低軌道に達し、サンプルを受け取ったのちに、2031年後半に地球に帰還する予定です。

 

注目すべきは、この長期間にわたるプロジェクトは、アメリカのNASAとヨーロッパの宇宙機関であるESAとが協力して進めていて、はやぶさ、そしてはやぶさ2”の2つの小惑星からのサンプルリターン・プロジェクトを成功させた実績をもつ日本のJAXA(宇宙研究開発機構)は、このプロジェクトの蚊帳の外に置かれたままだ、ということです。

 

JAXAは、アメリカ版はやぶさ2”である小惑星探査宇宙船オサイリス・レックスの開発に当たって、NASAに多くの支援を行っていますが、しかしそれでできたNASAJAXAの関係が、そのまま今回の”MARS 2020”プロジェクトに活かされるということはなかったのです。

 

小惑星ベンヌでサンプル採取するオサイリス・レックスの想像図

【画像出展:Wikipedia File:Artist's concept of OSIRIS-REx TAGSAM in operation.jpg

 

“はやぶさ2”の次の計画として、20317月に、地球と火星の間を周る別の小惑星(「1998KY26」)に到着させると文科省とJAXAは発表しています。しかし、これは“イトカワ”“→”りゅうぐう“→“1998KY26” と、少しずつ技術が洗練されているとはいえ、同じようなプロジェクトを「繰り返す」ということでしかありません。

 

そして、日本が三度小惑星に到達する2031年に、アメリカのNASAとヨーロッパのESAの共同事業は、火星から、おそらくは火星上にかつて生命が存在したことを証明することとなる、多くのサンプルを地球まで持ち帰ることとなるのです。いったい2031年の日本人は、そのどちらのプロジェクトの成果により興奮することになるでしょうか?

 

”MARS 2020”プロジェクトの先には、火星上でCO2を地表に置いた工場で炭素と酸素に分離し、その酸素を火星上に滞在する、あるいは地球まで宇宙船で帰還する宇宙飛行士の呼吸用に利用するほか、火星から地球に帰還するために火星から発射されるロケットが使用する燃料燃焼に必要な大量の酸素を生成するというプロジェクトが待ち受けています。こうして、人間による火星探査、そして長期的には人間の火星移住という構想が、NASAの視野には入っています。

 

このように、惑星からのサンプルリターンというのが、そのこと自身が目的となるのではなく、さらに21世紀半ばから後半にかけた超長期の人類の宇宙開発計画の一環としてなされているというのが、NASA、あるいはそれと共同するESAの「計画」、あるいは「構想」というものの優れた点である、と私は思います。

 

”MARS 2020”プロジェクトの実施に当たって、どうして日本のJAXAに声がかからなかったのか、あるいはそもそもJAXAが興味をもたなかったのか、そのことについての答えが知りたいと思います。

 

ただ、一人の日本人科学技術者がその中で重要な役割を果たしているということが私の心の救いになっていますし、アジア系の女性も活躍しているということについて、微笑ましさを感じています。