2020年日本企業売上ランキングで29位の高位にある日本を代表する企業の一つである三菱電機㈱が、検査偽装という惨めな批判を浴びています。

 

今回は、なぜ三菱電機がそのような悪行を行うに行ったのかということを、日本の企業構造がそうさせたのだ、という観点から解き明かしてみたいと思います。

 

三菱電機は先端技術を追求するメーカーであり、そのことは2020年の特許の国際出願件数が企業としては世界第3位であったということで示されている、と日経新聞は73日付の記事で伝えています(世界1位:ファーウェイテクノロジーズ〈5,464件〉、世界第2位:サムスン電子〈3,093件〉、世界第3位:三菱電機〈2810件〉。他に10位内の日本企業は、ソニー、パナソニックIPマネジメント)。高度技術をもちながら、なぜこのような所業に及ぶのか、というスタンスの書き方です。

 

しかし、本当にそうなのか?

 

2020年の国別特許出願件数は、世界第2位がアメリカで59,230件で、日本はアメリカの85.3パーセントに相当する5520件も出願しています。しかも、2000年代半ば以降、日本の国際特許出願件数の伸びの勢いは、アメリカをはるかに上回っています(下のグラフを参照ください)。件数だけから見れば、日本はアメリカと肩を並べるほど最先端技術開発に猛進しているはずですが、しかし日本人の中にそう実感している人などいないでしょう。

 

出典:WIPO(世界知的所有権機関)の公表するデータを素に作成。

 

三菱電機の国際特許出願件数が世界第3位であるということは、三菱電機が世界の最先端技術レースでトップグループの一員として疾走している、ということは何も証明はしていません。

 

 

別のわかりやすい具体例を挙げてみましょう。

 

日本の技術を象徴する代表例として、ISS(国際宇宙ステーション)への補給機の役割を務めている通称「こうのとり」、宇宙ステーション補給機HTV、があります。これは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)のプロジェクトによるものですが、実態的には三菱重工業㈱が中心となり、その頭脳に当たる電気モジュールについては三菱電機が開発した、つまり三菱グループの総技術力を挙げて開発したものです。2009年に初号機が打ち上げられ、成功裏にISSに補給物資を届けています。しかし、こうのとりのISSとのドッキング方法は、一旦ISSの真下に注意深く接近した後、ISSの乗員がロボットアームを手動させて機体をつかみ、その後にISS本体へ手動でドッキングさせるというものです(下の画像を参照ください)。

 

こうのとりのISSへのドッキング

【画像出展:Wikipedia File:ISS-27 HTV-2 unberth for release.jp

 

一方、三菱電機より81年も遅れて設立されたアメリカの宇宙ベンチャーであるスペースX社が開発して昨年11月から運用を開始したクルードランゴンは、モノではなく宇宙飛行士を乗せてまったく自動でISSに接近し、そのまま本体に直接ドッキングします。その間、宇宙飛行士やISS乗員は、その安全な飛行を見守っているだけです(ドッキング時の様子を下の画像で示しています)。 

 

SSとドッキングする直前のクルードラゴン

【画像出展:File:The SpaceX Crew Dragon approaches the International Space Station (iss063e021463).jpg  

 

こうのとりとクルードランゴンの違いはほかにもあります。こうのとりがISSにドッキングするまでに5日間を要するのに対して、クルードラゴンは発射後19時間でISSに到達します。宇宙飛行士を乗せることのできるクルードランゴンは、当然のことではありますが、宇宙飛行士を乗せて地上まで帰還させることができます。さらに、こうのとりが大気圏中で燃焼して地上に戻ることはないのに対して、地上に戻ったクルードランゴンは、再使用されるスペースX社が開発したファルコン9ロケットに搭載されて、複数回、ISSへ宇宙飛行士を届け、また地上に戻ることができます。

 

さて、こうのとりとクルードランゴンの開発中に申請された国際特許出願件数はどれほど違うのでしょうか? 私はその答えを知りませんが、クルードランゴンに関わり国際特許出願件数は、あるいはこうのとりについて申請された国際特許出願件数よりも少ないこともあり得るのではないか、と推測しています。 

 

 

「優れた技術をもつ大企業が、製品の品質検査を確実に行うことにしくじった!」のではなく、

 

「世界に及ぶ先端技術を開発できない伝統的大企業は、自分で生産した製品の品質を確認し、保証することができるほどの技術も能力ももたない!」

 

というのが、実態なのです。その様な厳しい現実を見る覚悟がないと、今回の三菱電機の不祥事の本質を理解することはできません。そしてまた、日本の多くの大企業がもつ重大な構造欠陥に思い至ることもありません。 

 

 

さて、そもそも“三菱電機“とはいったい何をつくっている会社なのでしょうか?

 

一般の人がよく知っている三菱電機の製品と言えば、量販店やネットでよく見る“白物家電”です。つまり、三菱電機は電器メーカー、というイメージです。

 

下に、2005年度と2020年度の三菱電機の部門別売り上げを示していますが、2005年度に三菱電機は0.90兆円の家電製品を販売し、これは三菱電機全社の総売上の4分の124.9%)あり、三菱電機で最も売上の大きな商品でした。さらに情報通信システムの売上が0.64兆円(シェアは17.9%)、電子デバイスが0.17兆円(シェアは4.7%)あり、これらを足した総額は全売り上げのおよそ半分(47.5%)を占めていました。その他には、FA(工場オートメーション)を含む産業メカトロニクス(0.86兆円、23.9%)、さらには発電機や変電機を含む重電システム(0.87兆円、24.1%)を三菱電機は生産していました(下のグラフを参照ください)。

 

出典:三菱電機㈱の有価証券報告書に示されたデータを素に作成。

 

それが、15年後の2020年度には大きく変化しています。

 

家電製品の売上はほとんど変わっていませんが、重電システムと産業メカトロニクスの売上がそれぞれ46.2%、45.2%と大きく伸びている一方で、半導体を含む電子デバイスの伸びは20.5%に留まっており、特に目に付くのは、情報通信システムがマイナス41.0%と激減していることです。この間、世界でIT、あるいはネット通信が激増したことを思えば、三菱電機はその時代変化を自らの業績につなげることはできなかった、ということは明らかです。

 

産業メカトロニクス部門の売り上げが伸びているのは結構なことなのですが、重電システム部門はどちらかと言えばローテクに近い部門です。IT、ネット関連の最先端技術を要する部門の売上が縮小して、比較的高度の技術を必要としない部門の売り上げが伸びているというのは大問題です。

 

こうして、三菱電機は最先端技術を中心とした工業製品を売るメーカーから、普通の技術でつくれるメーカーに変質したと言えるのです。そのことと、こうのとりのクルードラゴンに対する圧倒的な技術の劣度はシンクロしている、と私は見るのです。 

 

 

上のデータでは、三菱電機の売上は、2005年度から2020年度までの15年間のうちに16パーセント余増えたように見えます(下に2000年度から2005年度までの間の売上と純利益率の推移をグラフで示しています)。

 

出典:三菱電機㈱の有価証券報告書に示されたデータを素に作成。

 

しかし、実態はそうではないのです。

 

三菱電機の売上高を国内と海外のものに分けて見たのが下のグラフです。そして、海外の売上をドルに変換してアメリカの物価(消費者物価指数で示される値)で割り戻してインフレ要素を取り除いた実質ドル表示の売上を同時に白い実線で示しています。

 

出典:三菱電機㈱の有価証券報告書に示されたデータを素に作成。

 

そうしてみると、リーマンショックに端を発した世界的景気後退の影響を受けて2009年度に大きく落ち込んだ国内の売上は、それから10年以上経った現在に至るも回復されていません。そして、それ以降増えるかに見えた実質ドル表示で示される海外の売上も、2010年代に入って以降一向に増えてはいない、ということがわかります。

 

つまり、一見して増えたかに見える三菱電機の売上は、国内でも、そして海外でも、まったく増えてはいないのです。増えて見えるのは、その間、実質的な円安が進んで、見かけ上海外の売上が増えたようにデータが変動したからに過ぎません。三菱電機の売上は2010年代に入って、国内でも海外でも、まったく増えてはいないのです。それでも純利益率が5パーセント近くの水準を保っているのは、実質円安が進んだせいです(下のグラフを参照ください)。そしてその純利益率も、2015年以降、わずかに低下気味です。 

 

出典:筆者作成。

 

 

三菱電機の業績はここ10年間にわたってまったく芳しくないのです。端技術開発が世界の最先端に届かず、そしてそのことを理由として業績もまったく向上しない、そうした追い込まれた状況にあった企業が、長年にわたって検査偽装していることが露見した、ということなのです。

 

 

それでは、なぜ、三菱電機は発展できなかったのか?

 

その理由の一端を、三菱電機の歴代社長の後退の様子に見ることができます。

 

三菱電機が創設されたのは、戦前の1921年ですが、それ以降16人が社長職に就いています。その16人それぞれの社長在職期間をグラフ上に並べて見たのが下の図です。

 

出典:筆者作成。

 

初代の武田秀夫社長は1921年から1935年まで14年間の長きにわたって社長職に留まっていました。その後戦後に至っても第10代の北岡隆社長までは、5年間から10年間まで、それぞれの時代の実情に応じて適当とみられる期間社長職に留まっていました。しかし、2002年に田口一郎が社長職に就いて以降、社長の在職期間は4年間に固定されてしまいました。

 

このことは、社長職が単に機械的な交代制になったのであり、それぞれの代の社長個人の経営能力によって在職期間が変わるということはなくなったということを意味しています。つまり、2002年以降、三菱電機の社長職は完全に官僚主義によって選ばれる、ということになったのです。

 

もう一点、注目しなければならない点があります。上のグラフでは、理工系の社長を青色で、事務系(高等商業学〈現一橋大学〉校卒および東京帝大法学部卒)の社長を紅色で示していますが、このグラフからわかるように、5代以降の社長はすべて理工系に限られています。このことは、三菱電機のトップは技術系でないと就けなくなったということを意味しています。さらに、理工系出身者の中でも、特に事業部門ではなく研究・生産技術部門出身者が多いと言います(7月3日付日経新聞記事による)。このような偏った社長人事がなされていることもまた、三菱電機で官僚制が固まった証拠の一つです。

 

こうして、三菱電機の人事は年とともに官僚制度が進行し、そして現在は社長職が定期交代制となるという所まで進んでいるのです。こうした環境で、企業が時代の変化に合わせて機動的に構造改革できるはずなどないのです。 

 

なお、企業についての官僚的組織の問題については、アメリカの経営学者であるピーター・キャペリがその著書『雇用の未来(New Deal at Work)』(日本語訳:2001年)で詳しく説明していますので、興味ある読者はぜひ読んでみてください。

 

 

それでは、三菱電機の経営者たちはこのことを意識して、あるいは改善しようとしているのか?

 

それは、まったくそうではないのです。

 

三菱電機は、近年「ジョブマッチングシステム」という新卒採用人事制度を積極的に採っています。そして社内ではこの制度のことを「配属先指定リクルート制度」と呼んでいます。

 

「ジョブマッチングシステム」とは、大学と企業が連携して、企業が学生の就職後に就く部署をあらかじめ決めて、大学がそのことを条件にして適当と思える学生を選んで推薦する仕組みです。この制度は一般に新卒リクルートが解禁される時期より早い時期に行われるので、企業は競争他社に自分が望む学生を奪われないですむという利点があり、一方、学生は就職後に必ず自分が望む部署に就けるというメリットがあります。そのために、この制度を採用するメーカー、大企業、が現れ始めたのです。

 

但し、企業にとっても学生にとっても、この制度のメリットはそのデメリットと抱き合わせになっています。この制度で採用した新卒学生は、その後別の部署に配置転換できないので、人事が固定されてしまいます。一方学生は一旦この制度に則って企業と面談を始めてしまうと、以降他企業と接触することはできず、また採用決定後に取り消しすることはできません。つまり、一発勝負となるのです。

 

私が考えるこの制度の欠点は、やはり新卒採用後の長期にわたって人事が完全に固定化されるという点です。このことは、企業の縦割り体質を更に強化するとともに、時代の変遷に合わせて企業が柔軟に配置転換することを難しくします。さらに、この制度の最大の欠点は、新卒採用された社員自身が身分の安全を感じ取り、切磋琢磨する意欲を低下させ、リスクをとってでも新しい技術開発に取り組もうとする気概をなくすことです。

 

管理職、あるいは技術職ともほぼ完全な官僚主義のもとに置かれることになって結果、2000年代に入って以降、実質的な売り上げは一向に増えないのに従業員数は増え続け、そして1人当たり売上(円ベース)は低下し続けました(下のグラフを参照ください)。

 

出典:三菱電機㈱の有価証券報告書に示されたデータを素に作成。

 

平均勤続年数がわずかに短くなったために、給与水準は大幅に落ちることを免れていますが、かといって2005年度以降、従業員の平均給与はまったく増えてはいません(下のグラフを参照ください)。人事の固定が、技術の固定、そして給与水準の固定を産んだのです。

 

出典:三菱電機㈱の有価証券報告書に示されたデータを素に作成。

 

こうして固定された官僚主義制度が産んだ何もかも停滞、沈滞した環境の中で、少しでも緊張感があれば生ずるはずのない「検査偽装」が長期にわたって行われるという状況が発生したのだ、というのが私の解釈です。

 

このように、今回露見した三菱電機の検査偽装の根は、とてもとても、深いのです。このことは、三菱電機の現在がとても危険な状態にあるのだということを示すサインだ、と深刻に、そして真摯に受け取らなくてはなりません。

 

単に、「検査マニュアルの改善」、あるいは数人の経営者の更迭、と言った程度の対策でお茶を濁すことがあるようであれば、三菱電機の将来はさらに危うくなる、と私は思います。

 

日本には、同様の検査偽装を行った大企業が他にいくつもあります。その一つ一つの企業について私はつぶさに調査、検討してはいませんが、おそらくは似たような状況にあるものが多いのではないかと推量します。そしてそのことは、長年にわたって企業構造改革(英語では”restructuring”と言います。日本語の「リストラ」とはまったく無縁の言葉です。なお、”restructuring“と「リストラ」との違いについては、2017530日付ブログ『”“なんちゃってリストラ”とは違うアメリカの企業構造改革ー終身雇用制がうまくいかないワケ(11)』で詳しく説明していますを怠ってきた日本の大企業が共通して抱えている深刻な問題だ、というのが私の考えです。

 

 

昨日(74日)付の日経新聞では、今回の検査偽装についてはその他の日本のメーカーにも共通する3つの「影」があるとしています。第1は、「品質への過信」、第2は、「向上にはびこる組織防衛を優先する風土」、そして第3は、「老いる工場」だと言います。

 

しかしそれらは表面に現れた傷の表象であって問題の根本原因ではないことは、上に私が示した事情を読んでくれた読者には理解されると思います。

 

そして日経新聞は最後に、今こそこれらの問題を他山の石として「カイゼン」に乗り出すことを「期待」する、というのです。

 

「カイゼン」はアメリカの多くの大企業が198090年代に行った「企業構造改革(restructuring)」とは全く別物であって、そんな甘い認識で今の三菱電機の問題を解決することなど到底できません。そして、いま日本の大企業の殆どが、言い換えれば日本経済そのものが、必要としている基本的対応からは目を遠ざけさせる主張でしかない、ということはこの際しっかりと主張しておきたいと思います。