私は、2か月近く前の420日に、『史上最長の安定/ドル為替レート!ー日本経済破綻への序曲?』というブログをアップしました。その時には、(日本とアメリカの物価変動の要素を考慮に入れた)実質円/ドル為替レートは20172月以来4年間以上にわたってほとんど変化していないが、これは為替レートが変動制に移行して以降史上最長の安定である、と説明しました。

 

そしてその時紹介したグラフは、下の通りです。 

 

出典:筆者作成。

 

ところがその後、事態が急変したのです。

 

実質円/ドル為替レートが急坂を滑り落ちるかのように急激に下落したのです。その様子を表したのが、下のグラフです。変化の様子がよりはっきりと確認できるように、時間軸は1970年以降だったものを2010年以降に改めています(データは毎月平均値です)。

 

出典:筆者作成。 

 

経済紙等では、最近円安傾向にあると伝えていますが、しかし(日本とアメリカの物価の変動を考慮しない)名目値では、その差はそれほど大きくは見えません。例えば、昨年12月の名目為替レートの平均値が103.8円/ドルであったのが最新5月統計では109.6円/ドルとおよそ6円の円安です。しかしこの変化は、緩やかに円高方向に向かっていた円/ドル為替レートが1年前の水準に戻っただけのことであり、短期的には円安なのですが、しかし中期的には日常よくある変動の一つに過ぎないように見えます。

 

しかし一方実質為替レートの変化を見ると、2月に119.1円/ドルであったものが5月には128.8円/ドルとなり20101月を基準とした値です)、およそ109.7円/ドル)と大きな数値になっています。わずか4か月で、円はドルに対して10円も安くなったのです。

 

このようなことは、2016年末以降のことです。そのときは、2015年末以降急騰していた円がその反動として元の水準よりわずかに円高の水準に戻ったのであったのですが、今回は、4年間にわたって極めて安定していた為替レートが何の前触れもなく急変した、というところがまったく違っています。

 

 

では、どうして名目値と実質値ではこれほど大きく違った差になるのか? それは、日本とアメリカの物価変動の様子がまったく違っているからです。下に、日本とアメリカ、さらに加えてEUとイギリスの20101月以降の消費者物価指数の推移を表したグラフを載せています。

 

各種データソースから収集して筆者が計算して作成。 

 

アメリカの物価は昨年末より急上昇しており、今年に入ってその変化の様子は加速されています。アメリカにおいてこの傾向は特に顕著ですが、しかしEUでもそれと同じような大きな変化は現れています。いずれの国でもコロナウイルス感染が収束し始めて、経済が回復に向かう中でモノやサービスに対する需要が拡大し、一方労働者の供給が追い付かないなどして物価が上昇し始めたのです(下に、先進各国の失業率の推移を表すグラフを載せています)。

 

出典:OECDのデータベースStatに示されたデータを素に作成。

 

イギリスの物価上昇は少しそれらの国や地域に比べて遅れていますが、しかし今年に入ってから物価は上昇スピードを加速しています。ただ、2019年半ば以降、物価変動のなかったEU比べて緩やかな物価上昇は続いていましたので、その変化は少し目立たなくなっています。

 

そうした中、日本だけが2019年末以降物価が下落し続け、あるいは停滞しているのです。

 

その結果、実質為替レートベースで、ドルに対して激しい通貨安を生じているのは、円だけです(下のグラフを参照ください)。昨年末から今年に入ってまで、ユーロやポンドのドルに対する実質為替レートに目立った変化は見られていません。

 

出典:筆者作成

 

世界の先進国通貨の中で、円だけがドルに対する実質為替レートを急落させているのです。「そのことが大問題!だ」、と私は思います。 

 

 

アメリカの物価が急騰すれば、それはドルの円に対する価値が急減することを意味しているのですから、円とドルの相対価値を維持するためには、ドルに対して円高にならなければなりません。しかしそうはなってはいないということは、世界市場は円の価値が実質的にドルに対して価値を急速に失いつつある、と判断しているということになります。

 

いったい、そうなのか? だとすれば、ことは重大ですから、そのことの是非を確かめてみなければなりません。

 

内閣府が先月20215月)18日に日本の202113月期(以降、世界の統計と較べるために2021年第1四半期と呼びます)、日本のGDPが対前期比1.3%減、年率換算で5.1%減であったと発表しました。この数値を経済紙は、先進各国のGDP伸び率と比較しながら紹介しています。日本と先進各国のGDP成長率については、OECDが各四半期毎の数値を紹介していますので、それを下に示します(但し、日本については対前期比1.0%減としていますので、それは内閣府の発表通りの1.3%減に修正しています)

 

出典:OECDの発表する四半期毎のGDP伸び率を年率に換算して作成。 

 

日本はアメリカの年換算伸び率の6.4%には大きく劣っていますが、しかし、EU(初期参加の先進19か国)(1.3%減)、あるいはその主要メンバーであるドイツ(7.0%減)、あるいはイギリス(5.9%減)に比べると、そのGDP成長率は決して劣っていません(但し、EUのもう一つの主要国であるフランスのGDP成長率は0.4%減と、日本より好調です)。

 

だとすれば、日本の円だけがドルに対して急速に実質安となることは、GDPの瞬間成長率では説明ができません。そうでないと言うのであれば、世界は、日本の経済はこれから容易に回復しそうにないが、EUやイギリスの経済はアメリカに追随して成長するだろうと見ている、ということになります。

 

そこで、昨年から今年にかけての先進国の経済成長をおおいに妨げているコロナウイルス感染についての最も主要な対策であるワクチン接種が、日本やその他の国でどれほど進んでいるかを見てみました。それを示したのが、下のグラフです。

 

出典:札幌医科大学がHP上に提供しているデータを素に作成。 

 

日本のワクチン(部分)接種率は、612日現在は12.6%で、これはアメリカ、EU先進国、イギリスが40%半ばから60%を超えているのに対して誠にわずかです。しかし、日本のワクチン接種は欧米先進国のかつての普及の進捗の様子に比べて急速に進んでいます(韓国よりは、劣っています)

 

日本の現在の水準は、イギリスよりおおよそ4か半月遅れ、アメリカよりおおよそ4か月遅れ、EU先進国よりおおよそ2か月半遅れの状態にあります。だとすれば、日本の接種率は今後欧米先進国より数か月遅れの時差を縮めながら急速に向上するので、日本のワクチン接種の状況が日本の経済成長を評価しないということの主要な判断要素にはなりそうにない気がします。

 

ならば、いったい、このワクチン接種の進捗状況から何もわかることはないのか?

 

そうではないだろう、と思います。

 

世界は、日本政府のワクチン接種についてのあまりに遅い判断や行動を見て、日本は今後の経済回復や成長について必要となる大胆な政策を採る能力や覚悟をもたないであろう、と見た、というのが私の得た印象です。菅総理がテレビ画像に現れた時に見せる無気力な表情と、他国のリーダーに比べてあまりに貧相な人々をリードし、説得する言葉に唖然としたのではないか、と思います。このような人が総理である政府が、積極果敢な行動に出ることはない、と。

 

昨6月11~13日にイギリスで開かれたG7サミットは、そんな評判を得てしまっている菅総理にとって、自身の印象を大転換するために与えられた千載一遇のチャンスであったと思います。しかし菅総理は会議期間中に目立った役割を果たすことはなく、記念撮影を行う場面では他の首脳たちと語り合う姿も見せず、立ち位置は撮影前に孤独を味わっていた舞台後方左端、バイデン大統領から参加全首脳の中で最も離れた位置でした(下の写真を参照ください)。

 

2021615日G7サミットでの首脳撮影会

【画像出展:Wikipedia File:Family photo of G7 leaders and the invited guests at Carbis Bay (1).jpgAuthor:首相官邸ホームページ】

 

これは、代々の多くの総理が中央近くに位置どり、あるいはアメリカ大統領に寄り添っていたのに対してあまりに対照的であり、またゲストでしかない韓国の文在寅大統領がジョンソン首相とバイデン大統領の間の前列で笑みを見せているのに対して、苦虫を噛んだような菅総理の表情からは卑屈さすら感じられます(下の写真を参照ください)。ちなみに、今秋に退任することが決まっており、対中政策で失敗したと自国の人びとからも批判されているメルケル首相も(詳しくは、6月4日付ブログ『メルケルは理念を棄て、国益をなくした!』を参照ください)前列に立たず菅総理の隣に位置し、うつろな表情を見せています。

 

2021615日G7サミットでの首脳撮影会での各首脳の表情

【画像出展:同上】

 

G7サミット2021は、菅総理の評価の見直しには貢献せず、むしろ定着させてしまったように思えます。

 

 

しかし、菅総理を初めとする官邸に集う人々はそうは思っていないかもしれません。2020年春以降、日本政府は多額の補正予算を組み、多くの対策を行ってきました。そしてその財源を得るために赤字国債を発行し、そして市場で消化できないその国債を全額日銀に買い取らせるために、日銀にはそれに必要な通貨、円、を発行させ、その結果日本の通貨、円、の発行残高は急拡大しました。

 

IMFが今年4月に公表した『財政報告(Fiscal Report)』によると、日本のコロナウイルス感染対策予算支出額のGDPに対する比率は15.9%となっています(下のグラフを参照ください)。この値は、アメリカの25.5%に比べればおおいに見劣りしますが、しかし、アメリカに次いで大きな値を示すイギリスの16.2%とほぼ同等であり、ドイツ(11.0%)やフランス(7.6%)に比べれば随分と大きな値です。

 

出典:IMFの『財政報告〈20214月〉』に示されたデータを素に作成。

 

つまり、日本のコロナウイルス感染対策予算の規模はアメリカには劣るものの、ヨーロッパの先進国にはまったく劣っていないのです。世界一大きな国債残高のGDP比率をもつ日本2019年:235%〈IMF統計〉)の政府は、自分たちができる最大限のコロナウイルス対策予算を組んだ、と考えていることでしょう。

 

そして、その予算を支弁するために、日本の中銀行である日銀は、アメリカのFRBにも大きく劣らないほどに巨額の通貨、円、を発行し、その結果、通貨の発行残高、マネタリーベース、はアメリカに競うほどに増えたのです(下のグラフを参照ください)。

 

出典:日本のマネタリーベースは日銀のHPに示されたデータを素に、アメリカのそれはFRB(連邦準備制度)のHPに示されたデータを素に作成。

  

日本及びその他主要先進国の政府の債務残高のGDPに対する比率の2020年、2021年のそれぞれの年の対GDP比率の増分を下のグラフに示していますが(但し、IMF統計)、日本のそれは、アメリカにわずかに及ばないものの、イギリスとほぼ同等であり、ドイツやフランスのそれを大きく上回っています。

 

出典:IMFの『財政報告〈20214月〉』に示されたデータを素に作成。

 

それにもかかわらず、世界は日本の経済は回復しないだろうと見ている、ということが重大です。何か、日本と西側先進国との間に隔たりをおく大きな力が働いているのではないか?

 

 

そこで、521日付ブログ『日銀が、株価の支持をあきらめた!」で私が書いたことを思い出してほしいのです。つまり、201212月以来9年にわたってほぼ完全な相関関係を維持していた日本の株価(日経平均株価)とアメリカの株価(ダウ平均株価)の動向が、今年2021年)3月初頭から互いに全く独立した別の動きを始めたということをです(その時に示した代表的なグラフを下に再掲しておきます)。

 

出典:筆者作成

  

これは、世界の市場が自動的に動いて生れた結果ではなく、日本の政府と中央銀行、日銀、が共同して日本とアメリカの株式市場を連動させていたのが、日本の金融・財政がついにその膨張の限界に達して、日本が両国の株式を力尽くで連動させることをあきらめてしまったことによる結果です(詳しい説明は、2021521日付ブログ『日銀は、株価の支持をあきらめた!』を参照ください)。

 

つまり、これは日本が世界の経済成長についていけないことを自ら告白した最初の出来事だ、ということなのです。

 

 

これで、日本とアメリカの経済をつないでいた2つの重要な指標、つまり4年間以上にわたってとても安定していた実質円/ドル為替レートとほぼ完全な相関関係を示していた株価、がまったく両国間には何の関係もないかのように動き始めたということなのです。そしてそれは何れも今年の3月頃に突然に始まった出来事です。

 

そして一方、アメリカと西側先進国、イギリスとEU先進国、は実質為替レートにほとんど変化が見られないように、今後ワクチン接種が進んで経済が急拡大する方向に足並みを揃えていこうとしているように思えます。

 

その西側先進国の経済回復のトレンドに日本はその一員として参加することはできないだろう、と世界は思い始めているのです。

 

上に示した、2021G7サミットでの首脳たちの記念撮影会場の様子は、日本が他の先進主要国から離れて、と言うより独り取り残されていく姿を象徴しているように思えます。

 

 

20172月以降、4年以上という史上最長期間にわたる極めて安定した実質円/ドル為替レートの突然の大幅な円の下落は、日本がアメリカのみならず西側先進国との縁をなくして、独り経済の停滞、さらには崩壊に向かうことを示唆している、と私は感じています。

 

読者の皆さんはどう思いますか? ご意見をコメント欄に書き込んでもらえると、うれしいです。