私は、日本が東アジア地域において、アメリカの信頼に足る積極的に軍備の整備を怠っていれば、「安保タダ乗り」に飽きたアメリカが、やがて日本に対する大きな興味を失う日が来るかもしれない、とこのブログで指摘してきました。

 

その理由は、一昨年(2018年)、88日付ブログ『“米軍は横須賀から撤退しない!”という保証はない!-日本は東アジアでどう生き残るか(19)』に詳しく書いています。

 

しかしその後も日本は”日米安保条約”は不動のものであり、日本がアメリカの4分の1の軍事費負担(軍事費/GDP比率。アメリカ:3.4%。日本:0.9%;2019年)しかしないという、アメリカから見れば「安保タダ乗り」の状態を無批判に続けてきました。そして、アメリカ海軍の艦隊基地は西太平洋には“横須賀”にしかないのであり、アメリカは容易に日本を離れられない、と国際政治学者や軍事専門家は主張してきました。

 

しかし今や、それほどまで日本人が自信をもち続けてきた”横須賀”の重要度が一気に低下する事態が現実みを帯びてきました。それも、日本の政治学者やマスコミがこぞって「もはや死に体になった!」と吐き捨てるように語った「トランプ政権の最後の仕事の一つ」としてです。

 

私は、先週水曜日に、現トランプ政権を無視するようにしてバイデンにすり寄って、「尖閣諸島を安保条約第5条の適用範囲であることを確認しあった」ことを、「尖閣をより危険にした!」と主張しました20201111日付ブログ『米政権移行時が、尖閣最大危機!』)。その時に、トランプ政権を「死に体」とみることは、まったく危険な行為だということを指摘しました。

 

以上、二つの私の2年間離れて時期での主張は、現在、急速にその正しさが証明されつつあります。以下は、その主張の説明です。

 

今年5月末に着任したばかりのアメリカのブレイスウェイト海軍長官は、今週火曜日20201117日)、オンラインで開かれたイベントで講演した中で、「我々は、新しい艦隊をインドと太平洋の間に創設する。我々は、日本に駐留する第7艦隊ばかりに頼ってはいられない。シンガポールやインドといった我々のパートナーに目を向ける必要がある」とした上で、「インド洋により近い、おそらくシンガポール」にその基地を設ける必要がある、と発言したのです。

 

ケネス・ブレイスウェイト海軍長官

【画像出展:Wikipedia File:Kenneth J. Braithwaite II official photo.jpg

 

現在、アメリカ艦隊は第2~第7艦隊で構成されており(下にその所掌海域を示しています)、中でも横須賀に基地を置く第7艦隊はもっと広い海域を所掌しています(対象地域内に36ヵ国、世界総人口の50%が含まれています)。しかし、ブレイスウェイト長官は、西太平洋=インド洋海域を2つに分けて、その日うち一つの海軍基地をシンガポールに置くというのです。

 

【画像出展:Wikipedia File:USN Fleets (2009).png

 

上の海域図でも分かるように、現在アメリカ第1艦隊は欠番になっています。第1艦隊はもともと真珠湾に本拠地を置く太平洋艦隊の一部として西太平洋を所掌する艦隊として太平洋戦争直後の1947年から26年間存在したのですが、1973年にカリフォルニア州のサンディエゴを基地とする第3艦隊に吸収されてなくなっていました。今回のブレスウェイト長官の発言は、その第1艦隊を、今度は完全に独立した7番目の艦隊としてシンガポールに基地を置くものとして新たに創設したい、ということなのです。

 

現在のアメリカの西太平洋戦略の基本構想は、もともと19472月に国務省に新設された政策企画室の室長に着任したジョージ・ケナンによって考えられたものです。それまでの「日本を再軍備させない。経済は伸びなくていい」としたアメリカの日本占領政策を180度展開して(「逆コース」政策、あるいは“180-degree turnabout”と呼ばれました)、日本を朝鮮半島からインドまで至る三日月型の孤でソ連と中国を囲い込む重要な同盟国として位置づけることにしたのです。

 

 アメリカにできることは、ソ連の勢力伸張の試みに対して冷静かつ断固たる態度で臨み、それを『封じ込め』ることである。アメリカは長期的にそうした努力を続け、ソ連体制の変化を我慢強く待つべきである」(坂本一哉著『日米同盟の絆』〈2005年〉による)

 

ジョージ・ケナン

【画像出展:Wikipedia File:Kennan.jpeg

 

そして西太平洋地域を対象とした最も重要なアメリカ軍の戦略拠点が横須賀基地となったのです。現在、原子力空母が置かれているのは、アメリカ本土を除いては、世界中で横須賀基地だけです。

 

それほど重要視された横須賀基地であったのですが、今回ブレスウェイト長官の主張に従ってシンガポールにアメリカ第1艦隊の基地が置かれ、今回はそのことについての言及がありませんが、もしそこに原子力空母基地が設けられるとすれば、横須賀基地の位置づけは急激に低下します。

 

アメリカがシンガポールに原子力空母基地建設を求めるかどうかはわかりませんが、かつてアメリカは非公式ベースでオーストラリアに原子力空母基地の建設を受け容れるよう非公式ベースで打診した経緯があり(2012年)、今回はシンガポール政府にそのような申し込みを行っている可能性は小さくはない、と私は考えます。

 

現在横須賀基地には空母1隻と、それを中心とした空母打撃群を構成する多数の多様な艦隊群イージスシステムを搭載した3隻のミサイル巡洋艦と8隻の駆逐艦及びその他の付属艦が駐留しています。しかし、空母打撃群を構成するに不可欠な艦船で、横須賀に駐留していない艦船が1種類だけあります。それは、攻撃型原潜です。

 

原子力空母は、一旦建造された後は再び解体されるまで燃料補給の必要はないので、横須賀に核燃料交換設備を置く必要はありません。しかし、原子力空母は海上についてはイージス艦と駆逐艦によって、そして海中については攻撃型原潜(大陸間弾道弾を撃つことを目的として世界の海に遊弋する戦略型原潜ではありません)で徹底してその安全を護られています。

 

艦隊航行中の現在横須賀を母港とする空母ロナルド・レーガン

【画像出展:Wikipedia File:US Navy 060618-N-8492C-276 The Nimitz-class aircraft carrier USS Ronald Reagan (CVN 76), foreground, USS Kitty Hawk (CV 63), center, USS Abraham Lincoln (CVN 72) and their associated carrier strike groups steam in formation.jpg

 

ですから、横須賀基地に攻撃型原潜が駐留していないことは、空母打撃群を編成するについて不都合なことです。しかし、多くの日本人が“軍事核”について強い拒否感をもっているために、敢えてそのことを日本に求めず、真珠湾に母港をもつ攻撃型原潜(現在13隻が駐留)を横須賀に沖にまで派遣しているものと思われます。原子力空母の通常の維持・修繕を行うには横須賀は不都合ではないのですが、艦隊編成という観点から不自由さが残っているのです。

 

もし、シンガポールが原子力空母のみならず、攻撃型原潜も受け容れると表明すれば、アメリカ海軍にとって、シンガポール基地は横須賀基地よりはるかに使い勝手のいい基地となってしまいます。そして、アメリカと同じほど熱心に軍事費を支出するマインドを持っているシンガポールは(下のグラフを参照ください)、日本よりはるかに”話の分かる”人たちです。

 

出典:ストックホルム国際平和研究所データに基づき作成。

 

そして何より、イギリスのダイソンがEVを生産するためにその本社を移した先のシンガポールは、今の世界の経済発展重心であるインド=シンガポール=南シナ海周辺新興国の中心に位置するのですから、21世紀の軍事=経済拠点基地としての役割を果たすようになることは日本にとって重大です。

 

経済発展を止めて衰退に向かいつつある東アジアのそのさらに端にある、つまり「極東の極東」にある横須賀基地よりその重要度ははるかに大きくなる可能性があるのですから(下の図を参照ください)。

 

【画像出展:Wikipedia File:Geographic Boundaries of the First and Second Island Chains.pngの図面に筆者が文字等を加筆して作成】

 

アメリカ軍の東アジア地域の軍事戦略拠点が横須賀(日本)からシンガポールに移る、このことは、「日本の21世紀の安全保障」にとって極めて重大なことです。

 

しかし、今の日本人の誰にも、政治家にも、外交・軍事官僚にも、外交・軍事学者や“専門家”にも、まったくそのような認識があるようには認められません。今日の日本は昨日までの日本の延長線上にいるように考えています。いや、「考えている」のではなく「感じている」のです。

 

そうして心の隙を、日本の安全保障の破綻の波は襲ってきます。

 

1992年に封切られ、日本でも大好評となったハリウッド映画の『ボディーガード』の中で、主役男優のボディーガード役のケビン・コスナーは主役女優歌手のホイットニー・ヒューストンに向かって、『降ろさせてもらう。俺は危機感をもたない奴は護れない!」という行〈くだり〉があります。件の歌手は直ちに心を入れ替えるのですが、しかし日本は、、、?

 

 

繰り返しになりますが、私は、来年(2021年)120日正午まではアメリカの政治を統率し、そしてアメリカ全軍を指揮する権限をもつのは現トランプ大統領なのであるから、それまでの間は決して次期大統領(と思われる)バイデンに秋波を送らず、ひたすらトランプ政権への信頼を篤くするべきである、と主張しました20201111日付ブログ『米政権移行時が、尖閣最大危機!』) 

 

トランプを甘く見てはいけない!

【画像出展:Wikipedia File:Donald Trump speaking at CPAC 2011 by Mark Taylor.jpgAuthor:Mark Taylor from Rockville, USA

 

もしそうしていたならば、横須賀基地の位置づけに対して大きなマイナス効果を及ぼす意味をもつ今回のブレイスウェイト海軍長官の発表を、日本に配慮したより穏やかな形で行っていたかもしれません。あるいは、そもそも、そのような公表に至っていなかったのかもしれません。

 

菅政権が嬉々としてバイデンにすり寄る姿を見せたから、トランプ大統領は菅総理初めとする日本政府に遠慮することなく、まったく裸の修飾しない形での今回のシンガポールに第1艦隊を創設するという発表を行ったことも、十分に考えられます。

 

 

このことによって、日本のアメリカの世界戦略の中で占める重要度は一気に下がりました。菅総理、外交・防衛官僚は、今後この失点をカヴァーするだけの知恵をもっているのでしょうか? あるいは「平和ボケ日本人」の影に隠れて、日本の安全保障体制を再構築する努力は行わないでいるつもりなのでしょうか?

 

なお、私の日本の安全保障策の基本は、連載『日本は東アジアでどう生き残るか』の中に丁寧に書き込んでいますので、興味ある読者は是非読んでみてください。