前回(8月13日付『所得税の累進性を高めるとアメリカの分断は深まる!』)に、トランプ政権になってから財政赤字が増し、赤字国債の発行額と政府債務残高が増える傾向にあるという話をしました。
そこで、アメリカ政府の財政が第2次大戦後どのような歴史を辿って来たのかということを見てみたいと思います。下のグラフに示しているのが、1930年度以降の歳入額、歳出額、そして財政収支のその年のGDPに対する比率の推移です。
出典:アメリカ大統領府Office of Management and Budgetの公表しているデータを素に作成。
第2次大戦が終わって国防予算が激減でき、財政も黒字化できたのですが、それも一瞬のことで、1950年に勃発した朝鮮戦争の戦費を賄うために国防予算が急増し、以降国防予算がGDPの17~18%という高い比率を示しているのは、冷戦が続いたためです。しかし、国防予算が高い水準で推移しているのに財政が大幅な赤字に陥っていないのは、個人所得税率が最高9割という高い水準で維持されたためです。
そうして維持された高い歳出額の水準をさらに高めたのが、1973年と79年の2度にわたったオイルショック(石油危機)の結果、景気の後退を留めるためとして大幅な財政拡大が行われたことによります。
そうして財政が悪化した状態である中で大統領職に就いた共和党から出たロナルド・レーガンは、月旅行計画に負けて傷ついていたソ連に最後の引導を渡すため、飛翔する弾道ミサイルのすべてを撃ち落としてみせるというはったりのスターウォーズ計画(戦略ミサイル防衛構想:SDI)を実施するなどしてさらなる国防予算を拡大したうえで、経済成長を図るために大幅な規制緩和と同時に大幅減税策を取ったために(いわゆるレーガノミクス。個人所得税の推移については、下のグラフを参照ください)、財政赤字は一気に膨らみました。
出典:トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(2014年)付属のネット上に示されたデータ等を素に作成。
しかしレーガンを継いで第42代大統領となった民主党から出たビル・クリントン(在任:1993-2001年)が、赤字財政を一気に黒字化することに成功しています。これが実現できた最大の理由は、1991年にソ連邦が崩壊して冷戦が終わり、国防予算を大幅に縮小できたことにあります。いわゆる”平和の分け前(Peace divedend)”と呼ばれているものです(クリントン大統領時代前後のアメリカ連邦政府の歳出額の対GDPの推移を下のグラフに示しています)。
出典:アメリカの政府財政についてのデータ検索サイトであるusgovernmentspending.comから得られたデータを素に作成。
しかしそれだけでなく、クリントンがなした最大の功績は、アメリカ経済政策の中心を従来の重化学等の伝統的製造産業からIT産業に移して、「情報スーパーハイウェイ構想」の名の下に、政府機関ネットワークを統合した全国規模の高速ネットワークを構築し、あるいは情報インフラ整備について民間事業者間の自由競争を認めるなどして、1970年代半ばから躍進しつつあったIT産業の急成長を後押しする正しい産業政策をとったことです(このことは、日本のNTTと郵政省が共同してADSLなどの先端情報ネットワークについて民間企業の新規参入を制限し続けたことと対照的です)。
このようなクリントンの革新的な産業政策は、アメリカの第3の産業革命が発展することを可能にして、急速な経済発展を実現しました。
このことによって、高所得者に対する個人所得税の増税(最高税率28%→36%。一部超高所得者に対しては→39.6%。但し3万ドル以下の所得者に対しては減税)と法人税の増税(34%→36%。及び一部補助金の廃止)をアメリカの産業界が大きな反発なく受け容れることを可能にしました。
そのうえで、失業者が無際限に連邦政府の生活保障と失業補償に頼れる仕組みを改正して(失業者が新たな職に2年以内に就くことを要求し、援助金を受け取れる期間を最大5年間に制限しました〈1993年の包括財政調整法等による〉、貧困家庭向け一時援助金プログラム(TAF)の受給世帯を3分の2に減らす道筋をつけています(1994:12.3百万世帯→2004年:4.5百万世帯)、社会保障費の無際限な拡大を抑制することに成功しています(なお、高齢者・低所得者向けの医療保険制度であるメディケア・メディケイドについての予算支出を抑制したという議論が多いのですが、私はそれを統計上で確認できませんでした)。
無駄な歳出を圧縮しながら財政規律を再生するというのは、クリントン大統領一人の発想であったというより、アラン・グリーンスパンFRB議長(在任:1987-2006年)に強烈に後押しされた効果が大きい、というのがアメリカの専門家の間での専らの評価です。この時代のアメリカでは、中央銀行であるFRBの独立性がよく発揮されていて、好ましい連邦政府とFRBの関係が維持されていたと評価することができると思います。もっとも、クリントン自身が民主党から出た大統領としては大いに型破りであったという面も大きいのですが、、、。
しかし次期大統領に就いたジョージ・ブッシュ大統領(ブッシュ・ジュニア)は、2001年に起こった9・11同時多発テロに過剰に反応して湾岸戦争を始め、黒字化した連邦政府予算を再び一気に悪化させてしまいました。クリントン大統領末期に、赤字国債の発行額がマイナス、つまり国債元本の一部を返済するまで至っていたものを、GDPの1割を超えるほどの赤字国債を発行する超赤字財政に戻してしまいました。
財政の観点だけから見れば、従来の大きな政府を求める民主党と小さな政府を求める共和党という図式が、クリトン→ブッシュ・ジュニアという大統領交代については真逆になってしまいました。太平洋戦争を始めたのも、ベトナム戦争に深く介入し始めたのも民主党から出た大統領ですが(夫々、フランクリン・ルーズベルトとジョン・F・ケネディ)、今回は共和党から出た大統領が余計な戦争を始め、財政を大赤字にさせてしまいました。ブッシュ・ジュニアという人が、いかに共和党の伝統を破った愚鈍な大統領であったか、ということがこのことからわかります。
そのブッシュ・ジュニアを継いで第44代大統領に就いた民主党選出のバラク・オバマは大統領は、2008年に起きたリーマンショックに端を発した大景気後退に対して、アメリカが第3の産業革命中にあり基本的な経済成長力をもっているということを無視して、1930年代の大恐慌に立ち向かった同じ民主党選出のフランクリン・ルーズベルト大統領と同様に必要以上の財政拡大策をとり、毎年GDPの5%に相当する額の赤字国債の発行を続け、2012年には国債残高がついにGDPを超えるに至っています。
そしてオバマを継いだトランプ現大統領は、大きな政府を目指すということはないものの、正当な財源の手当てがないままに大幅な法人税減税と小幅な個人所得税減税を同時に行ったために、2018年の赤字国債発行額はGDPの7%に拡大しています。あるいは財源を明らかにすることなく、対中国、対イラン、対北朝鮮、対ロシアについての軍事費拡大を示唆し続けています。
こうして、ネット歳入総額の2割から4分の1を赤字国債に頼るという体質が、ブッシュ・ジュニア→オバマ→トランプという各大統領の代に定着してしまっているのが今のアメリカ連邦政府の財政状況です。GDPが安定して実質ベースで2%以上伸びるという強い経済体質にありますので、国債残高のGDPに対する割合は100%を超えてじりじりと漸増するという程度で収まっていますが、しかし、これが適正な連邦政府財政の運用のあり方だとは到底思えません。
貿易赤字体質も一向に治らず、アメリカは今“双子の赤字”状態に陥っています(下のグラフを参照ください)。トランプ大統領は中国や日本を責めて貿易赤字だけは減らそうと躍起になっていますが、そのこととは関係なく財政赤字をなくすことは喫緊の大課題だ、と私は考えます。
出典:財政赤字と国防予算のGDPに対する比率は、usgovernmentspending.comに掲載されたデータを素に、貿易赤字についてはアメリカのBureau of Economic Analysisが掲載するデータを素に作成。
ならば、どうすればいいのか?
それは、2つの方法によって解決する以外にない、と思います。1つは財政支出の無駄を徹底してなくすこと、そしてもう1つは連邦政府の収入財源を支える個人所得税を増税することです。
それでは一体、そのようなことは現実に可能なのか? 次回には、その可能性を探ってみたいと思います。
なお、近日体調を崩しており、その上パソコンのトラブルにも見舞われていてまだその完全復旧に至っていません。記事のアップが不定期になった場合には、そのせいだと思い、どうぞご理解ください。生活の質を優先しつつ、ぼちぼち、というところです。
それにしても、ランニングの距離を半分にしても世界級のトライアスロンの選手が熱中症で倒れるというのは、ひどい話ですね。
読者の皆さんには、心より暑中お見舞い申し上げます。先ずは、この夏、元気のまま生き延びてください。
福島県裏磐梯秋元湖
【画像出展】Wikipedia File:Akimotoko.jpg