この連載で既に明らかにしているように、緊迫する西アジアで日本の安全保障体制を確実にするには、日本のGDP2パーセントに相当する軍事費が必要です。

 

現在、日本はGDP1パーセント弱しか負担していません(0.94%・2018年)。日本に駐留するアメリカ軍(海軍、空軍、海兵隊)は、日本のGDPのおよそ0.5パーセントに相当する軍事費を負担しています。合わせて、日本防衛に費やされている軍事費総額は、日本のGDP1.5パーセントでしかありません。

 

日本のGDP0.5パーセントに相当する軍事費が不足しています。その不足分を日本がアメリカに要求し、あるいは期待する道理はまったくありません。つまり不足している軍備の増強をアメリカに要求し、あるいは期待することは不公正であるのですから、日本自身がそれを行わなければなりません。

 

その様な責任ある姿勢をとることをアメリカに約束することによって初めて、日本はアメリカと対等な立場で日本の安全保障、あるいは西アジアを初めとする世界の安全保障についてアメリカと交渉する資格を得ることができる、というのが私の今日の主張です。

 

以下、その理由を歴史の回顧を含めて説明します。

 

 

日本は島国です。日本が戦後初めて再軍備した時、つまり1950年に朝鮮戦争が勃発した直後に警察予備隊を設置した時には、そしてその後しばらくの間は、日本がアメリカを先頭とする西側陣営から与えられた主要な任務は、日本の沿岸に上陸しようとするソ連軍を阻止することでした。だから、警察予備隊→保安隊(1952年)→陸上自衛隊(1954年)の役割が大切だったのです。その他必要な海軍力、空軍力はアメリカが負担するという考えでした。

 

2次大戦が終わってすぐに、ソ連とアメリカの対立が始まり、そして1949年に中国共産党が蒋介石率いる中華民国を台湾へと追い落としてからは、西アジアでは、日米と中ソを代表とする東西陣営の対立が深刻になり、1950年に勃発した朝鮮戦争はそれをさらに危険なものとしました。

 

そういう環境のもとで、せめてGDP4パーセントを軍事費に割いてくれ、軍備をもたないという憲法は直ちに改めてくれ、というアメリカからの要求を吉田茂首相は断り、防衛費はGDP2パーセントを下回る額に留め、憲法改正作業には着手しませんでした。これ以降、実際に必要額を大幅に下回る軍備を進めつつ、憲法9条を書き替えないという、アメリカには理解できない特異な体制が始まりました。

 

出典:日本については沓脱和人著『戦後における防衛関係費の推移』(立法と調査 2017. 12 No. 395 参議院常任委員会調査室・特別調査)に載せられたデータを素に、アメリカについてはアメリカの財政データ検索サイトusgovernmentspending.comに載せられたデータを素に作成。

 

ことに、1954年以降、日本が陸上自衛隊の他、海上自衛隊と航空自衛隊の近代装備を整え始めるにつれて(陸上、海上、航空自衛隊員の数の推移を下のグラフに示しています)、実態と憲法の矛盾は深刻になったのですが、日本人挙げて、今日でいうところの“解釈改憲”を行ったことになります。そしてそれは、日本以外で通用する法理論ではありません。 

 

出典:2006年度までについては『防衛ハンドブック』(朝雲新聞)、それ以降については防衛省ホームページ掲載の毎年度予算説明書に記載された自衛隊定員数を基に作成。

 

1957年に首相になった岸信介は、一方で防衛費予算のGDPに対する比率を下げつつ、他方、アメリカに不平等な安保条約を対等なものに変えるというのを第1公約とする、という奇妙な政策をとったのですが、結局のところ条約名称に“相互”という言葉を入れ、アメリカが日本の防衛義務を負うということを明文化し、“行政協定”を中身を変えずに“地位協定”という名前にしただけの“条約改定”を行い、アメリカは“安保タダ乗り”の不満を高めながら、アメリカ軍の自由行動を束縛しない地位協定が維持されたことで、辛うじて我慢したのでした。

 

1960年代に入って、日本は開放されたアメリカ市場の恩恵を最大限に受つつ高度経済成長を遂げたのですが、1960年代末には防衛費のGDP比率をさらに1パーセントを切るまでに低下させ、節約できた経済資源を輸出産業振興に充てたのです。こうして、アメリカの“安保タダ乗り”批判者の不満を高め続けたのでした。

 

それでも、1980年代以降ソ連が衰退し、1991年に崩壊するに至っては、西アジアの安全保障環境はアメリカにとって穏やかなものになり、あるいは1970年代末からアメリカが第3の産業革命を始めて国力が確実に拡大する中、日本の自己中心の態度をおおめに見るゆとりもできたのです。

 

 

しかし、2000年代半ばより中国の経済規模の拡大が無視できないほどのものになり、2010年代に入ってアメリカを急追する勢いをつけ、翻って西アジアでの近代的軍備を爆発的に拡大するに及んで、アメリカの鷹揚さにも限度が来たというのが、今回のトランプ大統領の「日米安保破棄」発言の背景です。

 

出典:世界銀行データベースに示されたデータを素に作成。

 

そもそも2009年に大統領に就いたバラク・オバマ大統領が、そのことに真剣に向かうべきであったのですが、現実を無視した核廃絶を口にするなどしてノーベル平和賞受賞に感激している隙に、ソ連、そしてことに中国は核、先端航空機、原子力潜水艦、空母、さらには宇宙軍備の拡大を爆発的に進め、のんびりとしたアメリカと、アメリカに尻を突っつかれることのなかった日本は、西アジアにおいて中国の軍事脅威の拡大に何ら効果的な手を打つことはありませんでした。

 

その結果、日本の生命線といえる南シナ海について中国の領海宣言と現実的な軍事基地等の建設が進んでいます。これは、口先だけのオバマ政権と、事なかれ主義の日本政府が招いた結果です。

 

今、日本の安全についての最大の脅威は中国の先端戦闘機群です。先端戦闘機とは、第5世代と呼ばれる最先端のステルス戦闘機、例えばF-35、の1代前の第4世代戦闘機のことです。日本の中心はF15F-2です。中国のものは、ロシアの開発したSu-27やそれを中国がライセンス生産したJ-11、あるいはそれをベースに中国が開発した空母遼寧に艦載されるJ1516などがこれに当ります。

 

中国のJ11(左上)とF-15(右下)

【画像出展:Wikipedia File:Chinese-j-11.jpgJ-11)、File:F-15, 71st Fighter Squadron, in flight.JPGF-15)】  

 

現在西アジア地域における第4世代の戦闘機の数は、日米両国合わせて440機、それに韓国のものを含めて700機、さらに台湾のものを加えて810機ですが、対して中国1国で600機、それにロシアのものを加えれば760機で、東西バランスは辛うじて保たれています(下のグラフを参照ください)。

 

出典:防衛省平成29年版防衛白書掲載の図表『わが国周辺における主な兵力の状況(概数)』を素に、wikipediaに掲載されている各国空軍の保有する戦闘機の中から第4世代に属するものを抽出してその機数合計を計算したものを素に作成。

 

しかし、このバランスは、まったく安定したものではありません。第1に、パク・クネから文在寅大統領下の韓国の動向は信頼に値するものではありません。パク・クネは、20159月の抗日戦勝70周年記念日に天安門広場で開かれた軍事パレードを習近平、プーチン大統領と並んで謁見し、文在寅は、基本的姿勢をあいまいにしたまま金正恩に近づきトランプ大統領の信頼を失ったままです。

 

中国共産党人民解放軍を観閲するパク・クネ、プーチンと習近平

【画像出展:Wikipedia File:China Announces Troop Cuts at WWII

 

2代続いた韓国のこの不透明な姿勢は、韓国が本当に西側陣営にこのまま留まるのか、あるいは10世紀以上にわたって宗主国としてきた中国に再び追従することになるのか、確かには判断できません。だから、不安定要素として、西側陣営からの戦闘機数からはカウントを削除せざるを得ません。そして、台湾のものも、日本と中国の緊張が本当に高まったときに、準同盟国の勢力としてカウントするには足りません。

 

だとすれば、現在時点で、日本の安全保障に確実に貢献する第4世代戦闘機数は440であり、これは中国1国の数を既に大きく下回っています。

 

さらに、新浪軍事という中国の軍事専門誌は、「中国の第4世代戦闘機の数は既に1,200機を超えている」と報道しています2019417日)。この報道内容についての信ぴょう性を支える記事は他にありませんが、しかし、600機という数値は控えめなものであるということは覚悟しておかなければならないと思います。一方で、実体的な脅威となる数値は、配備機数に稼働可能率を掛け合わせた実動機数ですから(太平洋戦争中の日本のそれは2割、アメリカのそれは8割でした)、中国のそれが日本やアメリカほどに整備体制が充実していそうにないことを勘案すれば、現在、日米両国と中国の第4代戦闘機数はおおよそバランスしているとみていていいのかも知れません。

 

問題は、今後です。

 

日本は今、第5世代の最先端ステルス戦闘機F-35Aと艦載可能なF-35BF-15と交換しつつあります。一方中国も、第5世代のF-35Aに性能が匹敵する(と伝えられる。確かなことは実戦記録がないのでわかりません)J-20の配備を開始しています。

 

中国のJ-20(左上)とF-35(右下)

【画像出展:Wikipedia File:J-20 at Airshow China 2016.jpg Author:Alert5J-20)、File:IAF-F-35I-2016-12-13.jpgF-35)】  

 

4、第5世代戦闘機が地上基地から発進したとすると、その行動半径はおよそ1,000キロですから、沖縄を攻撃できても日本本土に及びません。しかし、空母の配備が進めば、その攻撃範囲は直ちに日本本土に及びます。そして現在中国は複数の空母を建造中であり、またその規模を増しつつありますから、早晩アメリカと同等の大型(1万トン級)原子力空母をもつことはほぼ確実です。

 

そしてそれ以前に、F-35Bに匹敵する垂直離着陸型の第5世代戦闘機(殲-18)の開発に成功すれば、中型空母でも大型最先端ステルス戦闘機を運用することが可能となります(すでに開発に成功したという報道もあります。但し、未確認)

 

空母遼寧

【画像出展:Wikipedia File:Han class.jpgAuthor:Baycrest

 

その様な中国の急速な第5世代戦闘機及び空母の装備が急速に進むこと見込めば、日本のGDPの2パーセントに当たる額の軍備を、日本とアメリカとで共同して行わなければなりません。そして現在の日本の防衛費が日本のGDPの1パーセントに満たない額、アメリカの駐留日本軍の装備と維持に現在支出している額が0.5パーセントだとすると、これにさらにGDPの0.5パーセントに相当する額を日本が追加して支出して、初めて日本の安全保障は確実となります。

 

防衛費の対GDP比率が先進国中で異常なほどに低い日本が、対GDP4パーセントを超える国防費を支出するアメリカに、さらに余分の支出を求め、あるいは他の地域の安全保障体制を弱めても日本沿海にその分を廻せ、という要求は公正ではないでしょう。

 

日本が追加して支出する0.5パーセントは、常時50機の第5世代戦闘機を積載する空母1隻を常時稼働するために必要な合計3セット(運用中、修理中、訓練中)の大型空母の装備、維持費(=プラス0.3%)、アメリカの核の傘の使用に対する負担(=プラス0.3%)、イージス・アショア及び衛星システム等の整備・維持費(=プラス0.1%)、陸上自衛隊の実質的廃止(=マイナス0.2%)、の合計です。以上概々算です(なお、大型空母を装備、運用することの有用性は、2018年8月24日付連載第25回『日本の空母保有は日米同盟の価値を倍加する”』で詳しく述べています)

 

これだけの装備を整えることにより、日本近海の東西陣営、日米同盟と中国の軍事バランスは中間的未来にわたっておおよそ実現できます。そして、1950年以降初めて、日本は”安保タダ乗り”の誹り〈そしり〉を避受けることなく、対等な立場でアメリカと信頼感のある安定した相互安全保障条約体制を確立することができます。「100年安心安保」です。そして、沖縄県民を悩ませている地位協定改定の交渉にも入れます。

 

これでも、第4、第5世代を合わせた戦闘機数の合計では、日米同盟は中国に劣りますが、最先端戦闘機の質(対戦能力と稼働率の高さ)、そして空母の質(打撃群を防衛する静穏な攻撃型原潜の性能を含む)によって、数の劣勢をカヴァーするという考えです。

 

これらの装備を整えること、あるいはアメリカの攻撃に対して防御力を提供することは憲法に反するので行えない、あるいは行わない、というのは議論が本末転倒しています。自国と日本の安全保障の生命線となる南シナ海の安全保障を行うことを現行憲法が阻害しているというなら、そして実際阻害していますが、亡国を覚悟して”憲法を護る”のではなく、憲法を改めて日本の国土と日本人の命、そして(ロジスティック上の)生命線の南シナ海の”安全を護る”べきです。