日本のニュース報道では、日産とルノーの関係について、以下の3点が強調されています。

 

1に、日産の販売台数は、ルノーの販売台数よりはるかに大きい。つまり、日産の方がルノーよりはるかに大企業だ。

 

2に、ルノーの利益の半分は、日産からの上納金である。

 

3に、日産の技術力は、ルノーの技術力をはるかに凌いでいる。

 

だから、立派な日産が小企業のルノーの言いなりに操られ、利益を吸い取られる一方であるのは、不道徳である、というのです。

 

ちなみに、ルノーの純利益に占める日産からの利益の割合は、伝統的に5割程度ということであって、それは日産がルノーから経営破綻から免れるために支援を受けときからの両者の関係がそうなのですから、今に至って急に生じた事情ではありません(その時系列の推移については、下のグラフを参照ください)。

 

出典:ルノーの各年のRegistration Documentに記載されたデータを素に作成。

 

では、日本の報道ではあまり触れられていない点について、以下少し話してみましょう。

 

まず、販売台数についてです。

 

2017年度の日産の世界での販売台数は577万台で、ルノーの377万台を200万台も上回っています。しかし、2015年度の日産の販売台数は542万台であった一方で、ルノーの販売台数は281万台でしたから、その差は261万台もありました。つまり、2015年度から2017年度までのわずか2年間で、日産とルノーの販売台数の差は61万台も縮まったのです。 

 

出典:日産自動車については日産自動車㈱のホームページに記載されているデータを、ルノーについてはルノーの有価証券報告書(Registration Report)に記載されているデータを素に作成。

 

明らかに、ルノーに勢いがあり、日産を激しく追い上げています。

 

次に、売上についてです。

 

2017年度の日産の売上は、922億ユーロであった一方で(年度中の円/€為替レートの平均値で換算)、ルノーの売上は588億ユーロでした。その差は、334億ユーロです。で、2年前の2015年度には、日産とルノーのそれぞれの売上は、933億ユーロと460億ユーロでした。その差は、473億ユーロです。つまり、2015年度から2017年度までのわずか2年間に、日産とルノーの売上の差は139億ユーロ(2017年度平均為替レートで1.8兆円)も縮まっているのです。  

 

出典:日産自動車㈱とルノーそれぞれの有価証券報告書(Registration Report)に記載されているデータを素に作成。 

 

2015年度から2017年度の2年間に、ルノーは自動車販売台数でも、売上でも、日産を激しく追い上げているのです。にもかかわらず、その近年顕著な動向はまったく無視して、2017年度の実績だけに着目して、日産がルノーよりはるかに大きな業績を残している企業だと主張するのは、あまり公正な態度とは言えないと思います。

 

 

次に、日産とルノーの技術力についてです。まずは、客観的に較べられるR&D(研究開発)投資額ついて比べて見ましょう。

 

2011年度の日産のR&D投資額は37.1億ユーロ(2017年€)で、ルノーの18.1億ユーロの倍以上もありました。しかし、2017年度の日産とルノーのR&D投資額は、それぞれ39.8億ユーロと26.9億ユーロで、その差は12.9億ユーロに縮まっており、日産のR&D投資額はルノーのそれより48パーセント多い額に留まっています。

 

また、売上に対するR&D投資額の比率は、2017年度に日産が4.2パーセントであったのに対して、ルノーのそれは5.2パーセントと1パーセントポイントも上回っています。2015年度まで、両者のその比率はほとんど同じであったので、2016年度以降のルノーのR&D投資についての積極性が目立ちます。

 

ここから言えることは、少なくともR&D投資についての態度は、近年ルノーの方が明らかに日産に対してはるかに積極的であるということです。

 

 

さて、そのような2社の技術開発についての姿勢の違いを確認したうえで、多くの人が主張するように日産の技術やルノーをはるかに凌いでいるのか、という点についてです。

 

私は、ここで、R&D投資額比率(=R&D投資額/売上高)が、その自動車メーカーの技術力の高さに反映している、という主張をしたいと思います。それは、下のグラフを見れば、おおよそ納得がいくのではないかと思います。

 

出典:欧州委員会(EC)のJoint Research Center著“The 2017 EU Industrial R&D Investment Scoreboard”に記載されたデータを素に作成。

 

ここで、R&D投資比率が11.9パーセントと2位のフォルクスワーゲン(6.3パーセント)のおよそ倍ものR&D投資をしているのは、アメリカの電気自動車ベンチャーのテスラです。

 

テスラは、ロケットと宇宙船を製造するベンチャーのスペースX社のCEOも務めるイーロン・マスクが産み(11月29日10時pm訂正)育てた電気自動車メーカーで、それがいかに革新的なものであるのかについては、このブログで何回も紹介しています。

 

一方、日産自動車は2010年より電気自動車リーフを販売しており、世界でも有数の電気自動車メーカーとしての地位を獲得し、日産自動車もその技術を自慢にしています。しかし、2014年に世界での販売台数が6万台に達してからは、伸びがまったく止まっています。その革新性が世界のユーザーに必ずしも高くは評価されていないことの証です。

 

 

日産リーフ2代目のZE1型(左)とテスラ3モデル(右)

【画像出展:Wikipedia File:Nissan Leaf ZE1 Nissan Global Headquarters Gallery 2017-08 2.jpgAuthor: photo:Qurn(talk)(日産リーフZe1)、File:Tesla Model 3 parked, front driver side.jpgAuthor:Carlquinn(テスラ3))

 

一方のテスラは、2008年に初めて電気自動車ロードスターを販売しましたが、5年ほどの揺籃期には年間1~数千台と日産リーフの10分の1ほどの水販売台数でしかありませんでした。しかしその評価が定まるにつれ、2013年には2.2万台が売れて以降、販売台数は急激に増え、2015年には日産リーフの販売台数を凌駕し(テスラ:5.1万台、日産リーフ:4.4万台)、2018年度には20万台の販売が見込まれています(下のグラフを参照ください)。これは、日産リーフを5倍弱凌ぐ多さです。 

 

出典:日産リーフについてはアメリカのWikipediaに、テスラについてはアメリカの複数のサイトに掲載されたデータを素に作成。

 

今後、テスラの電気自動車の販売台数はさらに急激に増えると見込まれ、日産リーフがテスラの競合相手になることは最早ないと考えています。そしてこれは日産自動車とテスラの技術差によるものであり、そのもっと重要な部分は未来の自動車産業がどのようなものになるのか、ということについての決定的な構想力の差です。

 

そのことについて世界の投資家ははっきりと日産自動車よりテスラを支持しており、それは、現在は日産自動車の数十分の1の台数しか生産していないテスラの株式時価総額が、日産のそれをすでに6割以上も上回っていることで示されています(データについては、下の表を参照ください)。

 

 

さて、こうして日産の技術が世界水準でみれば必ずしも最先端にあるわけではない、ということを確認したうえで、日産とルノーの技術の優劣について考えてみましょう。

 

すでに、R&D投資率というものが、自動車メーカーの技術の優劣を判断するうえでとても有効なものであるということを知りましたので、改めて日産自動車とルノーのR&D投資率を詳しく比較してみましょう。

 

すでに、ルノーが世界第4位(2017年:5.2%)であり、日産が10位である(4.2%)ということを知りました。それでは、そのような関係は以前からずっとそうであったのでしょうか? 下に、日産とルノーの2011年以降のR&D投資額とR&D投資比率の推移をグラフにしたものを示しています。

 

出典:欧州委員会(EC)のJoint Research Center著“The 2017 EU Industrial R&D Investment Scoreboard”に記載されたデータを素に作成。

 

2011年から2015年までは、日産自動車とルノーのR&D投資比率は両社とも5パーセント弱で変わらなかったのです。しかしそれ以降、日産自自動車がR&D投資額をほとんど変えず、売上が増えてもR&D投資額が増やされなかったので、R&D投資比率は低下しました。それに対してルノーはR&D投資額を急増させ、その結果R&D投資比率も急速に上がったのです。その結果、R&D投資比率については、ルノーが日産自動車を大幅に上回ることになってしまいました(2017年:ルノー=5.2%、日産自動車=4.2%)。

 

明らかに、近年ルノーはR&Dについてとても積極的な姿勢を示し、それに反して日産自動車は、電気自動車開発についてテスラに大幅に後れをとってしまったにもかかわらず、競争に勝ち残るためにR&D投資を必死に拡大するという策ととることなく、むしろ消極的な対応に終始したのです。

 

このような姿勢をとる企業が、「わが社はルノーよりはるかに優れた技術をもっている!」といったい大声で言えるものなのでしょうか?

 

十分に信頼性があるものだとは言えませんが、日産自動車とルノーの技術比較について、ある人は「ディーゼルならルノー、V型エンジンなら日産、FFV用エンジンならルノー。何を比較するかで優劣は違います」との意見をネット上に挙げています。私は自動車エンジン技術について明るくありませんので、具体にはその評価については言えませんが、「まあ、そんなところなんだろうな」と漠然と思います。そして今まで行ったR&D投資についての統計解析は、そのような印象を支持していると考えます。

 

 

むしろ、技術面でも、近年の日産自動車は積極姿勢を見せるルノーに追い上げられていると言っていいのではないでしょうか。

 

いや、日産のプロパー社員はそうしたかったが、ゴーンに拒否されたのだ、といった声も出されそうですが、しかし、ルノーと日産のR&Dについての差が出始めた2015年の前年に西川廣人社長はチーフコンペティティブオフィサー研究・開発・生産、SCM、購買、TCSX(トータル カスタマー サティスファクション ファンクション)、ソーシング ステアリング コミッティ、TdC競争力強化推進 担当という肩書を得ているのであり、ゴーン社長兼CEOに強い意見を言える立場にありました。

 

R&Dを強力に推進したいという強い進言がプロパー社員たちから上げらたときに、ゴーンがルノーの比較競争力が弱まることを理由に反対した、とは到底思えません。”技術の日産”といいつつ、世界的大企業としてはむしろ低いR&D投資比率を維持してきたのは、日産自動車の伝統的な体質であったと思います。

 

そもそも”技術”は、日産自動車プロパーのものでなく、1966年に日産自動車が通産省官僚に”指導”されて吸収したプリンス自動車の看板でした。当時の若者は、プリンス自動車のスカイラインGT、通称スカG、にあこがれたのですが、プリンスが日産に吸収されて以降急速にそのとがった性格を失い、やがて若者からの支持を失ったのでした。日産自動車は、当時から技術というより販売が優先した企業でした。

 

 

以上みてきたように、日産自動車は、頼りにする電気自動車についてはテスラとの差がハッキリとし、一方、販売台数、売上、R&D投資について、自社のルノーに対する優越が、中期的な未来について盤石なものであるとは言えなくなってきた、という焦燥が日産プロパー社員にあったのではないか、と私は推測します。

 

これは、今回の騒動の本質を見定める上での一つの重要な視点になる、と私は考えています。