日本とアメリカで、新卒者に人気の企業が一体どれほど新しいか、あるいは旧いか、を調べてみました。それを表したのが下のグラフです。 

 

出典:日本のランキングは楽天の『新卒就職 人気企業ランキング』を、アメリカのランキングはGlassdor社の“2018 Best Places to Work-Employers Choiceに掲載されたデータを素に作成。

 

データを集計中からすでに感じていたことですが、しかし完成したグラフを見てみると、改めて日本とアメリカという2つの国のあまりに大きな形の違いに驚愕させられます。

 

一言でいうと、日本は“老人の国”、そして老人の国にすがり続ける若者の姿です。表現は少し悪くなっていますが、それほど私の受けた衝撃は大きかったのです。

 

 

アメリカでは、第3の産業革命が本格的に進み始めた1980年代以降に創立された企業が、新卒者に人気のトップランキング50位以内に入る企業のおよそ6割(58%)であるのに対して、一方日本では、同じ時期に創立された比較的新しい企業の割合はわずか1割(12%)にしか過ぎません。しかもこの6社の中にはJR東海、NTTデータ、ジェイアール東日本企画といったように、純粋に新しく立ち上げられたベンチャーではなく、古い大企業が母体になっているものも3社含まれています。だから、実質的に1980年代以降にまっさらな状態から設立された企業の割合は6パーセントでしかないということです。

 

このアメリカと日本の10倍にも及ぶ若い企業の割合の差、しかもそれを求め続ける若者の姿勢、それを見て私は唖然とし、そして日本の未来に暗澹たる思いしか持てないのです。

 

 

近年、求人倍率が上昇していて、就活市場は新卒者に有利な売り手市場という印象がマスコミを通して振りまかれています。しかし、実際には、新卒者本人たちがよく知っているように、中小企業については圧倒的に売り手市場である一方で、大企業については求人倍率が3年続けて低下し、2019年卒業生については0.70倍になっています(下のグラフを参照ください:リクルートワークス研究所調査結果)。

 

出典:リクルートワークス研究所の『大卒求人倍率調査』に記載されたデータを素に作成。

 

では、どうして大企業の求人倍率が下がったのか? それは、大企業の求人数が減っているからではありません。それは、2015年卒業生以来、大企業を求める新卒者が急増しているからです(下のグラフを参照ください)。大学生の数が増えて、職を求める新卒者の数もわずかに増える傾向にありますが、しかし、その中で大企業に就職することを希望する者の割合が急上昇しているのです。

 

出典:リクルートワークス研究所の『大卒求人倍率調査』に記載されたデータを素に作成。

 

別の民間調査機関(㈱ナイマビ)が、男女別の大企業を志望する者の割合の推移を公表していますが、それによると、女の大企業への就職を希望する者の割合は男より10パーセントポイント強低くなっていますが、変化の傾向としてはまったく同じです。男は2010年以降2番目の、そして女は2008年以降2番目に高い数値を示しています(下のグラフを参照ください)。

 

出典:リクルートワークス研究所の『大卒求人倍率調査』及びマイナビの『2019年卒マイナビ大学生就職意識調査』に記載されたデータを素に作成。

 

では、なぜ近年若者の大企業志向が強まっているのか? それは一つには、就職市場が売り手市場になってきているという安倍内閣がつくり出した好景気の状況を正直に受け取って、特に業績が改善している大企業なら以前より積極的に自分を受け容れてくれるかもしれない、という甘い期待をもったのでしょう。しかし、より根源的な理由は、新卒者が職の安定を強く望むようになったからです。

 

それは、民間調査会社(㈱マイナビ)のアンケート調査結果にはっきりと表れています。2013年新卒者以降、会社を選ぶのに「自分のやりたいことができること」を挙げた者の割合は減少を続け、一方「安定している会社」を望む者の割合は急速に上昇し続けて、2019年卒の学生では、その両者の差がほとんどなくなっています(下のグラフを参照ください)。2000年代初頭には、この差は30パーセントポイントほどもあったのですから、もはや時代が違ってしまった、と言っていいでしょう。 

 

出典:マイナビ著『2019年卒マイナビ大学生就職意識調査』に示されたグラフから、文中の2項目についての割合の推移のみを抽出して作成。

 

で、安定した会社を求める心情の背景にあるのは、自分は終身雇用されて一生の所得の安定を得たいということです。以前にもこのブログで紹介したことがありますが、終身雇用制を支持する20歳台の若者の割合は2000年代半ば以降増え続け、最新の調査結果がある2015年にはほぼ9割に達し(87.9%)、世代全体の平均値をついに上回ってしまいました(下のグラフを参照ください)。

 

出典:独立行政法人労働政策研究・研修機構著『第6回勤労調査結果』に示されたデータを素に作成。

 

つまり、若者の終身雇用への志向は、2000年代に入って以降、脈々と高まりつつあったのです。そしてそれが、2014年以降の新卒学生の実際の会社選択の行動として現れたのだと理解していいでしょう。

 

では、何が2014年以降、特に2015年以降の新卒者に起こったというのでしょうか?

 

 

最近の新卒学生がどうして”安定志向”に傾いたのか? 驚いたことに、今の日本にはこの問いについて質問や疑問を発した人はほとんどいません。すべての記事は、「近年新卒学生の安定志向が高まっている。ピリオド」です。それから先に筆は進まないのです。

 

私がただ一つ見つけることのできた答えは、「リーマンショック後の経済危機、東日本大震災を初めとする大災害など、2018年卒の学生たちは厳しい現実を目の当たりにしながら生きてきた。そういった環境が、『安定志向』を産む要因になっているかもしれない」(ZUU online 編集部:2017年5月)というものでした。しかし、安定志向は2013年新卒学生までは下がり続けており、2014年新卒学生以降に急激に上昇を始めています。上の説明と現実の意識変化の間に、矛盾が生じています。ならば、一体2014年以降に何が変わったのか? 以降は、私の解釈です。

 

 

2014年の新卒者と言えば、アベノミクスが開始されてから初めての卒業生です。そして2015年の新卒者は、アベノミクスが本格的に始動した後の卒業生たちです。アベノミクスは異次元の金融緩和と急激な財政拡大を行い、政府が大盤振る舞いする予算の中で景気は改善し始めたと言われています。

 

ならば、新卒者は好景気の時代環境を謳歌して、将来の安定より明日の冒険を試みるというのが普通でしょう。日本でも、中国などアジア新興国が躍進して、それらの国への輸出が急増して景気が良くなり始めていた時期(2007年前後)、新卒学生の安定志向は弱まりつつありました。しかし、2014年以降にはそうではない、日本の若者はそのような世界の常識に反した行動に出た、なぜなんでしょうか?

 

 

考えあぐねたうえで、私が得たのが次の仮説です。

 

日本の若者たちは敏感に時代の危うさを本能的に感じ取ったからだ、というのが私の得た仮説です。それを証明する手立てを私はもっていませんので、"仮説“に留めざるを得ません。しかし、これ以外にいったいどんな説明が可能だというのでしょうか?

 

 

これは日頃からの私の主張でもありますが、経済が成長していないときに、根拠のない通貨、円、を無際限に発行して、それを財源に赤字国債の大発行を続けて、それで一体1国の経済は回復して成長するものなのでしょうか? 普通の者、既成の利害関係に囚われないで自由に発想できる者たちは、「なにか、ヘンじゃない!?」と感じたのではないでしょうか?

 

「いつまでも、こんなことが続けられるわけがない。いつかおかしくなる。人はどうあれ、自分はそれに備えておかなければ」と考えた、というより本能的に頭と体が連動して動いた、ということではないか、というのが私の推測です。そしてそれは、すこぶるまっとうな感覚です。既成の利害や利権にまみれた大人たちの言うことをまともに信じないでいよう、と若者は考えたというのは私の買い被りでしょうか?

 

 

そこまでは、私は大賛成なのです。しかし、だからと言って大企業を頼って身を寄せるということについては賛成しかねます。

 

なぜなら、2020年代初頭に私が予測するように日本が大経済破綻に陥った時、古い大企業が無事大勢の社員を雇用し続けるということはできないだろう、と予測しているからです。

 

 

私は、東芝という大企業がいかにして破綻したかということを詳しく説明してきました(トピック『東芝の破綻に立ち向かう』の14件の記事)。そして三菱重工業という会社がいかに危険な状況にあるかということも数度にわたって詳しく説明してきました(最新のものは、9月12日付『三菱重工は、蘇っていない!-日経ビジネス特集記事への反論』)。

 

これらの企業は、まれにある特異な企業ではありません。現在の日本の多くの古い大企業の典型的な姿を現したものばかりです。しかしこれらの企業は、破綻に面しても、1980年代にアメリカの大企業、例えばアップルなどのITベンチャーの挑戦を受けたIBM、が行った企業構造改革、アメリカ人がrestructuringと呼ぶもの、を行おうとはしません(restructuringについての詳しい説明は、2017年5月30日付『”なんちゃってリストラとは違うアメリカの企業構造改革とは違うアメリカの企業構造改革』に詳しく説明しています)。だから破綻への道を進む以外にはありません。

 

その様な企業の終身雇用を信じて、これから入社していったいどんな明るい未来を期待できるというのでしょうか?

 

 

アメリカの大企業の大半は既に企業構造改革を終えています。しかし、そうではない企業もあります。例えばトランプが盛んにかばおうとする今でも労働組合がとても強い自動車メーカーです。そしてこれらの企業には現在も終身雇用制が活きています。それを“セニオリティ・システム;seniority system”と言います(工場労働者についての制度)。

 

企業の業績が悪くなると、延べ雇用年数の短い者からレイ・アウト(一旦解雇)して、業績が回復すると延べ雇用年数の長い者から順に再雇用するのです。だから、延べ勤続年数が長いほど有利なアメリカ型の終身雇用の形です。

 

 

日本の大企業は、業績が悪くなればどうするでしょうか? まずは非正規雇用者を解雇するでしょう。でも中核となる職場で働いている者全員を解雇することはできません。次には、正社員に手を付けなければならないでしょう。先ずは早期退職を募るでしょう。しかし、それでも足りなかったら?

 

40歳代の元気な現在の企業の屋台骨を支える社員にまで手を付けるわけにはいきません。先ず目が向くのは、ここ数年のうちに新規雇用した若者でしょう。なぜなら、それらの者を雇用したのはその将来を買ったのであって、即戦力にはなってはいないからです。若者を解雇すれば評判はがた落ちです。しかし倒産を目前にして、そんなことにかまっているゆとりはありません。

 

 

日本の終身雇用は慣行であって、企業と社員の間にそれを保証する雇用契約は一切ありません。だから、企業はいつでもクビを切れるのです。裁判所に不当解雇と訴えても、企業業績があまりに悪化しているので、正当な整理解雇だとして棄却されることになるでしょう。

 

時代が悪くなったので、通り雨に一時の軒〈のき〉を大企業から借りたのだ、と若者は思うかもしれませんが、世の中そんなに甘くありません。

 

 

冒頭のアメリカと日本の人気のある企業トップ50社の構成を思い出してください。アメリカで1970年代以前に設立された企業は4割(42%)しかありません。さらに第2次大戦前に設立された企業に限れば、その割合はわずか2割(22%)です。それが日本では、それぞれ9割(88%)と4割(42%)です。日本が大経済破綻後も生き延びるのであれば、日本の形をアメリカのそれに揃えざるを得なくなることは自明です。

 

日本の多くの古い大企業は大幅に企業規模を縮小して終身雇用制度を廃止するか、あるいは破綻して市場から退出するしかありません。そのようなことになる可能性が高い現在の日本の古い大企業の職を求めても生涯の安定を実現することにつながるはずはないではないか、というのが私の意見です。

 

今回は、連載『就活ルールから自由に』の第6回に当たります。次回は、「じゃあ、どうすればいいんだ?」ということについて考えを進めてみましょう。