今までの連載で、今後の日本の安全保障をどうしたらいいかと考えるのに必要な基礎的な知識は、おおよそ蓄積されたのではないかと思います。そこで今回は、それらの知見に基づいて改めて現在、そしてこれからの中国の軍事的脅威が一体どれほどのものであるのかということとを、見切る試みをしてみたいと思います。

 

軍備の脅威を測る物差しは、二つです。それは、量と質です。

 

量は、兵士の数、艦船の数、戦闘機の数、中・長距離のミサイルの数、といったようなものです。質とは、それぞれの装備がどれほどの能力をもっているのかということです。例えば、空母はどれほどの大きさで、どれほどの性能の戦闘機をどれだけ積載でき、そしてどの程度堅固に護衛されているのか、というようなこと。あるいは、戦闘機にはどの程度のステルス性能があり、どれほどの航続距離があり、どれほどの対空・対地・対艦ミサイルを積載できるのか、といったようなこと。

 

さらには、敵の位置や行動を探知する偵察衛星、早期警戒機、あるいは海中の攻撃型原潜の能力はどれほど高いのか、ということ。あるいはそれぞれの部隊や軍全体の動きを知り、それらを総合指令する情報システムがどれほど整えられているのか、といったようなことです。

 

では、軍備の量と質は、一体何で決まるのか?

 

量を多くする能力は、その国の経済の規模でおおよそ決定されます。共産圏の国々は政府の思い次第で軍備への資源投入率を高くできるとは言っても、それが高すぎれば民生産業の発展が遅れ、そのことはその国の経済規模の拡張の速度を落とし、結局のところ軍備総額については仮想敵国にその伸びが劣ることとなります。

 

それでは、日本をはるかに追い越してアメリカに迫りつつあるという中国の経済規模はいったいどれほどの勢いで、あるいはどれほどにまで大きくなるのでしょうか? もう少し具体的な質問に替えれば、中国のGDPは近年中にアメリカのそれを追い抜くことになるのか、という問いにどうしても答えなくてはなりません。仮想敵国の経済力が同盟国のそれを追い抜くのかを知らなければ、日米同盟の将来の安定性を見通すことはできません。

 

 

この問いについて、世情には意見が溢れていますが、一方、信頼ある分析はあまりありません。経済学者や経済評論家は危ない橋は渡らないことにしているようです。

 

昨年末(201712月)に、イギリスのシンクタンクであるCebrCentre for Economics and Business Research)が、2032年までに中国のGDPはアメリカのそれを上回ることになる、との報告書を発表しています。また、昨年(2017年)9月には、国際政治学者の濱本良一(櫻井よし子が理事長を務めるが国家基本問題研究所の客員研究員)が、2029年に中国のGDPはアメリカのそれを追い抜くとの論文を発表しています(月刊誌『東亜』9月号)。

 

 

しかし私は、中国のGDPは決してアメリカのそれに追いつくことはない、と見通しています。以下にそう考える理由を書きます。

 

中国のGDPの伸び率は、2017年にも対前年7パーセント近く(6.9%)の高率です。しかし、2007年(対前年伸び率=14.2%)をピークに以降長期的には一貫して低下し続けています(下図を参照ください)。そのトレンドを伸ばせば、2035年頃にはアメリカと同じ2パーセントの水準にまで低下し、以降さらに下落を続けると予測されます。

 

出典:中国のGDP成長率についてはWikipedia”Historical GDP of China”掲載データを、アメリカのGDP成長率についてはアメリカのBureau of Economic Analysisのホームページに掲載されたデータを素に作成。

 

アメリカのGDPは、1970年代にその伸び率が低下し続けていましたが、1970年代末から始まったアメリカの第3の産業革命(情報産業の発展を起爆剤に多くの産業分野に広がった先端産業技術の開発と経済構造の変革が進展することによって再び経済成長力を回復し、2008年に起こったリーマンショックに端を発する世界的経済の後退の影響で一時マイナス成長に陥ったもののすぐに回復し、以降毎年対前年およそ2パーセントいう安定した経済成長を続けています。

 

このアメリカ第3の産業革命は現在も続いていますので、当分の間、アメリカは対前年2パーセントの安定した経済成長を続けることが見込めます。

 

アメリカの第3の産業革命と一体なんであるのかということについては、連載『中世から未来に続く産業革命』のうち201711月3日ブログ『気づかれずに始まったアメリカの第3の産業革命』、6日『月に挑んだNASAが新しい企業文化を産んだ!』、8日付『アメリカの第3の産業革命は企業の形を変えた!』、10日付『アメリカの第3の産業革命を発展させ続ける大学と労働市場』に詳しく説明しています。

 

アメリカが第3の産業革命中にあり、先進国の中で唯一安定的な成長を続けているとういことを理解する経済学者や国際政治学者はおらず、リーマンショックに端を発する世界的経済の後退の影響を含めて平均成長率を計算するなど、アメリカが基本的に毎年2パーセントの安定成長を続けていることを理解しないで、アメリカと中国の経済成長の推移を比較する学者が多いことは、嘆かわしいことだ、と考えています。

 

 

一方中国の経済成長率は2035年にアメリカに並ぶ年2パーセントの水準に達した後、引き続いて成長率は低下し続ける、と考えています。なぜなら今の中国の経済成長率の高さは、中国が新興国としての経済成長過程にあり先進国の段階に至っていないためのものだと考えるからです。日本も1960年代までは年率612パーセントの高い経済成長を続けましたが(下のグラフを参照ください)、1970年以降は一貫して経済成長率を下げ、1990年代に入るとほぼゼロとなってしまいました。日本が新興国型から先進国型へと経済構造が変遷したからです。

 

出典:経済企画庁『国民経済研計算年報(昭和53年版、2,000年版)』に掲載されたデータを素に作成。

 

中国も日本と同じ過程を経ることとなると見込むので、2035年に年率2パーセントの水準に達するまで一貫して成長率は下がり続け、以降さらに成長率は低下を続けると考えるのです。

 

中国が日本と同様の歴史を辿ることとなるであろうと予測するのは、中国が日本と同じ経済構造をもっているからです。それは、中央政府の官僚が市場や為替を管理する国家社会主義体制です。

 

一方、アメリカが現在も年率2パーセントという安定した経済成長を続けられるのは、アメリカがほぼ完全に自由な流通市場と労働市場をもつ近代資本主義国家体制の下にあるからです。これに近い体制をもつのはイギリスで、ドイツやフランスはそれよりはるかに強い中央政府の官僚による市場管理の体制をもっています。それら両国の経済成長力が近年失われているのは、基本的にはその体制に原因があります。

 

しかし、中国も日本も国家社会主義体制を改革しようとしないので、新興国の段階から先進国の段階に至れば、経済成長率は次第に低下し、ついにはゼロに至るのです。

 

 

その様な今後の中国とアメリカの経済成長率の見込みを前提に、2040年までの両国の実質GDPを予測した結果を下の図に表しています。

 

出典:2017年までの実質GDPは世界銀行のデータとし、以降は上の図に示した年成長率を想定したものを計算。

 

中国の現在のGDPはアメリカのそれの6割強(2017年:63.1%)ですが、2030年頃にアメリカの9割近くにまで接近した後、中国とアメリカの差は再び開き始めると推測されます。つまり、中国のGDPがアメリカのそれを超えることにはならない、というのが私の予測です。

 

これは、かつての日本とアメリカとの関係にそっくりです。日本のGDP1990年代半ばにアメリカのそれのおよそ7割にまで達しましたが、その後アメリカのGDPが伸び続けたのに対して日本のGDPは減少を始めたために(日本円で表示したGDPが減らないのは、実質円安〈日本とアメリカの物価上昇率の差を考慮に入れた実質為替レートによる〉で基軸通貨のドルに対して日本円の価値が大幅に下がっていることを勘定にいれていないからです)、現在ではアメリカのGDP4分1ほどに縮小しています(下のグラフを参照ください)。これと似た状況が中国とアメリカとの間にも起きそうだ、と私は推測します。

 

出典:アメリカのGDPは、アメリカのBureau of Economic Analysisがホームページに公表している値を、日本のGDPは統計局『国民経済計算』に載せられている値を、そしてデフレーターはアメリカのBureau of Economic Analysisに示すものを共通に使って計算。

 

しかし、日本とアメリカの場合の違いより、中国とアメリカの違いの方が、中国にとってより深刻です。なぜなら、日本はアメリカの人口の3分の1ほどの人口しかありませんが、中国はアメリカの人口の4倍もあるからです(両国の人口の推移を下の図に示しています。その倍数は、1990年代以降一貫して減少しています。アメリカの人口が毎年1%増え続けているのに、中国の人口増加率は次第に低下し、2020年代後半には人口減少の時代に入るからです

 

出典:世界銀行Data Catalog “Population Estimates and Projections“に掲載されたデータを素に作成。

 

このために、中国の1人当たりGDPはアメリカのそれの4分の1に達することなく、再びその格差を広げることになります(下のグラフを参照ください)。

 

出典:今まで得た中国とアメリカの実質GDPの値を上記の人口で割って計算。

 

このことは中国人の消費生活水準がアメリカ人のそれより大きく下回ったままだということを意味し、それは中国人のアメリカ人に対する劣等意識を産むことになると思います。低所得であっても何れはアメリカを追い抜くという夢を抱けば人々に活気は生じますが、決してアメリカ人に匹敵する豊かな暮らしはできないと達観したときには中国人の自信がなくなり、そして国外から国内に視線を移した人々には国内の大きな所得格差ばかりが目に映り、共産党独裁政権に対する不満がつのることになるでしょう。

 

その分、中国国内の政治的不安定さは急速に増すことが予測されます。国内の不満をなだめるためにアメリカや日本に対して、あるいはまた台湾に対して好戦的な態度をとれるかは、彼我の軍事力の差の大きさよって決まります。

 

今回の冒頭に挙げた中国の軍事力の量的拡大のほどを予測すれば、中国の経済規模はアメリカに追いつくことは決してないので、中国の軍備の量による脅威は、日米同盟にとって決定的に大きくはならないと予測されます。しかし、そのことが中国国内の混乱を生じさせる恐れがあるので、その混乱のガス抜きの対象として日米同盟が攻撃を受けないような備えが必要である、と考えます。

 

次回は、軍備の質のことについて議論したいと思います。