今年の820日に、NHKが衝撃的な番組を放送しました。『NHKスペシャル 戦後ゼロ年 東京ブラックホール』と題したその番組は、太平洋戦争敗戦直後の東京の映像を流し、そして敗戦直後の生々しいスト―リーを伝えたのです。

 

中でも最も衝撃的であったのは、敗戦時に莫大な量が残されていた金塊、米などの食糧、炭などの燃料が、旧軍人や政府官僚によって隠匿されていたというものです。例えば、外務省の事務次官が物資を隠匿しているという噂を完全否定したものの、実際に外務省を捜索して見ると、倉庫では大量の米や炭が発見され、そしてわずかに画像として残されたものとしては、外務省庁舎の官僚の机の引き出しに高価な禁制の洋酒が隠匿されていたというものでした。

 

アメリカの歴史学者であるMIT(マサチューセッツ工科大学)名誉教授のジョン・ダワーは番組中で、「政府の役人や警察、資産家たちが軍需物資を横領しました。それらの物資は隠匿されるか、闇市に横流しされました。そのため、国民の生活は、苦しくなりました。これは国民に対する犯罪です。こんな罪を犯した政府の指導者を尊敬すべき理由があるのでしょうか?」とコメントしています。

 

国民の多く、特に都市住民が飢餓に近い状態に置かれていたとき、軍官僚や政府官僚たちは、豊かな生活を営んでいたのみならず、蓄財すらしていたという実態だったということです。そして政府官僚が敗戦直後にとった経済政策と言えば、第1に敗戦翌年の19462月に行った預金封鎖であり、そして11月の財産税法の制定でした。

 

政府は、2月の預金封鎖は消費を抑えて当時すさまじい勢いで進んでいたインフレを抑えるのが目的だと説明していましたが、後に判明したことは、そこで国民の資産を凍結して、その数値を素に財産税を課すことが本当の目的であったということです(詳しくは、8月22日付ブログ『71年前のハイパーインフレはどんなだったか?-若者はどこに向かわされているのか(6)』で詳しく説明しています)。

 

そして国民の目をくらますようにして、それから9月後に財産税法を定め、3月に遡って計測した国民の財産に、最高9割の資産税を課したのです。そうして得た税金でそれまでに積み上げた国債を一挙に返済して帳消しにしてしまうことを狙ったのです。まさに、火事場泥棒というに相応しいふるまいであったのです。

 

敗戦前年(1944年度)の日本の国債発行残高は、GDP200パーセントを超えていました(204パーセント)。敗戦時にどれほどの値になっていたかは1945年のGDP統計がないのでわかりません。しかし名目では国債発行残高は1944年度末に対して1945年度末には3割以上多くなっていますので、対GDP比率がもし計測されていたのとしたら、200パーセントを大幅に上回るものになっていたことは間違いありません。つまり、1944年の国債発行残高のGDPに対する比率は、現在の日本のそれとほぼ同等の水準であり、1945年にはそれを大幅に上回ったものになり、そして経済破綻状態に至っていたということです(国債残高とそのGDPに対する比率の推移は、下記に示したグラフで見ることができます)。

 

出典:統計局 『日本の長期統計系列』掲載データを素に作成。

 

そのようにして手を付けられなくなっていた国債を、どさくさにまぎれて返済しようとしたのが、預金封鎖と財政税法の制定でした。

 

庶民は、物価が高騰し、さらに圧倒的なモノ不足の中で公定価格をはるかに超える高値で闇市で売られる食糧その他の生活必需品を買うことを強いられていました。物価が高騰する中で、賃金はそれより遅れてしか上がりませんので(下記に載せたグラフを参照ください)、預金を取り崩さなければ生き残れない状況に追い込まれていたのですが、その預金の引き出し額が大幅に制限されてしまいました。引き出せる額は例えば4人世帯では月500円、年間で引き出せる金額は現在価値に直せば90万円にしかなりません。

 

出典:川村春彦著『年譜:戦後日本の賃金変動-統計の時代的背景を探る』掲載データを素に作成。

 

そうした苦境に追い込まれた庶民が、泣く泣く買わざるを得なかった闇市に流れる物資の素の多くが、政府官僚が敗戦時に倉庫などに隠匿していたものを横流ししたものであったのです(その他に、アメリカ軍から不法に持ち出されたものがあります)。敗戦とハイパーインフレの原因をつくった張本人たちが、それで苦しむ庶民からなけなしの金を吸い上げていたのです。二重の重大な罪だと言っていいでしょう。

 

ダワ―の「これは国民に対する犯罪です」、そしてさらに加えて、「こんな罪を犯した政府の指導者を尊敬すべき理由があるのでしょうか?」という発言は、これらのことすべてを知った上では、まことに当を得た発言と納得されるのです。

 

政府官僚たちは、1918年に首相に就いた原敬内閣の下、そして一旦財政規律を回復しようとした努力がなされたにもかかわらず、不況を口実に再び財政規律をなくした1931年に大蔵大臣、蔵相、に就いた高橋是清とともに、金本位制という財政規律を保つために必要であった原則を捨て去り、自由になった日銀官僚が通貨、円、を無際限に発行して、それで赤字国債を発行し、そうして得た財源で軍事費を急速に拡大するということをやってきました。

 

代表者としては原敬と高橋是清という政治家が先頭に出ますが、その背後にはそれらの政治家を実質的に操っていた軍官僚と、それに積極的に協力した革新官僚たち、そしてそれに従う大蔵省官僚、日銀官僚、そして商工省官僚たちがいました。これらの者が互いに力を合わせて、金本位制の破棄、日銀による根拠のない通貨の無際限の発行、赤字国債の無際限の発行、そして軍事費の無際限の拡大を行ってきたということです。

 

そうして軍事的に、そして経済的に破綻して、300万の日本人同胞を殺して(その他にそれをはるかに上回る数のアジア人、アジア戦線で戦った連合軍兵士が死んでいます)、そして都市住民を飢餓の瀬戸際に追い込んだのですが、そのような犯罪的行為を犯した官僚たちが、戦争が終わると再び闇市という不法な環境を通じて、都市住民の生活をさらに困窮させ、そしてそのような仕組みから自らは大きな所得を得たのです。

 

そのような実態を、820日放送のNHK番組が映像としてあぶり出したのです。まことに勇気ある放送であった、と称賛するべきでしょう。これが、現在も無際限の根拠のない通貨、円、の増発行と、無際限の赤字国債の発行を続ける現政権の下でなされたというのは、まことに驚嘆に値します。その放送責任者たちが、厳しく罰せられ、或いは不当に不利な人事措置の被害者になっていないか、心配するばかりです。

 

このような歴史の中で、経済規律をなくした者の代表的な二人である原敬と高橋是清が戦前の優れた庶民派の政治家であると歴史学者や経済学者が称賛し、そして高橋是清の赤字国債発行措置を絶賛する経済学者(『昭和恐慌の研究』〈2004年〉を出版した岩田規久男)が、現在は日銀副総裁となり、再び無際限の通貨、円、の発行の前線に立っています。

 

原敬も日銀副総裁を務めていますので、このことから日銀の性格が浮かび上がって来ます。職員の中には適正な中央銀行の運営に努めたいと思う者もいると思うのですが、しかしトップの人たちには必ずしもそういう意識を正しくもたない者が就くこともあるということです。

 

こうして日本が今後どのような未来を迎えることとなるのか?、戦前、そして敗戦直後の歴史から得るヒントはまことに貴重である、と思います。

 

今回の題は少々扇情的なものとなってしまいましたが、事実を誇大に表わしたものではないと考えます。次回は、財政規律を維持することをまったく大切なことだとは考えなかった戦前の高橋是清蔵相の亡霊が、戦後間もなくして蘇ったという話をします。