5月9日21時頃から痛みが強くなってきた。痛み止め点滴は6時間程しかもたないようだ。1日2回って言われたから24時頃まで我慢することにする。頭床台のデジタル時計を見ながら耐えた。24時になってナースコールを鳴らした。来ない・・・10分・20分・30分・60分・90分・・・歯を食いしばりベットの頭部のパイプを握り・・・我慢の限界だ、再度ナースコールを鳴らす。「どうしました?」と男性看護師「痛み止めをお願いします」それから30分さらに耐えた。やっと持ってきた。「1日2回までというので耐えてました」と私「耐えなくて良いですよ」と看護師。呼んだけど来なかったとは言わなかった。暫くして痛みが和らぎ少し寝た。

 

翌日回診の時、尿カテーテルはいつまで?とたずねた。まだ無理との判断だった。確かに管の流れは赤い尿だ。血が混じっているのだろう。後日、私には腎結石があるので感染を防ぐ為、膀胱から先の腎臓までカテーテル?ステント?を入れていたらしい。

 

食事はまだ3食重湯だった。朝の牛乳が1番良かったかも。5月10日も2回痛み止め点滴を依頼した。連続して同種のは打てないので違う液体だった。アスピリン系と何か?白濁した液体と透明の液体だったと記憶している。

 

隣のベットに翌日手術予定と思わしき60才位の男性が入院してきた。夜、スポーツドリンク風味の液体を飲んでいた。私は3日間点滴のみだったから下剤の錠剤で済んだのかもしれない。ん?何かコップ1杯だけ何かを飲まされたかも?忘れました。

 

術後3日目の朝、3分粥だった。漬物は良いのか?そして、便意が・・・トイレに行ったが、小便はカテーテルで大は・・・結構力の入れ方に苦労した。お昼はうどんだった。うどんは消化が良いのだろう。久々の普通食の気分だったが、お腹一杯で半分しか食べられなかった。リハビリは、リハビリ室へ行った。理学療法士の40才位の女性の明るい「いち・に・いち・に」の声に励まされた。少し楽しみが出来た。頭がかゆいので勝手に浴室前のシャンプードレッサーで洗った。後で看護師に言ってくれれば手伝ったのにと・・・忙しそうだからね看護師様達は。そう、硬膜外麻酔は液が無くなっていたのでポンプを追加すると言っていたが、外された。

 

術後4日目、やっと尿管を外してもらえた。小便もすぐ出たが尿道が痛かった。

 

忘れていたが、今後この病院で治療するか?転移があるのだから、せめてPET/CTのある病院に転院するか考え始める。

 

続く・・・