自分がホームページを作った時に書いた物です。
久しぶりに読んでみると、その頃の考えをおもいだしました。
初心忘れべからず!
小清水建設を設立したのは12年前の1999年。当時、僕は21歳、世の中は不景気真っ只中、この先景気はまだまだ低迷するだろうと言われている時代。なぜその時期に?と思われるでしょう。なぜ、僕が行動を興したかと言うと、その時が来たからです。
少年時代から 『事業を起こす』 事は、夢でした。小学校、中学校の文集の中にも、青年実業家に成ると書いてあります。しかし、何の仕事でなるとは決まっていませんでした。それで、社会に出てから、いろいろな仕事をやってみて、決めることにしましたが、氷見での職探しは、高校中退の15歳には、かなり難しく職種も限られています。第一の壁が就職でした。なぜ氷見か?それは、地元に必要とされる者に成らなくてはならない。地元で根をはれない奴は大成できない!との思いがあったからです。いくつもの業種 いくつもの会社にお世話になり、人間関係、職の技術を学び、自分のやる業種にたどり着きました。
『建設業』 僕らが造るものは、一生残るもの こんなに面白い仕事はない。これだ!
そう決めてからは、土木工、型枠工、鳶職、重機工と、がむしゃらに学び、1999年を向かえました。そのころには、自分の職人技術に自信があり、部下もいました。その時に独立のきっかけの出来事が起ったのです。勤めている会社の倒産。いきなりの出来事でした。どうしよう、いままでは、自分の好きな時に好きな業種へ移っていたので、断ち切られる事は初めてでした。
その時に思った事、自分が今まで好き勝手に 辞めさせてくださいと辞めてきた事が、御世話になった会社の社長に、少なからずとも断ち切られた感を感じさせているのかもしれない。自分は、いろいろな業種を体験し、技術を学び、技術と自信を持って独立しなければならないと言う思いしかなかった。若いやる気満々なのが入ってきたな、うちの戦力になるように鍛えてやるか!と、不景気の中雇ってくれた社長達に、恩知らずな事をしてきた、なぜ気づかなかったんだと強く反省しました。
そんな考えが芽生えて、次の会社に腰掛ける事など出来ません。
よし!やるか!
独立する事に決めました。これからは、営業 経理 仕事すべてにおいて、自分の責任。甘い考えでいると、たちまちのうちに終わってしまう。それでもやるんだ。燃えていました。世の中まだまだ、低迷が続くだろう その中で、生き抜いていく 強い組織、強い人間、強い自分をつくる、そうしなければ生きていけない。背水の陣だ。