前橋市から国道17号を高崎方面に進み、高崎環状線を国道18号方面へ走ると烏川を渡る橋の手前右手側に大きな鳥居が見えます。

烏子稲荷神社の鳥居ですが、肝心の神社は500メートルほど先です。

 

一段高いところに社殿があります。

古墳の上に社殿を建てたようです。

 

 

神社の縁起の細かい事は省きますが、由来を示す案内に面白い記述が有ります。

高崎市箕郷町に箕輪城という城跡があります。

戦国時代に長野氏によって築かれた名城で日本100名城の一つです。

この地は、上杉、武田、北条が勢力を争っていましたが、上杉の後ろ盾を得た長野氏が安定した勢力を保っていました。

箕輪城の長野氏は、武田の侵攻を何度も退けましたが、永禄9年(1566年)武田信玄が箕輪城侵攻に際しこの烏子稲荷神社に戦勝を祈願し、ようやく城を落とす事が出来たそうです。

 

古墳の石室の入り口です。