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koscheiのブログ

きまぐれに
書きなぐります。

 ビッグローブのブログサービス停止連絡を受けて、ブログの引越し作業をしました。

 私は、2007年、2008年,2010年,2014年の夏にロシアを訪問し、この様子をウェブに公開しました。

 問題は、2007年分だけが、ホームページと通称されるウェブサイト、残りがビッグローブのブログサービスを利用していたこと、

 というわけで、一貫性を保つ目的で、2007年分も、ウェブサイトからこのブログサービスに転載することにしたのです。

 

 というわけで・・・・

 

 10年前(本記事作成段階、2007年から10年前、つまり1997年のこと)にアリョーシャに連絡をとってもらってマトリョーシカ工場を訪ねた。


 マトリョーシカはマーモントフがモスクワのヴァスピターニエ(養育、子育て)という工房で作らせたと言われている。その後産地がセルギーエフパサートに移り、さらにモスクワ郊外のいくつかの街で作られるようになった。
 セルギーエフパサートは、そのような意味で伝統的なマトリョーシカを作っている。
 ただし、マトリョーシカが作られた最初は彫刻家(旋盤工か?)が主で画家が従だったと言う。
 形が先で着色・塗装が後だというのである。
 後に形は安定し、それに様々な絵がつけられるようになった。

 マトリョーシカの語源はマトリョーナ、マーチ(母)であり、ロシアのたくましい女性である。
 だから、絵、着色、塗装が主になる過程で、一般的な絵はスカーフで頭を包み、エプロンをし、果物等の入った籠をもつのが基本的な絵になる。
 その後おとぎ話が描かれたり、エリツィン、ゴルバチョフ等が描かれたりするようになる。
 今はチブラーシカの中に鰐のゲーナが入っているなど、「何でもあり」である。

 そのようなわけで、スカーフ、エプロン、籠が生成過程で基本的な様式だとすれば、これを守っているのがセルギーエフパサートのマトリョーシカだと言うことになる。

 もう一度見たくて、工場について尋ねて貰った。
 博物館の職員は、工場に電話で連絡を取ってくれた。

      
        
     マトリョーシカ工場の門である。
 色々なマトリョーシカを見比べると、すぐにわかるようになる。
 右側についている穏やかな配色がセルギーエフパサートの、所謂「伝統的な」マトリョーシカである。     

        
     こちらが入り口。
 もう一人女性が加わって4人で見学することになる。     


          
     カメラの調整を間違えたのか、写真が真っ黒になってしまった。
 強引に明度を上げたので画質が悪い。

 これは電動薪割り機である。男性職員が持っている材木のやや左上に彫刻刀の平刀のような部品が見える。
 これが薪割りのように木材を打って割るのである。
    

        
     材木は菩提樹のような木で、水分の少ない冬の間に伐採して乾燥させる。
 これを薪程度に切り分けて使う。

 写真は旋盤である。

 この旋盤は木材の両側を固定する。     

        
     こんなふうに両側を固定し回転する木材に、下から刃をあてて円柱を作る。
 刃はレールの上を滑るようになっていて、すぐに円柱状に削ることができる。     

        


     こんな雰囲気の工房である。     

  

      
     こちらは木材の一方を固定する旋盤。職人が刃をあてている。手と木材の間に支える金属棒が見える。