先週(7月22~23日)、IG後継者育成塾(第二期⑥)を終えたばかりだ。
今回の導入講義は、常任講師の一人である戸敷進一先生。テーマは、『21世紀の後継者群像~時代変化へのレスポンスと自立』。後継者のあるべき姿について、熱のこもった講義を展開された。
後継者を見る目は、厳しい。「普通にやっていると、遊んでいる。二倍働いて、当たり前。三倍働いて、よくやっている」と評価される。つまり、「人の三倍、働く!考える!学ぶ!」をやらないと、認められない。
組織図を描いたとき、社長(後継者)はどこにいるのか?「ピラミッドの頂点ではなく、逆ピラミッドの一番下に位置する。その位置が分からないかぎり、後継者にはならないほうがいい」という。
「サムライ(後継者)は、人が見ていないときでもサムライ(後継者)であった」(司馬遼太郎)。「自己抑制、自己啓発、自己研鑽を行い、先陣を切って、戦える組織をつくる必要がある」等々。
一言でいうと、相当の“覚悟”がいるということ。塾生にも、飛び火。グループ・ディスカッションの中でも熱意、信念、“覚悟”の言葉が飛び交う。
そもそも、“覚悟”とは何か?「覚」も「悟」も「さとる」という意味。つまり、「己自身とは何か?」を知ることであり、それは「自己の存在を支えている実体とは何なのか」を問うことであろう。
考えてみよう・・・・・。自分が後継者であるためには、承継すべき事業の存在が必要である。そして、その事業がつくりだした場(環境)があって初めて、後継者としての自分の立つ位置がある。つまり、場(環境)と自己という分離することができない関係性こそが自己の存在を支えている実体なのである。
会社をつくってくれた創業者がいる。協働している社員とその家族がいる。支援してくれるあらゆる業者がいる。私たちが提供する価値を信じて、支持してくれている、どれだけの顧客がいるのだろう・・・・・。そして、地域との関わりもそうだ。その空間はもっと広がりをもってくるだろう。さらに、創業者とちがって、継ぐ会社には後継者の知らない歴史がある。
それらのすべてを含んでの場(環境)と自己との関係性が腑に落ちて、はじめて“覚悟”というものが生まれるのではないだろうか。
学後の実践において、「過去に感謝し、未来に責任をもつ」という“覚悟”が生まれると本物だと考える。
(H23.7.25)